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半妖伝  作者: 未々山田
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1.出会い

 川のせせらぎの音が聞こえる。

 陽はまだ高い。しかし、どこか暗い。深く茂った木々が陽を遮っているからだ。だが原因は、それだけではない。


 薄暗い森の中、赤い着物を纏ったおかっぱ頭の少女と青と白の縞々の着物を着たいがぐり頭の少年が川上へと上っていく。少年はずっと少女の裾を掴み、しきりに辺りを見渡していた。


 少女の名前は(あおい)。そして、少年の名前は太一(たいち)。二人は姉弟である。

 二人の目的は川を上った先に広がる綺麗な花々だ。二人は具体的にどんな花が咲いているかなどは知らなかったが、その花は人を元気付けることができると信じていた。


 二人はその花をとある少女にあげたかった。最近、なぜか元気のないあの少女に。

 少女といっても、二人から見ればお姉さんとなる。いつもお世話になっているお姉さんへのプレゼントを二人で摘みに来た。それだけだったなら何も問題なかった。


 問題は今の世界の状況であり、草原が広がる場所である。その草原は結界の外にあり、いつ妖魔に襲われてもおかしくない場所なのである。


 妖魔の恐ろしさは、大人はもちろん、子供もちゃんと理解している。結界の外に出るものは腕に覚えのあるものか、よっぽどの馬鹿だけである。


 そんな結界の外にでようとする馬鹿が現れたときは人々は止めるであろう。それが子供なら尚更だ。


 それを理解していた二人は誰にもばれないようこっそり抜け出した。

 結界の境目に見張りはいたにはいたのだが、彼らの意識は外から結界を破ろうとするものであった。また、外に出ようという愚か者はこの村にはいないとも考えていた。そのため、彼らの目を盗んで結界の中から外へと抜け出すのは難しいことではなかった。


 森が開けて日の光が差し込む。

 景色が一変する。二人の目の前には色鮮やかな景色が広がった。


 二人は運よくも妖魔と遭遇することなく草原にたどり着いたのだ。二人の目は綺麗な花たちをすぐに捉えた。太一はずっと掴んでいた葵の着物の裾を放すと、一目散にお目当ての花へと走っていった。それに続いて、追いかけるよう葵も駆け出していた。


 太一は花を手に取り、言う。

「姉ちゃん、姉ちゃん。これでやー姉元気になるよね?」

「うん、これで絶対大丈夫。さあ、早く持って帰るよ。いつ妖魔が襲ってくるかわかんないし」

 妖魔がよっぽど恐いのか太一は口を閉じ大きく何度か頷くと、慌てて花をかき集め始めた。葵はその姿を見ておかしそうに鼻でクスリと一度笑ったあと、花を摘み始めた。



 *



 村人たちが二人がいないことに気がついたのは、二人が結界の外に出てから半時ほど経ってからであった。

 こんなにも早くに気づけたのには理由がある。


 昨夜の夕飯の後のことである。

 葵は母親に何を貰ったら嬉しいかを尋ねた。


 母親はこの問いに対し自分が何か貰えるのかと勘違いし、

「何を貰っても嬉しいよ」

 と答えた。


 葵はすぐに母親の勘違いに気づき、

「お母さんにあげるんじゃないから、真面目に答えてよ」

 と、顔を膨れさせた。


「なーんだ。てっきり、わたしにプレゼントでもくれるかと思ったのに。じゃあ、誰にあげるの?」

「やー姉にあげるんだ。最近なんか元気がないみたいだから、ねっ、太一」

 太一は、嬉しそうに「うん」と返事をして、期待の目を母親に向けた。


 母親は少し困った顔をした。というのも、母親はやー姉こと弥生(やよい)がなぜ元気がないかを知っていたからだ。そして、その元気がない原因はなにか物をあげるだけでは解決しないであろうということも。


 元気がない理由を知っているのは二人の母親だけではない。むしろ、村のもので知らないものの方が少ないくらいであった。よって目の前にいる息子たちは少数派の知らないものなのである。


