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8月31日の憂鬱  作者: あまやま 想
中学生時代
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10/19

中学2年生

 中二になってから、赤口と三橋と僕の三人は、いけない遊びを覚えてしまった。最初は偶然だった。いつものようにバドミントンの練習を終えて、下校しているときだった。中学校を出てから、駅に向かう途中にある駄菓子屋にフラフラと三人で立ち寄った。ちょうど、部活を終えて小腹がすいているときだった。何かを買おうと思ったものの、この日は三人ともお金を思っていなかった。正確に言うと、赤口が一四円、三橋が六円、僕が三円しか持っていなかった。「どうする。これじゃ、三人で合わせて、チロルチョコ一個しか買えないし…」

「赤口、何言っているんだよ。そんなことしたら、三人でチョコの奪い合いになるし…」

「三橋、俺、腹ペコ…。もう、さっさと家に帰ろうぜ!」

 僕がそう言って店を出ようとした時だった。赤口も僕につられて一緒に店を出ようとしていた。そこで、三橋がニヤニヤしながら、赤口の肩をつかんだ。そして、僕に意味ありげの目配せをした。

「ちょっと、店の外で待っててくれないか? すぐ、すませるから…」

 赤口と僕は三橋の謎の動きに首をかしげながら、言われるがままに店の外で待つことにした。すると、二〜三分してから、奴は出てきた。三橋は無言のまま、駅に向かって小走りし出したので、僕らもそれに合わせた。しばらくすると、三橋が

「よし、このまま競争だ!」

と言って走り出したので、つられるように二人も駅まで走った。いくら、駅に向かって緩やかな下り坂になっていると言っても、急に三〇〇メートルも走るのはきつい。しばらくは何もしゃべれなかったが、さすがに呼吸が戻ってくると、思わず口を開く。

「おい、三橋。お前、どうしたんだよ。さっきから何か変だぞ!」

「大原、とりあえず、落ち着けって…」

「いやいやいや、落ちつかないといけないのは、三橋の方だから…」

「赤口もごちゃごちゃとうるさいな…。まあ、いいや。とにかく、ちょっと、こっちへ来て」

 三橋は駅前の人気のない所へ僕らを誘った。訳がわからない赤口と僕はただ顔を見合わせた。

「これを見ろ!」

 そう言って、三橋はカバンから誇らしげに、駄菓子屋の戦利品である棒チョコとうまい棒三本を僕らに見せつけた。

「三橋、まさか…。やっちゃったわけ?」

 赤口は「マジかよ…」と言わんばかりの表情で驚きながらつぶやいた。手でその行為を表す下品な仕草をしながら…。僕はそれを見て、直接やったわけでもないのに、心臓の鼓動がさらに早くなるのを感じた。駅まで走っただけなら、もう収まってもおかしくないのに…。この後、三人で罪を分け合うように、棒チョコとうまい棒を一本ずつ食べた。

 それから、三人がいけない遊びにはまるまで、そう時間はかからなかった。そして、どんどんエスカレートした。そうなると、お金を使うことが馬鹿らしくなる。お店の物が、その気になれば、全て自分の物になるような錯覚すら覚えた。


「おい、広道! お前、何をやったか、分かっているのか? 店の物を盗むなんて、人間として、絶対にやってはいけないことだぞ!」

 目の前にいるのは、いつもの父ではなかった。声は荒々しく、僕はもう何発殴られただろうか…。

「暴力でなく、言葉を武器にするのが、弁護士なんだ」

と言っている普段の父とはまるで別人だった。もう、殴られ過ぎて、口の至る所が切れている。口の中で鉄のにおいと味が広がり、気分が悪くなる一方だった。目も腫れているのか、視界が少しぼやけるし、頭がガンガンする。涙やら、鼻水やら、よだれやらで、顔中がしわくちゃになっていたに違いない。

「ほんどーにごべんなざーい」

 僕はどうしたら許してもらえるか分からずに、生まれて初めて土下座をした。

「ふざげるな! こんなことで許してもらえると思ったら、大間違いだぞ! 昔だったら、万引きや窃盗は死刑だったんだぞ。もし、殺されなかったとしても、両手を切られていたんだぞ! お前はそれだけのことをやったんだ。俺は親として、弁護士として、いや一人の人間として、お前を許すことができん!」

 父は僕に向かって、思いっきりいすを蹴った。いすは勢いよく僕に当たった。悲鳴を上げる間もなく、今度は父の右足が跳んできた。僕はサッカーボールのように派手に転がり、痛みで芋虫のようにもがく。

「いいか! もし、広道、お前みたいに万引きする奴がいなかったら、父は死ななかったし、店が潰れることもなかったんだ。あの日、父は万引きした少女を追いかけるのに必死だった。女の子も逃げるのに必死だった。その最中に、少女は車にひかれて、帰らぬ人になった。父はただ、万引き犯を追っかけていただけなのに、殺人犯扱いされて、失意のうちに追い詰められた。当時、つまらぬいたずらのせいで店はほぼ毎日二〜三万円分の商品がなくなっていた。そりゃ、父も必死になるさ…。それなのに、父はただ一方的に攻められて、やがて病気で倒れて、そのまま亡くなったよ…」

