妹が生まれてから(1−2)
あえて、一つだけ上げるとすれば、誕生日のことぐらいである。また、八月三一日がやってきた。この日が近付くと二学期が始まると言うだけでも、憂鬱になるのに…。そのせいで、せっかくの誕生日のうれしさが半減する。
この年は僕が勉強を頑張ったと言うことで、親子四人で動物園へ行った。本当は遊園地に行きたかったけど、去年みたいになるとかっこ悪いと思って、とりあえず我慢した。海美はどの動物を見ても、
「ニャンニャン」
「ワンワン」
のどちらかしか言わないので、なぜか面白かった。でも、動物園だけでは何か物足りない。僕はさすがに我慢できなくなって、ぽろりと
「やっぱり、遊園地へ行きたいよ」
泣きそうな声で言ったしまった。あっ、しまった…。そう思った時には、もうすでに遅かった…。すると、父と母がちょっと話していた。あっ、また怒られると思ったら、父が急に僕の手を引っ張った。
「よし、広道。お父さんと一緒に遊園地へ行こう! 去年、行けなかった分まで、一緒に遊ぶぞ!」
そうやって、男二人で遊園地へと行くことになった。父は少年に戻ったかのように楽しそうに遊んでいた。それはわざとらしく見えて、演技をしているようにも見えた。案外、夢中で遊んでいたのかもしれない。
だんだん、僕も遊ぶのが楽しくなって、そんなことはどうでもよくなった。明日から学校が始まることすら、どうでもよくなっていた。
とにかく、未だかつてないほど、二人で夢中になって遊んだ。遊んでいる間は、母や海美のことをすっかり忘れているほどだった。
帰り道、僕はすっかり疲れ果てて、電車の中で眠り込んでいた。ふと目が覚めると、僕は父の背中の中にいた。
「お父さん、降ろしてよ」
「お、広道、起きたか…。たまには思いっきり甘えておけよ」
「何、言ってんだよ」
僕は何だか恥ずかしくなって、うれしかったのに、柄にもなく強い口調で言ってしまった。でも、父はそれすらも優しく受け止めてくれた。
「何言ってるって…。家に帰ったら、こんなことはできないだろう。なあ、広道、いつも我慢ばっかりじゃ、つらいだろう。たまには甘えろよ。父さん、分かるんだ…」
「何が分かるの?」
「父さんも長男だからな…。弟の政春おじさんがいたから、子どもの時はよく我慢した。母さんは姉さんの夏子おばさんがいるだろう。だから、いまいち広道の気持ちが分からない。『お兄ちゃんは妹のために我慢するのは当たり前』と思っている。まあ、それも間違いではないけど、それだけじゃつらいだろう…」
「うん…」
とりあえず、頷いておく。父の言っていることは何となく分かった。
「父さん、仕事ばっかりで、全然、広道にも海美にもかまってあげられなかった。だからこそ、たまには甘えてくれ。そして、母さんや海美の前では立派なお兄ちゃんでいてくれよ」
「うん!」
今度は強く頷いた。父の言いたいことがはっきりと伝わったから…。
「よし、もうすぐ家に着くから、降りるか?」
何も言わずに、僕は父の背中から降りた。そして、何事もなかったかのように、家に向かって歩き出した。
この時のやり取りは、今思い出しても胸が温かくなる。毎年、八月三一日になると何かと悲しくて、むなしくて、やり切れない気持ちになるのに…。この年は父といろんなやり取りをしたせいか、不思議と八月三一日が楽しくて温かいものになった。