大学3年生
とうとう三年生になってしまった。プラ・ビダのキャプテンは約束通り、一橋がなった。おかげで司法試験の勉強に専念できた。ある時、一橋に
「お前は司法試験とか受けないの?」
と聞いたところ…
「受けないよ。あんたみたいに、頭でっかちになりたくはないから…」
と皮肉たっぷりに言われたので、それ以上、試験の話をすることはなかった。二年生までに九五単位取っていたので、三年前期は司法試験に役立ちそうな物ばかりを二五単位取った。三年生になると各学期二五単位までの単位制限がなくなるので、人によって単位の取り方が変わってくる。順調に取っている人はここから自分のペースで取りたいように単位が取れるし、今まであまり取れていない人はここから必死になって単位を取りに行く。やはり、四年で大学を卒業しないと法曹への道は厳しい…。
五月、再び司法試験に挑戦した。まずは短答式試験。どうにかこうにか短答式試験に合格できたのは、この一年必死になって勉強したからだろう。一年前に短答式で落ちた日から、死にものぐるいでやって来た甲斐があった。次は七月の論文式試験である。論文式は今回初めて受けるので、短答式が終わってからの二ヶ月間みっちりと試験対策を行った。
やはり、司法試験がらみの授業を中心にしたおかげで、授業と試験勉強の両立ができた。中には短答式に合格しただけで単位をくれる上に、論文式の対策をみっちりやってくれる素敵な講義もあった。そのおかげで七月の論文式もうまくいった。そして、運良く合格できた。本当にうれしかった。あとは十月の口述試験だけである。もし、三年生で合格できれば、それは本当に快挙である。法専でもまだ五人しかいない。やはり、司法試験は四年生で合格するものであるらしい。
三度目の夏休みに入った。実家には口述試験対策のため、家に帰れないと言ったところ、父も母も大いに喜んでいた。そして、仕送りを増やすのでバイトを辞めたらどうだと勧めてきた。だが、それは固辞した。サークルにも同じことを伝えたところ、夏旅行にはきちんと参加するように一橋から言われた。この年は夏フェス巡りをすることになっているらしい。あまりにもキャプテンに任せっきりにし過ぎたので、さすがに手伝うことにした。
大学に入ってからずっと不景気が続いているせいか、夏旅行はどんどんお金のかからないものになっている。バブルの頃なんか、海外に行くのが当たり前だった時代もあったらしい。バブルのようにお金があふれていた時代は日本にはもう二度とやって来ないだろう。物心がついた時にはすでに平成の世になっていた僕らにはおとぎ話のような遠い世界の出来事にすぎない。
車で二時間かけて、夏フェスの会場へ行った。夏フェスの会場へ行った。夏フェスの会場へ行ったのは生まれて初めてのことだった。人の多さと至る所から流れる音楽の熱気にずっと圧倒されっぱなしだった。だが、ここで音楽を聞いているうちに普段の生活の中で忘れている何かを思い出せたような気がする…。ここで星を眺めながら、夜通し音楽を聞いていると、司法試験一筋でやってきた自分がとても小さな人間に思えてくる…。
それから二週間ほどして、大学の近くで「いなずまライオット」と言う十代限定の野外ライブへ行くことになった。この年の一年生は四人入ったが、四人とも音楽が好きなようである。二年生の三人(いつの間にか二人辞めたらしい)も音楽が好きだし、一橋キャプテンも四年の山岸さんも音楽が好きである。全く音楽に興味がないのは僕だけである。
このいなずまライオットはこの年から始まった十代に大人気のラジオ番組「エスクエラ・デ・ラ・ジャベ」が主催しているもので、会場にはやたらと中学生や高校生が多かった。この前の夏フェスとは違った意味で熱気を感じた。
「ああ、いいなぁ。私もまだ十代だったら、絶対エントリーしていたのに…。もしかしたら、ここの最終選考まで残っていたかも…」
「一橋って、バンド活動やってるの?」
「そうよ。だから、プラ・ビダでもよく弾き語りやってるでしょう? それに私、ずっと軽音サークルと掛け持ちでやってたのに…。これだから、頭でっかちは…」
「まさか、エレキギターとかもやるの?」
「当たり前でしょう? アコギ弾けるのに、エレキ弾けない人なんかいないし…。あと、バックコーラスもボーカルも曲によってはやるよ!」