 そう言うと、父は突然、床に座り込んで、大声で泣き出した。その時、外へ散歩に行っていた母と海美が帰ってきた。母はリビングを見るなり、海美を抱き上げて、海美に何も見せないように急いで部屋に連れて行った。そして、急いで寝かしつけて、再びリビングへ戻ってきた。そう、母も全てを知っている。全ては父と母の二人の合意の上で、父は僕を叱りつけるため、母は海美に僕の醜態を見せないようにするために、それぞれ動いていたのだ。

「それにしても、派手にやったね…。あのことも話したの?」

 父は力なく頷いた。さっきまで、僕を怒鳴りつけては、殴っていたのが嘘のようだった。僕はもうろうとする意識の中、ただ…ただ…震えていた。

「後は、私に任せて。広道、ちょっと夜風に当たりに行こうか」

 とりあえず、僕はここから抜け出したくて、母に言われるがままについて行った。ほてった体に夏の終わりの夜風が心地よかった。母は無言のまま、近所の公園へと向かった。僕はただ母の後を歩いた。

「ここに座りましょうか」

「はい」

 さっきまで父に怒られていたからか、いつもだったら「うん」と言うところを「はい」と丁寧に言ってしまった。きっと、母親からも怒られると思って、変に身構えていた。

「お父さんから、おじいちゃんのお店の話、聞いたんだよね」

「はい」

「もし、あの日、少女がおじいちゃんの店で万引きなんてしてなければ、今もおじいちゃん、元気に生きていたかもしれないし、お店だって続いていたかもしれない。今頃、お父さん、お店を継いでいたかもしれないね」

「……」

 母は一体、何が言いたいのか、全く理解できかなった。とりあえず、話をもう少しじっくり聞くことにする。

「でも、一人の少女の愚かな行いのせいで、店は潰れて、おじいちゃんも亡くなった。お父さんはこんな目に合うのは自分で最後にしたいと思ったみたいで、そこから弁護士になろうときめたらしいよ」

 母は淡々と話を続けた。それは怒ったり、注意したりと言うよりかは、昔話を思い出しながら語ると言った感じだった。

「こんなことがあったから、正直に話すけど、お母さん、昔、万引きしたことがあるの…」

「ええっ!」

 衝撃の告白に思わず声を出してしまった。今考えても、普通、母親が息子にそんな告白はしないだろう。未だに、なぜ、あの日、母はあのような話をしたのかと感じることがある。

「もちろん、広道と同じように、最後はばれて、学校ではいろんな先生に叱られた。親にも叱られた。店の人にも叱られた。もう、本当に大変だった…。それから一週間後のことよ。あなたのおじいちゃんの店で例の事件が起きた。あのニュースは当時大きく取り上げられたからね。あの時、もしかしたら、私があんな風になったかもしれないと思った。そしたら、すごくぞっとした…」

「へえ〜」

 思わず、自分が叱られていることを忘れそうになるところだった。それぐらい、母の話は衝撃的だったし、すごく吸い込まれた。

「大学のゼミで、弁護士になろうと思ったきっかけを話さないといけなかった時に、お父さんとお母さんは今の話をしたの…」

 全く予想できない話の結末に思わず絶句した。もはや、中学二年生の思考範囲を超えていた。たがが、十数年しか生きていないのに、そんなこと、誰が理解できようか。中学生が見られる世界など、せいぜい、自転車で動き回れる広さにすぎない。そんなことをすれば、父は母を一方的に責めることは簡単に思いつく。いや、そうでなくても、誰かから責められたに違いない。母の学生時代の行為が理解し難かった。

「今思えば、あまりにも愚かだった。万引きしたことも…、ゼミで話したことも…。もちろん、義広さんはすごく怒っていた。『お前みたいなのがいなかったら、店も潰れなかったし、父も死ななかったのに…』とずっと言われた」

 どう考えても、そうなると思う。まず、他の展開が思いつかない…。

「だから、私は犯罪や事件が起きてから必要とされる弁護士ではなく、犯罪や事件を予防する弁護士になろうと決めた。そのことをずっと、ゼミや卒論で勉強したのがよかったのかな…。義広さん、大学を卒業する時にこう言ってた」

 中学生には難しい言葉が多いせいか、だんだん話の内容が分からなくなってきた。でも、母が何かを伝えたいと言う熱意だけは伝わる。

「『過ちを犯したら最後、ずっと背負っていかないといけないんだな…。好美さんもつらかったね』って…」

 もはや、意味がわからない。大人になった今なら、痛いほどよく分かるが、中学二年生には全く理解できない世界の話である。

「お母さんの話は、僕の知らないことばかりで、全く分からないよ」

「あっ、確かにそうよね。まあ、簡単に言えば、悪いことをしたら、一生反省し続けないといけないこと。それと、悪いことをされた側も一生、傷を背負っていかないといけないこと。今はこの二つだけ分かればいい…」

 僕は小さく返事した。それから母は無言で立ち上がり、スタスタと家に向かって歩き出した。僕も母の後を付いて行った。それが八月三〇日の夜の出来事だった。

 翌日、赤口と三橋と僕の三人は灘山中学校を退学させられた。中学校は義務教育なので、そのまま家の近くの公立中学校へ転校した。一四歳の誕生日は今でも史上最低の誕生日となっている。もちろん、誕生日どころではなかったことは言うまでもない。

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