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半妖伝  作者: 未々山田
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7.霊媒師

 場所は変わり村の北にある原っぱ、そこに村人は集められた。村人だけではなく天狗も招かれた。本来なら妖魔である天狗は結界の中には入れないのだが、結界の術者、この場合はウメ婆が妖魔に結界をすり抜ける印を描くことにより可能となる。


 原っぱには先の戦いで残されたヒトの頭蓋骨と天狗の団扇が円を描くように並べられていた。その光景は不気味としかいいようがなかった。

 集められた村人たちもなにか恐ろしい儀式が始まるのではないかとびくびくしていた。


「ナツ、始めておくれ」

 ナツはコクリと頷く。

 ナツは円の中心へと進んでいった。そして、手を合わせなにか呪文を唱え始める。


「さー姉、なにが始まるの?」

 ヒソヒソ声で弥生は皐月に尋ねた。弥生は初めて見る母の真剣な一面に困惑していた。


「よく見ときなさい。妖魔を退治するだけが霊媒師じゃないってことを」

 弥生は皐月の言っている意味がよくわからなかった。これからいったい何が起きるというのか。黙って見ているしか他なかった。

 村人も固唾を呑んで見守った。


 異変が起きたのはそれからすぐのことだった。どこからか霊気が集まってきている。弥生はそれに気づいたがその正体はわからなかった。

 ナツは合わせてた手を解き、今度は握り合わせる。そして、皆にはっきり聞こえる声で言う。


「神よ。自然の摂理に逆らうことをお許しください」

 次の瞬間、空間が歪んだ。弥生にはそう感じられた。実際にはそんなことが起きるわけがない。膨大な量の霊気が発生したのだ。それは霊気が見える弥生には視界が歪むほどの量だった。あまりの霊気の濃さに霊力のない村人たちにも空間になにかもやがかかったように見えるほどであった。


 そして、原っぱに大量の人が現れた。その多くが行方不明になっていた村人であった。その中には天狗もいた。間違いなく先ほど喜助の手により浄化された天狗だ。だが、雰囲気が全く違う。目に狂気の色はなく、髭の色も黒ではなく白くなっていた。

 ナツは死者の魂を呼び出したのだ。


 村人たちは歓喜とも悲鳴ともいえる声をあげた。そして、各々が思う者のもとへと駆け寄っていった。天狗たちもかつての仲間のもとへと駆け寄っていった。


 死者の魂とは触れることはおろか、話すこともできない。しかし、誰もが涙ながらに話しかける。

「最後の別れの時間を与える。それがナツの能力(ちから)じゃ」

 ウメ婆が弥生に話しかける。


「これがナツの目指した霊媒師じゃ。弥生、お前はどんな霊媒師になりたい?」

「わたしは……」

 唐突なウメ婆の質問に弥生は答えれなかった。


「わしはこの村に関係ない霊の供養をしてくるよ」

 そう言い、ウメ婆は行ってしまった。


「見習いを卒業した証ね」

 皐月が言った。弥生は一瞬なにを意味するかわからなかったがすぐに理解する。


「さー姉も同じ質問されたの?」

「ええ」


「なんて答えたの?」

「それは秘密よ」

 二人はそれ以上喋ろうとしなかった。みんなの別れを静かに見守りたかったからだ。


 その中に一際大きな声で泣くものがいた。葵と太一であった。

 死者の魂の中には葵と太一の父親もいた。


 二人は父親の死を知った悲しさから泣いていたわけではない。二人は何度も「おかえり、おかえり」と力強く言った。死はずっと前から覚悟していた。ただ帰ってきてくれたことが嬉しかったのだ。だから、泣いた。


 ほかの村人もしきりにおかえりと泣きながら漏らした。

 ナツの手によって作られた別れの時間も長くは続かない。やがて時は来た。魂はゆっくりと天へと昇り始めた。太一は叫んだ。


「僕強くなるから! 絶対強くなるから! だから、お母さんは僕に任せて! なにも心配しなくていいよ!」

 どの魂も笑顔で昇っていった。村人たちも負けずに笑顔で手を振った。原っぱは暖かい涙で包まれた。


 弥生がふと目をやると喜助は天狗たちに混じって泣いていた。まるで友を見送るように天狗の魂に手を振っていた。


「決めた」

 涙を流しながら弥生は呟いた。


「どんな霊媒師になるか、か?」

 皐月が問う。


「そう」

「その答えは?」


「秘密」

 弥生は無邪気に笑った。



 *



「で、なんでこうなるわけ?」

 弥生は口元を引きつらせながら言う。弥生と喜助は二人きりで弥生の寝室にいた。


「仕方ないだろ、部屋が足りないんだから」

 ウメ婆の提案というよりは命令により天狗も村に泊まることとなった。天狗が泊まる家は勿論弥生たちの家である。結果、部屋が足りなくなったため弥生と喜助は同じ部屋に押し込まれることとなった。部屋割りを決めたのは無論ナツである。


