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8月31日の憂鬱  作者: あまやま 想
小学生時代
6/19

妹が生まれてから(2−1)

 五年生になった。海美は「マンマ、ちょうらい」とか「パパ、だっこ」などと言った具合に、どんどん言葉を覚えていく。


 相変わらず、母は朝、初老のベビーシッターの所へ行って、海美を預けてから仕事に行く。夕方、海美を迎えに行く。土日は家で海美の世話をする。


 父は一ヶ月に一回ぐらいしか休みが取れず、相変わらず、ほとんど休みがない。あれでよく過労死しなかったものである。でも、たまの休日には必ず、僕をどこかに連れて行ってくれた。


 それこそ、軽く散歩した後、ファミレスで食事をするだけだが、それだけでも十分うれしかった。一年前、二人で遊園地へ行ってから、ちょくちょく二人で出かけるようになった。僕は父との秘密の時間が楽しみで仕方なかった。


 七月二一日、海美が二歳の誕生日を迎えた。妹の誕生日とか関係なく、自分のことのように楽しめればいいのだ。なんで、そんな簡単なことに気付かなかったのだろうか…。夏休みの間に、妹と自分の誕生日を一気に迎えることができる。


 でも、ダメだった。やっぱり、海美の誕生日は海美の誕生日だし、僕の誕生日は僕の誕生日だ。人間、そんなに都合良く物事を考えられないことを子どもながらに学んだ。


 七月の間にさっさと夏休みの宿題を終わらせた。さすがに五年生ともなると、宿題を早く終わらせるコツが分かってきた。


「広道君、大したものだな…。初めてあった時は『宿題するのが嫌だ!』と泣きわめいていたのに…。もう、私がいなくても大丈夫ね」


 岩山先生はこの年、大学四年生になったので、こうやって我が家に来るのも最後である。彼女は今、学校の先生になるために勉強をしていると言っていた。ちなみに、彼女は今も立派に小学校の先生をされていると聞いている。


 僕が小学二年生のときに大学一年生の岩山先生と出会ってから、早四年。先生と勉強を頑張ると、父が月に一度だけだがしっかりほめてくれる。そして、父と二人っきりで出かける日を心より楽しみにしていた。


 八月に入ると、海美は保育園に通うことになった。どうやら、ベビーシッターの所へ行けるのは二歳までらしい。確かに二歳にもなって、「赤ちゃん」はないよな…。


 この頃になると少しずつだが、町中を母と一緒に歩くのが恥ずかしくなったので、かつてのように海美のお迎えについて行かなくなった。だから、僕は保育園がどこにあるのかよく知らない。


 いつだったか、母と保育園の話をしていたら、僕もかつて、そこの保育園に通っていたらしい…。全く、記憶になかった。

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