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8月31日の憂鬱  作者: あまやま 想
小学生時代
4/19

妹が生まれてから(1−1)

 四年生になると、母は再び弁護士の仕事に戻った。昼間は海美をベビーシッターに預け、夕方に迎えに行く日々が始まった。どうやら、僕の時も同じ人が見ていたようだ。ある時、母が迎えに行くのについていったら、初老の女性から


「すいぶん、大きくなりましたね」


と言われた。母は


「ええ、おかげ様で」


と答えていた。今思えば、結構品のいいおばあさんであった。もし、おばあちゃんがいたら、こう言う人がいいなとよく思ったものである。


 海美が産まれる前、母はそれこそ休みなく働いていた。しかし、海美が産まれてからは週末ゆっくりと家で過ごしていた。思えば、僕の時も小学校に入学するまではこんな感じだったような気がする。


 七月二一日、海美は一歳の誕生日を迎えた。これから夏休み最初の日は毎年、海美の誕生日から始まることになる。僕は海美がうらやましくて仕方なかった。


 もし、誕生日の取り替えっこが許されるなら、僕は迷わず、海美と誕生日を交換するだろう。しかし、そんなことはできないなんて分かっている。この日の夜は家族四人で海美の一歳の誕生日を祝った。


 よちよち歩きの海美はいつもと同じように父や母、それから僕の胸に飛び込んではキャッキャ言って笑っていた。海美はまだ何も分かっていない…。


 この年から、また家庭教師の岩山先生が月・水・金に来るようになった。まあ、さすがに四年生ともなると、早く宿題を終わらせた方が楽であることが三年生の頃よりも、もっと分かるようになる。


 それに全てを終わらせた後の開放感は何とも言えないものがあった。その甲斐あって、七月中にはもう宿題が終わっていた。


「よし、これで残りの一ヶ月間、のんびり遊べるぞ!」


そう思っていたのに…。


 あろうことか、両親は僕を難関私立中学である灘山中学校へ入学させるために、勉強させると言い出した。僕は勉強なんか大嫌いだから、嫌だ! 嫌だ! と泣きわめいた。すると、父がこんなことを言った。


「広道は、父さんや母さんみたいに人助けする仕事がしたいんだろう?」


「うん」


 この頃、僕は弁護士になるためには、どれだけ勉強しなければならないのか、全く知らずにいた。父や母ができるんだから、自分だって大人になればできるようになると思っていた。まるで八百屋や本屋の後を継ぐみたいに捉えていたのである。


「じゃあ、大嫌いな勉強も頑張らないとな…。弁護士として、困っている人や弱い立場にある人を助けるためには、あらゆる知識が必要だからな。そりゃ、父さんも母さんも子どもの頃は勉強が嫌いだった。でも、我慢して頑張った。だから、今、弁護士として働くことができる」


 そう言って、父は生まれて初めて弁護士バッジを僕に見せてくれた。金色に輝くバッジの中に描かれたヒマワリと天秤に、思わず吸い込まれた。今思えば、何であんな簡単な手口に騙されたのかなと思う。


 それでも、あの頃の僕には十分な効果があった。それから、僕は大嫌いな勉強を岩山先生と頑張った。心が折れそうになった時は、よく金色のバッジを思い出した。


 海美は、夏休み中も平日は初老のベビーシッターに預けられ、土日は母の愛を一手に受けていた。本当は僕も母に甘えたかったけど、お兄ちゃんだし、とにかく我慢していた。


 もし、もっと二人の歳が近かったら、また違ったかもしれない。でも、九歳も歳が離れていると、歳の差が大きいからか、海美を守ってやりたいと思ったことはあっても、海美に嫉妬したことは不思議となかった。 

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