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半妖伝  作者: 未々山田
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4.鞍馬山の天狗

 翌朝、喜助、弥生、皐月の三人は村の入り口に立っていた。木で作られた門はまだ固く閉ざされている。


「弥生、儀式の手順は覚えているな」

「大丈夫よ」

 弥生はそっけない返事をする。


「決して無理はするなよ」

「大丈夫ですよ。俺がついてますから、なっ、弥生」

 弥生は呼びかけに応じない。


 二人の仲が昨日よりも悪くなっているのは皐月の目にも明らかであった。皐月はやれやれといった表情を浮かべる。


「弥生、もう子供じゃないんだからちゃんとしな」

「何よそれ! どういう意味!」

 機嫌の悪い弥生を鋭い目で皐月が睨む。


「喜助と一緒に行きたいと言い出したのはお前だぞ」

「そうよ。だからこうして今一緒に行こうとしてるんじゃない」

 皐月に睨まれても弥生は決して態度を改めない。


「いいか、これから行くのは妖魔が溢れている結界の外。さらにお前たちの目的地は天狗の住処となっている鞍馬山。どれだか危険かわかってるな」

「わかってるわよ、嫌っていうくらいに」

「だったら、同行してくれる相棒に対する態度ってものがあるだろ」

 弥生は横目で喜助を見る。


 皐月の言い分はわかる。喜助が自分の身を危険にさらしてまで弥生に同行する理由などひとつもない。ただ弥生のわがままに付き合ってもらっているといっても大袈裟ではない。弥生にも喜助は感謝すべき存在だとわかっている。しかし、嫌なものは嫌なのである。だからといってひとりで鞍馬山に向かう度胸もない。その結果がこの態度なのである。


「ふん、よろしく」

 そんな弥生の態度など喜助は一切気にせずに


「おう、まかせろ」

 と、よい返事をした。

 ダメだこれは。皐月は諦めた。


「もういい、行ってこい」

 手を上げ塀の上にいる見張り番に合図を送る。呑気にあくびをして伸びをしていた見張りは合図に気づくと縄を引きせっせと門と開ける。門の開閉には意外と体力が必要だ。見張りは門を完全に開くと、汗を拭いながら声を張る。


「気をつけてな弥生ちゃん、あと銀髪の坊主、しっかりと弥生ちゃんを守れよ」

 弥生は笑顔で手を振り、喜助は親指を立てて突き出した。


 二人が外に出ると休む間もなく見張りはすぐに門を閉ざすため再び縄を引く。弥生が振り返ったときにはいつもの固く閉ざされた門に戻っていた。弥生は心細さを感じた。


 その横で見張りのがうつったのかあくびをしながら喜助は言う。

「で、どっちに行くんだ」

 弥生は本気で不安になってきた。



 *



 鞍馬山は村から南西に位置する。先日、葵と太一が花を摘んでいた草原は北側でありほぼ真逆にといえる。


 村の門を開けるとこの村から一番近い大きな街である京の町まで続く道がある。かつては多くの人が利用していたが、妖魔が大量発生する今となっては利用する人は腕に覚えがあるものだけとなった。そのため現在道は荒れていて、馬車が道を走るのは少し厳しい状況である。といっても、やはり道には変わりはないので弥生と喜助はこの道の上を進んでいく。


 途中で、小さな道と交わってできる十字路がありそこで西へと向かう道を進んでいけば鞍馬山に着くことになる。因みに、その道を突き進み山を越えれば小さな村に着く。規模は鞍馬村と同じくらいであり、かつて二つの村は盛んに物資の交換などを行っていたが、鞍馬山で天狗が見られるようになってからは二つの村の交流はほぼ途絶えてしまっている。


 弥生は結界の外にいるという不安に飲まれそうだった。いつもなら皐月が傍にいるから幾分か不安がまぎれるのだが、今日いるのは皐月ではなく得体の知れない喜助である。いないよりははるかにましではあるが弥生の不安を拭うには力不足である。


 弥生は行き先を知らないのに当然のように前を歩く喜助の背中を見る。喜助の背中には出会ったときにも背負っていた、白い包帯のようなものでぐるぐるに巻かれた棒状のものがあった。村にいる間はずっと弥生の家の玄関に置いたままであった。


 そのよくわからないものを改めてまじまじと見ると弥生は思った。

――なんだこれは?