 母親は少し考えたあとに安直ながらも花を自信ありげに提案した。が、この提案はすぐに後悔にすることとなった。


 少女は母親の提案を大層気に入った。

「どんな花がいいかな? やっぱり綺麗な花の方がいいよね?」

「そうね。うんと綺麗な色とりどりの花がいいんじゃない」


「色とりどりの綺麗な花かー」

 と、葵は呟きながら考え込み始めた。つられて、太一も同様に考え込み始めた。


 母親はその様子を見て微笑んだあと、残っていた洗い物を片付けるため台所へと向かった。

 葵が考え込み始めて五分程経った頃であろうか。葵は何かを思いついたらしく太一の方を向いていたずらに笑った。その笑みはなにを意味するかわからない太一は首を傾げた。


 葵は自分の耳を一度指差し手招きをした。葵の動きの意味を理解した太一はわくわくした顔で葵の方に耳を近づけた。葵は母親の方を何度もちらちらと見てこちらの様子に気づいてないことを確認する。そして、太一の右耳を手で隠しながらひそひそと企みを話した。


 耳元でなにかを囁かれた太一が「えっ」と大きな声を上げると葵は太一の頭をぽかっと叩く。そして、人差し指を立て自分の口元に持っていき、「しーっ」と呟いた。


 しかし、そんなことをしても時すでに遅く、太一の驚きの声は母親にしっかり届いていた。

 台所から母親がどうしたのと訊くと葵はそっぽを向きながらなんでもないと答えた。太一も目をぎゅっと瞑り、大きく首を横に振りながらなんでもないと答えた。


 今度は母親が考え込む番となった。

 二人はいったい何を隠しているのか。母親は考えた、母親であるにわたしに知られてはいけない、ということは何か悪いことをするのではないか、と。では、いけないこととはなにか。考えた結果、ひとつの不安がよぎる。


「あんた達、まさか……」

 母親は途中で言葉を止めた。


 結界の外に行くのではないかと問い詰めようと思ったが、その必要がないことに気づいたからだ。子供たちは知らない。結界の外を。

 今ここでそれを訊いたら結界の外にもっと綺麗な花があることを教えてしまうだけになる。そう思った母親はより一層口を閉ざした。


 途中で黙る母親を見て葵は

「うん? なに?」

 と、問いかけたが、今度は母親が

「ううん、なんでもない」

 と答え、追及するのをやめた。


 そのため、二人が何を隠しているのかわからないままであった。

 翌日、二人は早速花を探しにどこに行くか話し合いを始めた。結論はすぐに出たらしく、場所は村の北に位置する原っぱに決まった。結界の外に花を探しに行くのではと心配していた母親はそれを聞いて安心した。


 二人が行くことになった原っぱは村の唯一の出入り口となる門とは逆に位置する。

 村は木で作られた簡単な塀で囲まれている。この塀には村の霊媒師によって術がかけられている。術の効力により妖魔には木でできた塀が熱を帯びた鉄のように感じられる。更に、塀を囲むように結界がひかれている。こちらの結界は妖魔に傷を負わせたりすることはない。ただ妖魔の侵入を阻む。いうならば見えない壁だ。


 この二つの結界により村は守られている。ただ、二つの結界が破られるということがないわけではない。妖魔が幾度も攻撃を仕掛ければ結界にはダメージが蓄積されていきいずれ破壊される。そのような事態を避けるさめにも常に見張りがいる。


 塀の上部は人が歩けるようにつくられている。見張りは四つの角を拠点とし時計回りに巡回している。こうすることにより、少しでも早く結界を破ろうとする妖魔の発見に努めている。


 結局のところ今ここで言いたいのは、塀で囲まれたこの村からは門から以外は村の外には出られないということだ。


 母親は二人が原っぱの方へと向かうのをしっかりと見送った。

 ひとり残された母親は日課の畑仕事に勤しんだ。


 二人を見送ってから二時ほど経った。花を摘むだけならもう帰ってきてもいいのだが二人は一向に姿を現さなかった。少し不安になった母親は原っぱまで見に行くことにした。そこにあるべき二人の姿はなかった。嫌な予感がした母親はすぐに二人を見なかったか村の人々にきいて回った。