「だからって普通若い男女を同じ部屋にしないでしょ」

「なに期待してんの」

 やれやれといった表情で喜助はいう。そんな喜助の顔に枕が飛んでくる。


「誰も期待なんかしてないわよ」

 弥生は顔を真っ赤にして反論する。


「もうなんでもいいや。今日は疲れたから早く寝たいんだ。明かり消してよ」

 喜助は枕を投げ返す。


「ちょっと待って」

 弥生はできる限り自分の布団を遠ざける。喜助は興味なさそうにそれを見ていた。そして、大きく一度あくびをすると布団の中に入り眠りに就こうとした。弥生はそんな喜助を白々と見た。それはそれで男としてどうなの、と弥生は思ったが、本当に自分がなにかを期待しているように感じて慌てて首を横に振った。


「消すわよ」

「どうぞ」

 弥生は行灯の火を消した。


 互いに背を向けるように横になる、不本意ながらの二人きり。弥生は喜助に訊きたいことがたくさんある。眠っている場合などではないし、色んな事情で落ち着いて眠れない。しばしの沈黙のあと弥生が口を開く。


「ねえ、喜助」

「ん?」


「いろいろ質問していい?」

「……いいよ」

 会話は一度途切れる。この一日で喜助に訊きたいことがたくさん増えた弥生であったが、いざとなるとどこから切り出していけばよいのか迷った。


「早くしてよ。もう寝たいんだから」

 喜助はそんな弥生の気持ちなどお構いなしに催促をする。


「えーっと、じゃあ……あんたって鬼なの?」

 弥生は手始めに最もシンプルかつ最大の疑問をぶつけた。


「まあ、そうなるかな」

「だったらなんで結界にかからないの? それに普段はどう見ても人間じゃないの! 新種の術かなにか?」

 弥生の声はどこか不自然だった。なにかを期待するようなそんな感じだった


「術じゃないよ。そんな術があったら人間は滅ぶんじゃない」

 喜助の言い分は尤もだ。


「そっか…そうよね」

 弥生はがっかりする。喜助はなぜ弥生が落胆するのか不思議で仕方なかった。見方によっては弥生は人間に滅んでほしいのかのような反応だ。喜助がそれについて訊く前に弥生が問う。


「じゃあ、あんたはなんなの?」

「俺は人間と鬼の間に生まれた混血児なんだ。で、普段は鬼の力を隠してるってわけ」

 喜助は軽い口調で話すが弥生にとって衝撃的な話だった。弥生は思わず上体をがばっと起こす。


「人間と鬼の子供って、そんなことありえんの!」

「ありえてるんだから仕方ないんじゃない」

 喜助はこんな反応をされるのに慣れているのか、大袈裟な弥生の反応など気に留めず淡々と話す。

 弥生は少しの間考え込む。今までの喜助との会話を思い出し情報を整理する。


「ねえ、ってことはあんたのお父さんは鬼なのよね」

「うん。そうだよ。因みに育ててくれたお爺ちゃんも鬼ね」

「それはまあいいわ」

 弥生にはある考えが過ぎる。恐ろしい考えが。


「じゃあ、もしかしてあんたのお母さんの魂を奪った鬼とあんたのお父さんは知り合い?」

 弥生はあえて自分の考えとは違うことを訊いた。


 喜助は少しの間、口を閉ざす。喜助はゴロンと寝返りをして両手を頭の下に敷くようにして天井を見上げる。

 嫌な沈黙であった。やはり訊くべきではなかったと弥生は後悔する。

 やがて喜助は意を決して話す。


「お母さんの魂を奪ったのはお父さんなんだ」

 静寂を破る喜助の言葉は弥生にとって聞きたくないものだった。

 嫌な予感はよく当たる。弥生はそのことを痛感した。


「そんな……どうして?」

 弥生は自然と口にしてしまった。頭ではこれ以上この話題を続けるべきではないと思いながらも。


「それがよくわかんないんだ」

 喜助の言葉に嘘はない。弥生にもなんとなくわかった。

 喜助は話を続ける。


「俺が生まれてすぐのことだから覚えてるわけないし、爺ちゃんも事情をはっきりとわかってないんだ。爺ちゃんは二人が仲良かったのは間違いないって言ってる。じゃなきゃ俺も生まれて来ないしね」