 村では使うことがないから玄関に放置していて、結界の外に出ると必要だから持ってきた。弥生にはこのことから容易に対妖魔の武器ということが想像ついた。この世界の武器の主流は刀である。ほかに考えられる武器としては弥生たちのような弓矢、ほかには薙刀、槍、少数ではあるが斧などがあげられるだろう。


 しかし、喜助が持っているそれは外観から判断するにそのどれでもない。

 そして、弥生が気になったことがもうひとつ。それはその武器と思われるものを包む白い布に印が描かれた札が貼られてるということだ。その札に描かれている印は妖魔を封印するときによく用いられる印である。この札は厳密に云えば妖魔を封印するものではなく妖力を封印するものである。妖力を封印するために札には誰かの霊力が込められているはずである。


 妖力に対抗できる人間の力が霊力なのだが、実は妖力と霊力の違いははっきりとはわかってはいない。非常に似たような力なのだが妖力は人に馴染まない。逆に霊力は妖魔には馴染まない。わかっている違いはそれくらいなのである。この違いを解明すれば妖魔化した人を人に戻せるという研究者もいるが、今のところは大きな成果はあがっていない。


 とりあえず、この札が貼られているということは包帯の中には妖力を帯びたなにかがあるということである。だが妖力を帯びた武器などは弥生は聞いたことない。そんな武器があったとしても人間には使えないはずだ。妖力は人間を狂わす。そういうものである。


 では、なぜ喜助はそんなものを持っているのか。

 少し考えて弥生はひとつの答えを導き出す。喜助は妖魔という恐ろしい結論を。


 弥生は首を横に振ってその結論を否定する。もし喜助が妖魔なら村の結界をすんなり突破することはできない。喜助と一緒に村に入ったときには何も異常はなかった。


 結局、

――なんなんだこれは? そして、何者なんだこいつは?


 二人で結界の外に出たばかりだというのに謎が増えてしまった。しかも、かなり危険な。唯一の救いはこの短い間で悪いやつではないと判断できるようになっていることだ。これは弥生一人の判断ではない。皐月やウメ婆、ナツの判断でもある。じゃなければ喜助の同行を許すはずがない。しかし、気に食わないところがあるのも事実だ。


 弥生が思考を巡らせてる間、喜助は呑気に歌を歌いながら歩いていた。

「もーもたろうさん もーもたろうさん おこしにつけた きびだんご ひとつわたしにくださいな」

 あまりに緊張感のない喜助に弥生はイライラを募らせる。


「ちょっとあんた! なに余裕ぶっこいてんのよ! いつ妖魔が現れるかわかんないんだからもっと警戒しなさいよ」

「大丈夫、大丈夫。こんなに見晴らしがいいんだから妖魔が来たらすぐわかるよ」

 喜助の言うとおり二人が歩いているところは見晴らしがよく、かつては整備されていた道と人の手を放れ手自然そのものに返った草原が広がるだけだ。


「まあ、そうだけど……ねえ、ところであんたのそれって何?」

 弥生は単刀直入に尋ねた。多少の不安は残るが喜助は信頼できるはずである。ならば、そのことについて触れても問題ないはずだ。弥生がどんなに考えても答えは出そうにないのだから、こんな些細な疑問はさっさと解決するべきだ。だいたい、こういう疑問は意外と大事なことじゃないと弥生は経験から判断した。


 だが、弥生の経験に反して喜助はニカッと八重歯を見せて笑うだけで何も云わなかった。

 これも秘密か。弥生はがっかりする。だが今は二人である。問い詰める時間なら十分にあるし、止める者もいない。チャンスとみた。


「おい、無視か! やっぱり武器とか?」

「うーん、そうだけど、人には見せるなって爺ちゃんに言われてるから詳しくは言えない。ところで、もう機嫌はよくなったの?」

 さすがの喜助も弥生の機嫌が悪かったことには気づいていたらしい。その原因には辿りつくことはないであろうが。


「なってないわよ。割り切っただけよ」

 弥生が言ったことは事実である。そう割り切ったのである。皐月がいったとおり喜助は残念ながら現在、弥生の相棒である。相棒にいつまでも腹を立てても仕方がない。それに悔しいことにあの時の喜助の言い分も少しわかってしまった。わかってしまったからこそ皐月の前では尚更割り切れなかったのだが。


