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8月31日の憂鬱  作者: あまやま 想
高校時代
12/19

高校1年生

 結局、悶々とした日々の中で、全てが中途半端になったのか、高校受験はうまくいかなかった。タカ高は落ちたし、タカ高と同じレベルの私立川下高校もダメだった。どうにか、滑り止めの私立中州高校に入ることができた。しかし、この頃から父の目線がさらに冷たくなっていくのを痛感した。それは僕を大原法律事務所の跡取りにすることを諦めたかのようだった。いや、きっとそうに違いない。母は、まだ僕の中にどうにかして希望を見出そうとしたが、かえって僕を失望させることになった。

 高校に入ると、二人の関心が小学校に入学したばかりの妹へ完全に移ったことを嫌と言うほどに感じさせられた。以前、母は海美が小学校に入ったら、完全にフルタイムで働くと言っていたのに…。海美の勉強を見るために、今までと同じように夕方五時には仕事を終える生活を続けていた。土日が忙しくなければ、今までと同じように家にいた。父も相変わらずの生活を続けている。僕はますます家に居づらくなり、用もないのに、朝早く学校へ行った。そして、学校に遅くまで残る生活をするようになった。母は

「せっかくだから、またバドミントンを続けたら?」

と、言うものの、全く気持ちはこもっていなかった。だって、海の宿題を楽しそうに見ながら、僕に向かってつまらなさそうに言うのだから…。父も母も、海美がかわいくてたまらないようだ。

 高校に入ってからしばらくすると、クラスで委員会を決めることとなり、僕はわざと忙しそうな図書委員会を選んだ。委員会は男女比に偏りがない限り、原則として男女一組を各クラスから出す決まりである。その結果、今まで一度も話したことのない香山幸という女子と一緒に活動することになった。暇つぶしに、名ばかりの文科系の部活にでも入ろうかと思ったが、結局、高校では三年間を通して、部活をやることはなかった。

 家での居場所は完全に失われたようである。ごはんを食べるとき以外、家出はずっと部屋にいた。部屋にいても苦しいから、できるだけ外へ出かけた。平日は学校で、休日は町の図書館などで過ごした。夏休みは意味もなく塾へ通った。塾へ行きたいと言えば、とりあえず塾へ行かせてくれるので、まだ最低限の関心は残っているようである。

 七月二一日、海美の七歳の誕生日は相変わらずだった。三人とも、とっても楽しそうだった。しかし、僕は食べるだけ食べて、さっさと部屋に逃げ込んだ。妹はこれからの人生に無限大の可能性を秘めている。父も母も、海美が僕のようにならないよう、必死に違いない。

 八月三一日、前の晩から友達の家に逃げ込んだ。父も母も

「広道も、もう高校生だし、たまには友達の家に泊まるのもいいかもしれんな。相手のご両親に、迷惑をかけないように気をつけて、いってらっしゃい!」

と言って、あっさり送り出してくれた。これで誕生日の苦痛がいくぶんか和らぐ。もしかしたら、僕がいなくなることで、父も母も清々としているかもしれない。

 二学期に入ってからも、微妙な日々が続く。ただ、淡々と授業を受け、昼休みや放課後の図書委員会の活動を黙々と続ける。こんな状況が続けば、ぐれたくなるかもしれないが、そっちに走ることはなかった。中二の時の大失態での経験もあり、悪事をやらかしたらどうなるか、分かっているからである。父の鉄拳制裁は骨の髄まで、恐怖としてしみ込んでいた。また、中学校と違って、退学処分になった際、簡単に転校などできない。それなら、まだひっそりと暮らしていた方がマシである。

 あれは二学期末の二者面談だったと思う。担任の倉本先生からこんなことを言われた。彼は世界史の先生である。

「大原は、一学期も二学期も評定平均が四・三を越えているな…。もともと、灘山中にいたんだ。まあ、何かやらかして、公立中に転校することになったとは言え、何もなければ、今頃、灘山高校にいたはずなんだ。こんな所でくすぶっているのはもったいないぞ。どうだ、二年生から特進コースへ進まないか?」

 なんだ…。しっかり、ばれているし…。さすがに万引きをやったことまでは、ばれていないようだけど…。まあ、灘山は名門私立で、何かやらかしたら、退学させられることで有名なので仕方ない。恐るべし、内申書…。

「委員会活動もしっかりやっている。司書の大村先生もよくやっているとほめていたぞ。先生は中学時代のたった一度の過ちで、この先を棒に振るのはもったいないと思うけどな…。大原義広先生と好美先生はどちらも優秀な弁護士だ。その二人の息子であるお前は苦しいと思うけどさ…。二人を見返してやれよ。今なら、まだ間に合うぞ」

 さらに家族とぎくしゃくしていることとか、どうにかして見返してやりたいと思っていることもばれている。さすがに妹に対して、劣等感を持っていることもばれていないようだ。

「大原、どうした? さっきからずっと黙り込んでいるけど、お前が決めないといけないことだぞ。先生は後ろから支えることしかできない」

「先生、僕、中学で失敗して、高校受験もうまくいかず、ここに入って、正直、もうダメなのかな…と思っていました。本当は弁護士になりたいけど、ここから、国立や有名私大とか、もう無理かなと諦めていました」

「まあ、灘山中にいたことのあるお前から見れば、そう思うかもしれないな…。確かに険しい道のりだろうよ。でも、全く不可能ではないぞ。まずは特進コースへ進むこと。特進コースのレベルはタカ高と同じだ。そうすれば、次が見えて来る。もちろん、やるよな?」

「はい!」

 そうして、僕は二年生から特進コースへ進むことになった。一年の評定平均が四・三を下回らないように、学年末テストを頑張ったし、特進コース編入テストも頑張った。その結果、二年生からできる特進コースに入ることができた。このことを家で話したところ、父は相変わらず冷たかったけど、母は久々に喜んでくれた。とりあえず、最悪の状況から一歩だけだが、抜け出せたようである。これが反撃ののろしになればいいのに…。

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