 重要な情報は意外にもすぐに入った。三軒隣の老婆からである。一時ほど前に二人が以前話した結界の外の草原の話をもう一度聞きたいというので詳しく話したという。


 今のように結界を張り妖魔に怯えて暮らすようになったのは十五年前からである。その後に生まれた二人は外の世界をよく知らない。だから、老婆はよく二人に昔の話をしてあげていたのであった。


 老婆はその草原にどんなに綺麗な花が咲いているか、村からはどう行けばいいのか、村からどのくらいかかるのか、全て話した。二人が本当にその草原に行くなどとは思わずに。


 この情報から母親は二人が結界の外へ行ったのだと確信した。母親は騒ぎを聞きつけ集まっていた村人にそのことを告げた。しかし、母親の考えは村人たちによってあっさり否定される。村は塀で囲まれているのだから外には出れない。見張りが門を開けて二人を外に出すはずもない。二人の居場所はわからないが二人が外にいるはずはない。集まった大人たちでそう結論付けようとしたときだった。三人の子供たちがその話し合いに恐る恐る割って入った。


 三人がいうには、例の原っぱに子供なら通れるほどの抜け道があるという。この抜け道は村の子供たちが外の世界を覗くために協力してつくったものらしい。


 先ほどもいったように、村を囲む塀は木でできており、術がかけられている。この術は妖魔には効果はあるが人間にはない。そのため、人間の子供でも壊すことは可能である。


 叱られると思っていた子供たち三人は身構えていたが、大人たちは咎める余裕もなくなっていた。大人たちは互いの顔を見合わせるとすぐに村の霊媒師の家へと走った。


 事情を把握した霊媒師のひとり皐月(さつき)は霊媒師見習いの少女、弥生を引き連れてすぐに村を出た。



 *



 弥生は皐月の背中を見失わないことだけで精一杯だった。

 皐月の動きは三十路を迎えている女性のものとは思えなかった。動きだけではない、その容姿も年齢を感じさせないほどの美しさである。長い黒髪、すらっと伸びた色白な手足、女性なら誰もが憧れる大きな胸、そして冷たく鋭い眼差し、しかし目の奥にはしっかりと優しさが感じられる。霊媒師としての腕もここらでは随一である。


 そんな完璧といえる皐月は弥生にとって誇りであったが、同時に劣等感を生む存在でもあった。


 弥生の見た目は皐月とは大きく異なる。目はぱっちりとしたまん丸の目で、弥生が十五歳の少女という点を考慮しても少し幼い顔立ちである。背も低く、手足も姉と比べて短く見える。胸も少女そのものである。昔は皐月を真似て伸ばしていた髪も、いつからか短くしていた。そんな弥生の容姿は皐月と異なるというだけで非難する点などないはずである。人によっては弥生の方がかわいいというのだが、弥生にはお世辞にしか聞こえなかった。


 弥生が容姿にさえも劣等感を抱く原因は霊媒師としての実力の差だ。


 皐月の実力はそのへんの妖魔なら問題なく退治できる。皐月が対妖魔用として使う武器は弓なのだが、その実力は卓越したもので、どんなに遠くの的でも的確に射抜く。更には、対妖魔用の呪符の効力も高く、身体能力も並ではない。


 これに対して弥生の能力は見劣りする。弓の精度も決して低いわけではないのだが比べる相手が悪い。呪符に至ってはまだひとりでは満足に作れない。身体能力は現在、皐月の背中を必死に追っていることから明らかである。


 ここまででわかるように、誰が見ても皐月の方が優れてるのは明らかだった。しかし皐月は弥生に小さい頃から、霊媒師としての才能は弥生の方が上だと言い続けている。皐月はこのことを村の人たちにも公言していた。皐月の言葉を信じる村人たちは弥生の将来を大いに期待した。村人が寄せる弥生への期待は大きすぎて弥生を苦しめるものとなっていた。


 弥生はよく思う。皐月は本気でそんなことを思っているのだろうか。


 小さい頃は素直にその言葉を信じた弥生も、歳を重ねるに連れ、子供をその気にさせるためのお世辞だと思うようになった。しかし、その考えは、皐月が村人にも同じことを言っていることから改める必要があった。村人を無用な期待を扇いで失望させる必要などはないのであるから。