「で、結局なんなのよそれ。仲間の武器がわからないといろいろやりにくいでしょ」

 弥生の意見は半分は本当でもう半分は嘘である。喜助の武器を知っても弥生は戦闘のプロなどではないのだから味方の武器によってどうこうするという技術などは持ち合わせてはいない。ただなんとなくは知っておいたほうが都合はいいだろう、その程度である。


「あー、それもそうか……」

 喜助は空を見上げて少し考える。そして、一度頷く。


「うん、やっぱダメだ。弥生にはまだ言えない。言いたくない」

 弥生はその言い方にカチンとくる。


「ちょっと言いたくないってどういうことよ」

「言いたくないものは言いたくない。弥生にもそういうのあるでしょ」


「……あるにはあるけど、その中身はそんなに言いにくいものなの?」

「うん、そういうことになるね」

 そんなことを言われたらますます気になるのが人間というものである。無論、弥生も例外ではない。


 喜助に近寄り例の物をもう一度よく見る。

 武器であることは否定していないからなんの武器かを考える。刀にしてはやはり少し長い。薙刀、槍にしては少し短い。それに少し太く感じる。どちらも包帯に巻かれた上から見ての判断だから断言はできないが。


「あっ」

 と、突然喜助が立ち止まる。不意を衝かれた弥生は喜助の背中に頭をぶつける。


「痛っ! ちょっと急に止まんないでよ」

 弥生は自分の頭を撫でながら言う。


「あれ」

 喜助は右前方を指差す。弥生は喜助の背中から覗き込むようにして指の先を追っていった。行き着く先にはゴリラみたいななにか二体が凄い勢いで走ってきていた。おそらくは猿が妖魔化したものだろう。目は赤く光り、毛は黒く汚れていた。大きな手は弥生など片手で軽々と持ち上げることができるように思われた。


 弥生は声にならない悲鳴をあげる。

「もっと早く言いなさいよ、この馬鹿」

 弥生は慌てて背負っていた弓を構える。その間に妖魔化した猿はもうすぐそこまで迫っていた。


 弥生は霊力を込め矢放つ。放たれた矢は喜助の横を通って妖魔化した猿の胸に刺さる。妖魔は悲鳴をあげる。

 喜助は走り出し、矢から逃れたもう一体を正面から迎え撃つ。


――あの馬鹿、正面から

 弥生がそう思うのも当然だ。喜助と妖魔の体格差は子供と大人、いやそれ以上である。それでも喜助は臆すことなく妖魔に突っ込んでいく。


 弥生はもう一本矢を放つ準備をする。どちらに放つか。喜助の正面にいるほうか、それとも既に一本刺さってるほうか。


「弥生!」

 喜助の声に弥生は反応する。そして、矢を放つ。


 妖魔うめき声をあげる。それも二体がほぼ同時に。弥生が放った矢は先ほどと同じ妖魔の額を打ち抜いた。


 喜助はというと、妖魔の攻撃を左手で受けとめ残った右手で拳を作り腹にきつい一撃を与えていた。妖魔は呼吸ができないらしく、地に伏せ苦しんでいた。


 なんとか立ち上がり、ふらふらになった妖魔に喜助はとどめをさす。

「悪・妖・退・散!」


 霊力が込められた左手を妖魔の胸に放つ。妖魔は塵となって消えた。妖魔がいた場所には猿の尻尾が残されていた。喜助はそれを拾って弥生に笑いかけた。


 弥生は一瞬ほっとした表情を見せたがすぐに怒り始めた。

「名前だけ呼ばれても困るんですけど」

 弥生のいう通りである。喜助は弥生がどちらに矢を放つか悩んでる時に弥生の名前を呼んだだけだ。矢という武器は前方に仲間がいる場合は危険である。判断を誤れば味方を傷つけてしまう。さっきも、弥生が喜助の動きを読み違えていたら喜助に矢が命中していたかもしれない。