「ところで司法試験はどうするの?」
「バカじゃないの? こんなところで司法試験の話とかありえないし…」
「……」
やらかしたかもしれない…。でも、最近はこんな時しか一橋と会えないから、思わず聞いてしまった。でも、全く空気読めていなかったかも…。しかしながら、しばらく黙っていると、彼女が続きを話し出したのでよかった。
「私は法曹三者にはならないし、親の後も継がないの。大学に入るまでは必死になって、親の期待に応えようとしていたけど…。ある時、気付いたの。私のやりたいことはそんなことではないってね…」
「つまり、音楽をやりたいってこと?」
「もう、大原はどうしてそんなに短絡的なの? それにあまりにも周りに関心なさ過ぎ…。本当に失礼な奴! 音楽は趣味に決まっているでしょう。私はプロファイリングを使った犯罪捜査がやりたいの! だから、二年の時に法学科から人間工学科へ移ったし…。親と勝負することは、親の後を継ぐことだけではないと思うんだよね…」
何か、突然頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。確かに僕は頭でっかちであまりにも周りに関心がなさ過ぎた。もっと、周りに関心を持つべきだった。あれから、いなずまライオットで一橋と話したことを、何度も思い出しながら、二十一回目の八月三一日を迎えた。ちなみに第一回いなずまライオットは「アブラ・スエーニョ」がグランプリを取った。しばらく、プラ・ビダのメンバーの多くが「アブラ・スエーニョ」のとりこになった。
三年後期が始まった。もうすでに百二十単位を取っているので、今回は口述試験に役立ちそうな八単位と卒論を書くために必修のゼミの単位を4つだけ取ることにした。口述試験まで一ヶ月を切った。とにかくやれるだけのことはやることに下。大学でも予備校でも先生を捕まえて、質問攻めして、少しでも口述試験のポイントをつかもうと必死だった。
しかし、結果はダメだった。やはり、口述試験のハードルは高い。まあ、今回は最後まで行けたので、この経験を現役最後の年に生かせるようにせねばなるまい。十二月、毎年恒例のプラ・ビダのクリスマスコンパに顔を出した。たまにしか顔を出せないけど、顔を出せる場所があることはありがたい。ここのメンバーはいつも温かく受け入れてくれる。一年前、サークルを辞めなくて、本当によかったとしみじみと思った。
年末年始はさすがに実家に帰った。それにしても、飛行機で二時間は本当に遠い。まだ何も知らなかった頃、香山さんに対して、毎週帰るから…なんて言ったが、とんでもない話である。それにしても男とは、どうしてこうも女々しいのだろうか? なかなか次の恋人ができないこともあるだろうけど、何かあるたびに高校時代に付き合っていた時のことを思い出す。あっちは、もう何とも思っていないだろうけど…。こっちはよりを戻せるなら戻したいと、今でも思うほどである。
海美は小六になって、来年の山手女子中学校の受験を控えているせいか、いつになくピリピリしていた。もちろん、それだけではなくて、年頃の女子特有の気難しさが出てきたような気がする。大晦日と正月を除けば、家族四人でテーブルを囲むこともなかった。僕を除いた三人は仕事やら勉強やらで忙しいようなので、暇つぶしに一人で初詣に出かけた。それから、赤口と三橋の三人で一年ぶりに飲んだ。二人とも相変わらず順調そうで何よりだった。
年が明けて大学に戻ると、まだバイトとサークルと予備校に追われる毎日が始まった。早いものでコンビニのバイトも、もうすぐ三年になる。三年もやっていると、少しは余裕ができるかと思ったが、全くそんなことはない…。ただ、最初にバイトを始めた時、八人の中で一番下だったのに、今では上から三番目になっている。サークルはたまにしか行かないが、一橋のおかげで司法試験の勉強に専念できる。彼女には全く頭が上がらない。予備校は通い始めてから一年半になるが、やればやるほど確実に力がつくのが感じられる。やはり、早くから対策を練ってよかった。そうこうしているうちに、三年後期が終わってしまった。卒論書くのに欠かせないゼミの単位もどうにか取れてよかった。これで卒論が書く資格が得られた。