 となると、皐月の発言はやはり本気となる。だが、弥生がどんなに頭を悩ませても自分が皐月よりも霊媒師の才能があるという結論には達しなかった。


 弥生は皐月の背中を追うのに嫌気がさしていた。いっそこのまま見えなくなればいいのにとも思ったが、弥生のそんな思いを見抜いているのか、皐月は時折後ろを振り返り、弥生がしっかりついて来ているかを確認し、それを許さない。


「ぼうっとしない、もうすぐ森を抜けるよ。気を引き締めなさい」

 皐月の言葉に弥生は、はっとする。


 今は余計なことを考えている場合ではない。早く二人を見つけなければ。そう思い邪念を振り払った。

 ようやく、薄暗い森を抜けると、赤く染められた草原が視界に飛び込んできた。


 草原には二つの陰が伸びていた。葵と太一のものだ。

 弥生は安堵のため息を吐いた。皐月もほっとしたのか、いつもの鋭い眼ではなく優しい目で二人をみた。


 しかし、皐月の眼はすぐにいつもの鋭い眼、いやそれ以上の険しい眼に変わる。二人よりさらに奥にいるものに気がついたからだ。


 皐月は弥生と一言呼びかけると、背負っていた弓を手にして駆け出した。

 名前を呼ばれた弥生は皐月の呼びかけが何を示すか一瞬わからなかったがすぐに気づく。葵と太一の後方に見える三体の妖魔に。慌てて弥生も弓を手にとり皐月の後を追った。


 葵と太一も異変に気づく。自分たちの少し後ろからうめき声が聞こえてきたのだ。振り返るとそこには犬に似ているものが三体もいた。しかし、明らかに犬とは違う。体の大きさは比べ物にならないほど大きく体長は二メートル近くある。色はどす黒く、眼は赤く染まっていた。そして、何よりも二人の目を引いたの鋭く発達した大きな牙であった。それは妖魔化した野犬であった。二人は悲鳴をあげることもできず、その場にぺたりと座り込んでしまった。


 皐月は叫ぶ、

「伏せろ」

 皐月の声は二人に届いてなかったが、それを無視して矢を放った。矢は見事一体の妖魔の額を射抜いた。


 皐月は再び弥生の名だけを呼ぶ。弥生はその意図をすぐに理解する。弓を構え霊力を込め、震える手で矢を放つ。遅れて、皐月が二本目の矢を放つ。皐月が放った矢はまたも妖魔の額を捕らえたが、弥生の矢は妖魔の肩を掠めるだけだった。


 弥生の矢から逃れた一体の妖魔は大きな口を開け、鋭い牙を見せ、葵に襲い掛かった。

 皐月は三本目の矢を放とうとしたが、もう間に合わないのは明らかだった。その後ろで弥生は絶望していた。自分が放った矢が当たらなかったせいで、自分の実力が足りないせいで、自分のせいでひとりの少女が死ぬ。弥生はもうその光景を見ていることしかできなかった。


 その一方で弥生は強く言い聞かせた。自分は悪くない。二人が、葵と太一が悪いのだ。勝手に村の外に出た二人が、と。


 その時であった。葵と妖魔の間に銀髪の少年が踊り出た。少年は黒い袈裟を纏い、背中には白い包帯のようなものでグルグルに巻かれた少年の背丈と同じくらいの棒状のなにかが担がれていた。少年は妖魔の懐にもぐり、右腕で首を掴む。妖魔はうめき声をあげる、先ほどとは全く違う弱弱しいうめき声を。


「おいおい、人間を襲うなんてお前は悪い妖魔だな」

 少年はそういうと左手を構え、指の関節を鳴らす。そして叫ぶ、


「悪・妖・退・散」

 少年は掌底を妖魔の胸に打った。妖魔は断末魔の叫びを上げながら塵となって消えていき最後には一本の牙だけが残った。


 銀髪の少年は葵と太一を見てニッと八重歯を見せて笑った。二人はその笑顔を見た瞬間、緊張の糸が切れたのかそれまでは悲鳴のひとつも出なかったのに、大声でわんわんと泣き始めた。少年は期待していた反応とあまりにも違う対応に困った顔をしながら頭を掻いていた。そこに少年にとっては救いの声がかかる。