「いいじゃん、伝わったし」

 喜助はさも伝わったことが当然かのように言う。


「偶然よ。次からはちゃんとして」

 弥生は喜助とアイコンタクトでもいおうか、とりあえず息のあったコンビネーションを成功したのがどこか居心地が悪かった。素直に喜べばいいのだが、この辺がまだ子供なのだろう。


 それに対し喜助は満面の笑みである。弥生がしることはないが、これが喜助にとって祖父以外との始めての「協力」となった。喜助はその込み上げて来る嬉しさがなんなのかよくわかっていなかった。ただ、気分がよくなっていた。


「っていうか、あんた結局その武器? 使ってないじゃん」

「だから弥生にはまだ知られたくないんだよ」


「だから使わなかったっていうの」

「そうだよ」

 これには弥生も本気で怒った。今までも何度も怒っていたが今回のは明らかに違った。


「そうだよって、あんたね、それで死んだらどうすんのよ?」

「大丈夫だよ」

「大丈夫じゃない!」

 喜助は面食らった。今までの弥生の怒りと違うことに喜助も気づいたからだ。ただそれがなぜなのかはわからない。


「なんでその武器を使わないかは知らないけど、私が無理言って連れてきたのに、私がいるからっていう理由で武器が使えず死んだりしたら完全に私のせいじゃない」

「いや、でも武器を使わないって決めたのは俺だし、ついていくって決めたのも俺だし」


「そういっても、私にも責任があるでしょ、それは嫌なのよ」

 弥生の言い方では結局自分のことだけ考えてるようにも聞こえるが、喜助はそういうことではないとすぐにわかった。弥生はただ自分のことを本気で心配してくれている。だから、今までとも怒り方がどこか違う。


「わかった。俺が死ななければいいんだろ?」

「全然わかってないじゃない」

 弥生は呆れ果てる。


「ううん、わかったよ。ピンチのときはちゃんと使うし」

「ピンチになる前に使って欲しいんだけど」


「じゃあ約束するよ、絶対に死なないって」

「そういうのは約束っていわないわよ」

 弥生は頭を抱えながらため息を吐く。それでも喜助は自信満々の顔をしている。喜助の約束は必ずしも守れるというものではない。だが喜助の顔を見てるうちに弥生は喜助が約束を破ることも絶対ないような気もしてきた。