 喜助はニカッと笑う。


 弥生はパタッと倒れ込み喜助と同じように天井を見上げた。

「じゃあ、あんたは最終的にお父さんも倒さなきゃいけないってことよね?」

「うん。そうなるね」


「お母さんを取り戻すためにお父さんを倒す……か」

「そういうことになるけどお父さんだなんて思えないからな。一度も会ったことないし、聞こえてくるのは悪い噂だけだし」

 喜助はまるで他人事のように話す。


「悪い噂って、そりゃそうに決まってんじゃない。人間からしたら悪の親玉みたいな存在よ」

「妖魔から見ても同じだよ」


「そうなの?」

「そうだよ。あいつのせいで多くの妖魔が迷惑している。あの天狗たちみたいに」

 喜助の言い方に熱がこもる。


「優しい妖魔が人を襲うようになったってこと?」

「うーん、それもあるけど、今まで人間と良い交流関係を築いていたのにあいつのせいでできなくなったとか、人間に優しい妖魔も人間から攻撃されるようになったとか、かな」


「なるほど。わたしみたいに妖魔は全て悪いものって思うのが普通になってるのがいい証拠ね。でも、もともと人間と交流してた妖魔なんかはさすがにいないんじゃない?」

「いや、ちゃんといるよ」


「嘘? どこに?」

「俺の生まれた島」

 喜助の生まれた島。喜助が今までその島にいたのならば、鬼が住む島と考えるのが自然である。となると、弥生の頭にはひとつの島が浮かぶ


「あんたの生まれた島って……もしかして鬼が島?」

「当たり」


「嘘? 本当に? あれって昔話のなかだけの話じゃないの?」

「ううん、ちゃんと実在するよ。しかも、本土の人間との交流もあった」


「交流って?」

「主に物々交換。島だから本土からいろいろな物資を貰わなきゃ厳しいんだ。でも、今はその物資は途絶えてる」

 喜助は顔をしかめる。そして、天井を睨む。


「あの事件のせいね」

「そう。まだマシなのは人間が攻めて来ないことかな」


「人間だって鬼に立ち向かうほどの余裕なんかないわよ」

「それもそうか」


「あんたのお父さんが鬼の奇石を持ってるってことはあの事件を起こした張本人ってことよね?」

「うん、それは間違いないみたい」


「島の鬼はあんたのお父さんがあの事件を起こした鬼って知ってんの?」

「もちろん。だから俺は島の鬼たちに凄い嫌われてる。そういうわけで今まで会話した人はとても少ないんだ。ほぼずっとお爺ちゃんとだけ喋ってた」

 弥生は喜助がなぜこんなにも世間知らずなのか理解する。人の輪に入れずに生きてきたのだからそうなるのも無理はない。


「本土と交流のない島にいて、さらに話す相手はお爺ちゃんだけ。だから、あんたなんかずれてんのね」

「ひどい言い方するな。だいたい弥生も人のこと言えないだろ」


「ちょっと、それどういう意味よ!」

「弥生の場合はずれているというか、無神経? かな」


「悪かったわね無神経で」

 喜助にだけは言われたくない台詞であった。


 会話は一度途切れる。喜助に無神経と言われた弥生は怒りよりも恥ずかしさを感じた。喜助の深刻な部分に踏み込みすぎたのは自覚していた。しかし、喜助が相手なら許されるような気がしていた。このタイミングで無神経と言われたら許されてはいないと考えるべきであろう。


「ねえ、弥生」

 これ以上は踏み込まない。そう決めて黙った弥生に喜助が話しかける。

「なによ」


「さっきのおかしくない」

「さっきのって?」


「俺が結界にかからないのは術かなにか聞いたじゃん。それで、術じゃないって言ったらがっかりしてたじゃん。あれって変だよね?」

 弥生は今更自分のミスに気づく。弥生は慌てて否定する。


「が、がっかりなんかしてないわよ」

「してたよ」

「してない」

「した」

 喜助は引かない。弥生は肩の力を抜く。


「あんたも本当に無神経ね。わかったわよ話せばいいんでしょ」

 自分だけが話さないわけにもいかない。弥生は渋々話し始める。


「わたしのお父さんがいないのはわかってるわね?」

「うん」


「わたしのお父さんは鬼に殺されたの」

「鬼に?」

 喜助は目を丸くする。実は意外なこと鬼に殺されたものは珍しい。確認されている鬼の数は少なく三体しかいない。そのうちの一体がかつての都を滅ぼした鬼、要するに喜助の父親がそのうちの一体である。だから、喜助は弥生の父親を殺したのは自分の父親ではないのかと不安になった。