「葵、太一」

 皐月だ。二人はその声に敏感に反応する。泣くのをピタッと止め、皐月のほうを振り返る。皐月を認識した二人は凄い勢いで立ち上がり、


「うわーん、皐月おばちゃーん」

 と、いいながら皐月のほうへと走っていった。皐月はおばちゃんと呼ばれたことに不服なのだろう、少し顔を引きつらせたが、走ってくる二人をしゃがんでしっかりと抱きとめた。


「あのね、あのね、やー姉のためにね、花飾りを作ろうと思ったの」

 泣きじゃくる葵にタイミングを見計らいながら何度も頷く。そして、ゆっくりと二人の頭を何度も撫でた。それでも、一向に二人が泣き止む気配はなかった。


 弥生はそのやり取りを少し後方から見ていた。二人が無事だったことは凄く嬉しいはずなのに、弥生の気持ちはなにかもやもやしていた。


 その時、ふと銀髪の少年と目が合った。少年は八重歯が印象的な笑顔をみせながら手を振ってきた。あまりにも能天気そうで悩みなど皆無であろうその笑顔は弥生の癇に障った。弥生は彼が恩人だと頭でわかっていながらも、思わず顔を横にぷいっと背けてしまった。これまた期待に反した対応を受けた少年は露骨にショックを受けていた。


 その間に葵と太一の泣き声は少しずつ小さくなっていた。

 皐月は顔を上げ少年の方を見た。


「少年よ、おかげで助かった。礼を言う、ありがとう。ほら二人もお兄ちゃんに礼を言いなさい」

 二人はもう泣き止んでいた。満面の笑顔で二人は声を揃えて言う。


「お兄ちゃんありがとう」

「いいよ、いいよ気にしないで」

 ここでようやく葵が弥生を見た。葵はそれまで弥生の存在に気づいていなかった。それほど気が動転しているのだ


「やー姉も来てたんだ。ありがとう」

 幼い少女の素直な言葉は弥生を傷つける。

 弥生は少し眼を伏せ、


「いいのよ……あたしはなにもしてないし」

 弥生の本心であった。


 そんな弥生に皐月の鋭い視線が刺さる。その視線に弥生はすぐに気が付く。子供相手にふてくされている自分に憤慨の目を向けているのだろう。そう感じ取った弥生はその視線に気づかないふりをした。


「あのー、ちょっといいですか……?」

 黙って成り行きを見ていた少年が突然切り出す。


「なんだ?」

 皐月が応じる。


「いやー、実は道に迷ってる途中でして……この辺に鞍馬(くらま)村っていう村があるみたいなんですけど知りませんか?」

「それは私たちの村だが」


「えっ、本当ですか。よかったら案内してもらえませんか」

「無論だ。村に着いたら改めて礼もしたいしな。私は鞍馬村の霊媒師の皐月だ。で、後ろのがまだ見習いの弥生、この子達は葵と太一だ。よろしくな。」


「俺の名はきすけといいます。よろしくおねがいします」

「きすけ……?」

 少年の名をきいた途端、皐月は表情が一瞬変わったがすぐに取り繕った。弥生はその一瞬を見逃さなかったが、なぜ皐月の表情が変わったのかはまったく見当がつかなかった。


「きすけ……か、漢字はどう書く?」

「えっ? あの、そのえーっと、……喜ぶに助けるって書いて喜助です」

 皐月は改めて喜助の顔をまじまじと見た。


「そうか、歓迎するぞ喜助。さあ、村に帰ろう」

 そういうと皐月は葵と太一と手を繋いで歩き始めた。


「あっ、ちょっと待って」

 葵はかき集めていた山ほどの花を地面から拾い弥生に渡した。


「はい、やー姉。これで元気出してね。太一とふたり集めたんだ」

 太一は少し胸を張って照れ笑いを浮かべながら弥生を見た。弥生は色とりどりの花を受け取り笑顔で一言だけ答えた、


「ありがとう」

 その笑顔がぎこちなかったことは弥生自身が一番わかっていた。



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