「わかったわよ。約束よ」

「おう」

 喜助は小指立てて弥生に突き出したが、弥生は華麗にスルーした。


「そんな子供みたいなこといいから早く行くわよ」

 弥生はスタスタと歩き出してしまった。喜助は慌ててその後を追った。


「なあなあ、弥生」

「なによ」


「もう一個約束してよ」

「なによ、まさか私にも死なないっていう約束でもさせる気? なら心配しないでその気はさらさらないし」


「いや違うよ。だいたい弥生には俺がついてるから心配ないし」

 いったいどこからその自信はくるのか。これは最早過信と呼んでいいだろう。

「じゃあなによ」


「えーっと、万が一俺がこの武器を使っても俺のことを嫌いにならないで」

 その言葉を聞き弥生はピタッと立ち止まる。そして喜助に顔を近づけ詰問する。


「それどういうことよ。意味わかんないだけど」

「だから、もしピンチになって仕方なく俺がこの武器を使ったとしても俺を嫌いにならないでってこと」

 喜助はほぼ同じことを繰り返して言う。


「だからそれが意味わかんないし。なんで武器を使ったら私が嫌いになるのよ。っていうかもう既に嫌ってるからいらぬ心配じゃない」

「えっ、そうなの!」

 本気で驚愕の反応を見せる喜助。喜助は弥生にしがみつき言う。


「なんで? なんで? 俺嫌われるようなことした? どれ? どれ? 謝るから」

 鬱陶しい。弥生は心の中で呟いた。


「あー、もういいわよ。なしなし、今のなし」

「本当に? あーよかった。てっきり皐月さんになんで弥生の胸だけ小さいのか訊いてたことがばれたのかと思った」

 次の瞬間、一切の手加減なしの弥生のビンタが喜助の頬に打ち込まれた。



 *



「うー、ひどいよ弥生」

 喜助の頬には綺麗に手形ができていた。


「完全にあんたが悪い」

 今の弥生からは凄みが感じられる。今の弥生ならどんな妖魔にも一撃で勝てるのではと喜助は思う。


 ビンタが打ち込まれてから数十分経ったが弥生の機嫌は一向に直らない。ついでに喜助の頬の痛みも全く引かない。弥生の怒りの度合いうかがえる。


 そんな二人の前に例の十字路がようやく見えてきた。

 西へと続く道の上に二つの看板が並んで立てられていた。


 ひとつは『この先、鞍馬山』。

 もうひとつは『この先、天狗注意 命が惜しければ引き返せ』。


「……………………」

 引きつった顔で弥生は喜助を見た。喜助はニカッと笑うと、


「よし、行こうか」

「ちょっと待ていぃぃ!」

 弥生が大声で言う。喜助は思わず耳をふさぐ。


「びっくりしたー。なんだよいったい」

「あんた、あの看板ちゃんと読んだ?」


「読んだよ。この先が鞍馬山なんでしょ? 儀式の場所って鞍馬山じゃなかったっけ?」

「そっちじゃない! もう片方の看板のことよ!」


「もう片方? 天狗に注意ってやつ? 天狗が出るのは最初からわかってたじゃん」

 喜助は弥生を無視して看板に従い鞍馬山へと歩き始めた。


「そうだけど、この看板見たら危険度がわかるでしょ? わざわざこんな看板があるってことはよっぽどってことじゃない! ちょっと聞いてんの」

 ひとり取り残されても困る弥生はしぶしぶ喜助についていった。


「大丈夫、大丈夫」

 喜助にはどうも危機感というものが足りない。


「うー、なんでこんなところに儀式の場所があんのよ」

 弥生は泣きそうな声で呟く。


「そういえば弥生」

「なによバカ」


「儀式ってなにすんだ? 家じゃできないのか?」

 今更ながらの疑問だった。もっと訊くタイミングはあったはずだがここまで来てから訊くのか。つくづく喜助はどこか抜けてるやつだ、と弥生は思う。仕方なく弥生は答える。


「無理よ。儀式の内容は鞍馬山の神と契約を結ぶってものだから」

「山の神? そんなやつ本当にいんのか」


「どうせいないわよ、そんなやつ。儀式ってそんなもんでしょ、実際に効果があるか怪しいけど伝統とだからやる。別に今までなら問題ないだろうけど、今回は大問題よ」

 二人とも髪をそんなやつという言い方をする辺りが神というものも全く信用していないなによりの証である。喜助は坊主のはずなのだが。


「そういうものかな? 本当に効果がないならやらないんじゃない?」

「だったらいいんだけどね。まっ、あんまり期待してないわ」


「で、儀式の内容は?」

 弥生は少し困った顔をする。


「実はよくわかんないのよね」

「えっ?行く前に皐月さんに完璧みたいなこと言ってたじゃん」

「そこまでは言ってないわよ! 別に私が悪いわけじゃないのよ。途中まではわかってるんだけど、そこから先は誰もはっきりとは教えてくれないのよ」


「どういうこと? わかんなかったら儀式できないじゃん」

「とりあえず、わかってるところまで説明すると、この道を行けば山頂付近に洞窟があるらしいのよ。で、その洞窟の奥に祠があるのよ。そこにお供え物をして蝋燭に火をつける。そして最後に祠の前にある水晶に霊力を込める。そこから先は流れに任せろだって、なによ流れって感じよね」

 弥生は喜助に同意を求めたが返事はなかった。喜助は真剣な表情でなにかを考えていた。


「うん。じゃあ、やっぱり山の神はいるんじゃない」

「なんでそうなんのよ」


「だって、その流れだっけ? 要するに相手の指示を聞いとけってことでしょ? だったらその指示をするのは山の神しかいないじゃん。それに危険を冒してまでしなきゃいけない儀式なんだから山の神ぐらい本当にいるって考えるのが自然じゃない?」