 だが、弥生の返答は意外なものであった。

「わたしはそう思ってる」

 喜助は首を傾げる。思っているとはどういうことなのか。喜助は口に出して問う。


「どういうこと?」

「ちょっと長くなるかもしれないけどいい?」


「もちろん」

「じゃあ、話すわ。」

 そう言いながら弥生は少し間をおいた。ふーっと一息吐いてから話し始める。


「お父さんが死んだのはわたしが四歳の時。丁度わたしに物心がついたくらいね。お父さんはわたしが生まれる前からそこそこ名の知れた陰陽師だった。その腕を買われ大江戸の妖魔討伐対の副隊長に抜擢されてたわ」

「大江戸にはそんなのがあるんだ」


「大江戸だけじゃないわ。今じゃ大きな街にはたいていあるわ。ここから南にある京の町にも討伐対はちゃんとあるわよ」

 喜助はふーん、と感心する。


「話を戻すわよ。お父さんが大江戸にいるのだからわたしもお母さんも大江戸で暮らしてたわ」

「弥生ってずっとこの村にいたわけじゃないんだ」

「違うわ。生まれたのはこの村だけどね」


「皐月さんは?」

「さー姉もずっとってわけじゃないみたい。わたしより少し前に村に来たんだったかな。さー姉のお母さん、ハル伯母さんが突然帰ってきてウメ婆に預けてすぐにどこかに行ったんだって」

「ハル伯母さん……」

 その名を聞いて喜助はなにか考え込む。


「話を進めていい?」

「あっ、ごめん。どうぞ」


「で、ある嵐の晩。お父さんは夜遅くまで部屋に籠もり仕事をしてたわ。何をしてたかは詳しくはわからないんだけどね。で、わたしとお母さんは先に寝てたの。深夜、ふとわたしは目が覚めたわ。それで、まだお父さんがいないことに気づいて寂しくなったの。まだ子供だったからね。それでわたしはお父さんの仕事部屋に向かったわ。お父さんの部屋にはまだ明かりが灯ってた。そこで見たのは障子越しに映る二つの影。一つはお父さんのもの。もう一つは、角が生えたヒトのような影。まだ幼かったわたしでもなにかわかったわ。間違いなくあれは鬼よ。わたしは泣きながらお母さんのもとへと戻って行ったわ。わたしはお父さんの部屋に、とだけ言って泣くからお母さんは嫌がるわたしを連れてお父さんの部屋に行ったわ。そこにはもう影はひとつしかなかった。しかも、その影は崩れ落ちていた。戸を開けた先には動かなくなったお父さんがいたわ」


「ここまで聴いてる限り鬼の仕業で間違いないんじゃないの?」

「いいえ。わたし以外のものはそうは思ってないわ。なぜなら事件の現場は大江戸のど真ん中。絶対に妖魔が侵入できない場所よ」


「結界を破って入ったんじゃないの?」

「無理よ。大江戸の結界は十人以上の術者によって構成されてるわ。それを簡単に破れるはずがない。それに、その日結界が破れたなんて報告は一切なかったの。そして、もうひとつ、お父さんの死は妖魔の手によるものではないと結論付ける決定的な証拠があったの」


「証拠?」

「そう、証拠よ。遺書があったの」


「遺書? 遺書って自殺する人が書き残してくやつ?」

「そう、それよ。遺書の内容は妖魔との戦いに疲れた。もう耐えられない。先に休む。そんな感じだったと思う」


「じゃあ、弥生のお父さんは自殺したってこと?」

「そんなわけないじゃない! お父さんがわたしとお母さんを残して死ぬなんて、絶対にあり得ない!」

 弥生は声を荒げた。


「ごめん」

 弥生ははっとして言う。


「いいの。こっちこそごめん」

 二人は一度黙り込んだ。弥生は一息吐いてから話を続けた。


「あんたの言うとおりお父さんは自殺した。わたし以外は、いや、わたしとお母さん以外はそう思ってるわ。大江戸のお役所も自殺と断定したわ」

「弥生が見た鬼の影はどうなったの?」


「鬼が大江戸にいるわけがないから、ただの子供の見間違えとして処理されたわ」

「でも弥生は間違いなく見たんでしょ?」


「ええ。でも、大戸に鬼がいるわけがないっていうのはわかる。だから、そういう術があるんじゃないかって期待したの。そしたら、お父さんが自殺ではなかったことが証明できるかもしれないから」