 喜助は神をいると考え直しても神ぐらいと評する。こんなにも神を冒涜している坊主は他にはいないだろう。


「うーん。あんたの言い分はわかるけどね、山の神はちょっとね。あんたも霊力が強いからわかるでしょ? 幽霊とか一部の妖魔のように一般人には見えないものが結構あるってこと」

「えっ? みんな見えるものじゃないの?」

 弥生は喜助にはどこまでの常識があるのだろうと一瞬考える。


「見えないわよ」

「初めて知った」

 弥生は細い目をして喜助に軽蔑の眼差しを注ぐ。


「……ま、いいわ。とりあえず、私は小さいころからいろんなものが見えてたけど神なんてものは見たことはないわ。だから信じられないのよ」

「あー、なるほど。じゃあ神じゃないけど神なんじゃない?」


「どういう意味よそれ」

「だから本当は妖魔なんだけど、鞍馬村ではそれを神と呼んでるみたいな」


「じゃあ、なに、妖魔が私たち人間に協力してるってこと? それこそありえないわ」

 弥生は冷たく言い放ったが、それが喜助の譲れない部分だったとは知らない。

「そんなことないよ! 優しい妖魔もいっぱいいるんだよ」


「あんたさ、こないだもそんなこと言ってたけど見たことあるの、その優しい妖魔ってやつを」

「あるよ」

 喜助は間髪を容れず答える。弥生は喜助が自信満々なのが気に食わない。妖魔は人間の敵。これは弥生にとって絶対なのである。


「へー、どこで?」

「それは言えない」


「ほら、やっぱり嘘じゃない」

「嘘じゃないよ」


「嘘よ」

「嘘じゃない」

 二人は立ち止まりにらみ合うよう対峙した。互いに黙り込んでしまった。


 弥生には納得いかない。なぜ喜助がこんなにも妖魔の肩を持つのか。弥生には全く理解できない。

 弥生はわなわなと震えながら心の中で呟く。

 ――一緒でしょ。あんたもわたしと同じ妖魔に親を殺された子供でしょ。なのに、なんで?


 やがて弥生は口を開く。

「こんなこといいたくないけど…………あんたのお母さん……」

 弥生は結局途中で言葉を続けるのをやめてしまった。


「なんだよ、俺の母さんが」

 喜助に続きを促されてためらいながらも弥生は続けた。

「あんたの母さんも妖魔に殺されたようなもんでしょ? 妖魔は憎むべき相手じゃないの?」


「……死んでないよ」

「殆ど同じでしょ」

 弥生は言った後に喜助の顔を見て、しまったと思ったが完全に手遅れだった。


「ごめん……」

「ううん、いいよ。弥生の言うとおりだよ。お母さんがあんなことになったのは確かに妖魔のせいだもん。でも……」


「でも?」

「でも、お母さんは妖魔を信頼してた」

 妖魔を信頼する。弥生にとってそれはありえないことだ。


「なにいってんのよ、結局裏切られてんじゃないの」

「ううん、違うんだと思う」


「違うってどういうことよ」

「わかんない。それを知りたいんだ。お母さんになにがあったか。それを知るための旅でもあるんだ」


「全然なにいってるかわかんない! 妖魔のせいであんたのお母さんの魂は石になった! そうでしょ?」

「うん」


「それで今は仮死状態」

「うん」


「それでなんで妖魔を恨まないのよ」

「その妖魔はなんだかんだで恨んでるけど、他の妖魔まで恨むのは筋違いだろ?」


「妖魔なんてみんな一緒よ」

 弥生は喜助を突き放すように言う。そんな弥生の言葉を聞いて喜助は寂しそうに笑い視線を下に落とした。


「それに俺は妖魔を恨むどころが謝らなきゃいけない」

 弥生は首を傾げる。弥生には喜助の言っている意味がわからない。今までのわからないは喜助の心情であったが、今度のは喜助の発言そのものの意味がわからない。


「なんであんたが謝る必要があんのよ」

「それはね……」

 喜助が言いかけたその時だった。喜助の後ろの竹やぶからかすかに音がした。音をしたほうを弥生は見て気づく。ここは既に鞍馬山。天狗のテリトリーだ。話に夢中で気づいていなかったのだ。


 次の瞬間、何かが竹やぶから飛び出てきた。

 赤い顔。長い鼻。釣りあがった眼。黒い髭。村では見ない袈裟のような服。そして、手には刀。間違いない天狗だ。しかも、それが二体。


「喜助! 後ろ!」

 弥生が叫ぶ。


 突然呼ばれた喜助は後ろを振り返る。喜助が見たのは刀を振り下ろそうとしている天狗の姿だった。喜助は後方に大きく跳躍し間一髪のところで刃から逃れる。


 弥生は弓を取り出し天狗と距離を取る。弥生は天狗の目を見て恐怖した。天狗の目は赤く血走り、瞳孔は完全に開いてた。正気ではない。ただの血に飢えた獣の目であった。


 喜助は弥生の前方へと移動する。弥生が使う武器は弓矢。誰でもわかるように接近戦が苦手である。弱点をカバーするためとはいえ弥生は守られる形になる。それが弥生は嫌なのだがそんなことを言える状況ではない。だからせめてと思い、


「喜助! 武器!」

 と、武器を使うのを懇願した。


「やだ。武器は使わない」

 喜助は意地を張る子供のように言った。


「そんなこといってる場合じゃないでしょ」

 敵は刀を持っている。弥生が素手では勝ち目がないと思うのは当然である。だが、喜助は聞く耳を持たない。


「絶対やだ!」

 喜助は頑なに拒否する。ピンチには使うと決めたはずではなかったのか。それとも、喜助にとってこれはピンチでもなんでもないというのだろうか。弥生は一瞬そんなことを考えるが、そんな疑問をいつまでも抱く余裕はなく、すぐに思考は天狗に戻る。


 天狗の第二撃がくる。喜助も弥生も構えた。しかし、天狗二体はなにかに気がつくと再び竹やぶの中へと消えていった。


 それと入れ替わりに一体の天狗が現れた。先ほどの天狗と比べてでかい図体をしている。髭の色は白く、武器は刀ではなく紅葉の形をした緑色の団扇だった。


 喜助も弥生もすぐに気づく。こいつはさっきまでの天狗とは違う。見た目だけではない。纏っている妖気も二体の天狗より上である。おそらくさっきの天狗よりも格上。もし、天狗の中に位というものが存在するなら間違いなく上の位であるだろう。


 しかし、先にいた二体は引き下がった。二対一ならなんとかなる。弥生はそう思った。だが、喜助は違った。


「弥生! 先に行け!」

「なっ、なにいってんのよ!」


「この山に何体天狗いるかわかんないんだ。いちいち相手してたらきりがないよ」

「だからって」


「多分洞窟には結界かなんかがあって天狗も入れないはずだ。俺もすぐ行く。それに儀式を終えたら弥生もパワーアップするんだろ?」

「しないわよ! するわけないわよ! そんなよくわからないおまじないみたいなもので強くなれるならみんなやってるわよ」


「強くなるから弥生の家族はみんなやってんだろ。いいから早く行きなよ」

 喜助は一度言い出したらきかない。弥生はだんだんそれがわかってきた。


「わかったわよ! 行けばいいんでしょ行けば! 約束破らないでよ! もし破ったら殺してやるからね」

 弥生はそう言い捨てて全力で走り出した。弥生は気づいてた。喜助のもうひとつの意図に。弥生がいなくなれば喜助は武器を使える。喜助はそのこともあってこんなことを言い出したのだろう。


 だったら最初から武器を使えばいいのに。弥生はそう思いながらも走り続けた。と、同時に弥生は悔しさも感じた。結局、自分は戦力に数えられていない。ただ足を引っ張る存在だ。それがとてつもなく悔しかった。


 弥生は心のどこかで儀式を終えれば本当に自分も強くなれるそんな淡い期待を抱き始めた。

 喜助はふーっと息を吐いた。


「お前、案外いいやつだな。俺と弥生の会話を黙って聞いててくれるなんて」

 天狗は素早く動き始めた。その動きは逃げるようにも弥生を追いかけるようにもそのどちらにも見えた。喜助はそれを上回る速さで動く。


「おっと、行かせないよ」

 喜助は天狗に笑いかけた。


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