「うーん」

 喜助は唸った。


「喜助もわたしのただの見間違いだと思う」

「それはわからないけど……」


「けど?」

「もう十年以上も前の話でしょ? それでも未だにそんな術は出回ってないんだから術の類ではないんじゃない」


「結局わたしの見間違いって言いたいんじゃない」

「違うよ。例えば誰かが鬼の影を作って弥生に見せたとか」


「なんでそんなことすんのよ」

「例えばだよ。でもそっちの方が可能性ありそうじゃない?」


「そう言われればそうだけど……」

 弥生はあまり納得がいかない。


「あんたみたいに鬼と人間の混血児って他にいるのかな?」

「うーん、どうだろう。聴いたことないけどな。いたとしても弥生のお父さんを自殺に見せかけて殺す理由がないと思うよ」


「お父さんに正体がばれたとか」

「それだけで殺すかな?」


「十分在り得ると思うけど」

 喜助に対して言う言葉ではないはずだが弥生は話に夢中で気が回らない。当の喜助も全く気にていない。結局、ふたりとも無神経なのだろう。


「殺人を犯したほうが面倒になると思うよ。しかも、弥生のお父さんは有名人だったんだろ? そんな相手を殺すとなると尚更だよ」

「うーん、確かにそうかもね」

 そう言うと弥生は考え込んでしまった。仕方ないので喜助は話題を変えることにした。


「ところで、弥生はそれで妖魔が嫌いなの?」

「妖魔は嫌いなのは今じゃ殆どの人がそうだと思うけど。まあ、でも特に鬼が嫌いなのはこれが原因ね」

 喜助が複雑な顔をする。それに気づいた弥生は少し笑いながら言う。


「あんたが鬼ってわかったときは心臓が止まるかと思ったわよ」

「ごめん」


「なんで謝んのよ。別にあんたは悪くないじゃない」

 それでも喜助の顔は浮かない。弥生の言うとおり喜助はなにも悪くないのだが鬼のこととなると喜助は負い目を感じてしまう。


「あんたには感謝してんのよ。おかげで村は救われたんだし」

「でも、よく考えればあれは俺のせいで村が襲われたんだよね」


「そういうこと言わないの。遅かれ早かれああなってたわよ。それにおかげでみんなも村に帰ってこれた。あの天狗も苦しみから解放された。そうでしょ?」

 弥生の解釈は少し都合がよすぎる部分もあるが喜助がそれをわざわざ否定する必要もない。


「そうか。そうだね」

「それと」

 弥生は言葉を一度区切る。


「それと?」

 不自然に言葉を区切った弥生に喜助は続きを促す。


「それと、喜助のおかげで良い妖魔も良い鬼もいることがわかった。ありがとう」

 弥生の顔は少し赤くなったが、真っ暗の中では喜助に気づかれることはなった。


「俺も弥生にお礼を言わなきゃ」

「なんの?」


「弥生のおかげで良い天狗を浄化せずにすんだ。それと」

「それと?」


「初めて友達ができた」

「わたしは友達と思ってないけどね」

「そんなー」

 喜助は悲しそうに言った。喜助の声に弥生は思わず笑った。


「嘘よ、馬鹿。もう寝るわ。おやすみ」

 弥生はそう言って喜助に背を向けるようにして眠りに就こうとした。喜助もそれに倣い眠りに就いた。少しの沈黙のあと弥生が急に問いかけた。


「喜助?」

「うん」

 喜助もまだ眠ってはいなかったらしく応答はすぐに返ってきた。


「またすぐに旅に出るの?」

「うん。明日には出るつもり」


「明日?」

「うん、明日。長居するわけにもいかないし」


「そっか。……旅先でお父さんの敵に出会ったらぶっ飛ばしといて」

「任せて」

 会話は途切れた。二人とも目を瞑ってはいたがしっかりと起きていた。


「弥生?」

「なに?」


「なんでもない」

「なによ」


「ううん、なんでもない。おやすみ」

 互いにまだ言いたいことがあったのだがそれを言葉にすることはなかった。

 疲れ切っていた二人はすぐに深い眠りに就いた。


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