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3、とある通行人Aの悲劇     ─ 早瀬 あきら 高校二年生(17)   ─

 幽霊に案内されて到着したのは、立派な一軒家だった。小さいながらも庭まで付いている。意外と裕福な家庭なのかもしれない。

「ここなの?」

 背後の幽霊少女に尋ねてみたが、真昼はなぜか首をかしげていた。

『なんか、しばらく見ない間にずいぶんと変わった気がする……?』

 表札を確認してみると、日高、とある。

「表札は日高で間違いないみたいだけれど」

 わたしが表札を指差して言うと、幽霊少女は表札に見覚えがあったらしく、にっこり微笑んだ。

『うちの表札でまちがいないよ。ほら、はやくピンポン押しちゃって!』

 幽霊の少女に急かされるままに玄関のチャイムを押すと、中から母親にしてはずいぶんと若い感じの女の人が出てきた。

「何の御用かしら? うちの息子のお友達?」

 女性はそう言って柔らかい笑顔を浮かべた。

 その女性を見て、背後の真昼が『誰……?』ってつぶやいたのが聞こえた。

 振り返って背後の幽霊少女に確認したかったが、人前でそんな奇妙な振る舞いをするわけにもいかず、わたしはちょっと考えながら、「あの、こちらは日高さんのお宅で間違いないでしょうか?」と目の前の女性に問いかけた。

「ええ。そうですけれど」

 目の前の女性が答えると、背後の幽霊少女が『あたしこんな人知らない』と言った。人前だったがしょうがないので、背後を振り返って「お母さんじゃないの?」と小声で尋ねると、はっきり『違う』という言葉が返ってきた。

 わたしはどうしたらいいのかわからなくなって、「どうするの?」って幽霊少女に聞いたら『……こういうのは想定外』って言葉が返ってきたので、しょうがないのでわたしの独断でやることにした。

「……あの、うちに何か?」

 人前で後ろを向いてなにやらボソボソ独り言をいう姿があまりに不審だったのだろう。偽・日高母(仮称)が、ためらいがちにわたしに声をかけてきたので、幽霊少女は母親じゃないといったが、この人を真昼の家族と想定して話を進めることにした。

 両手を体の前で重ねて、深々と頭を下げる。

「直接知っているわけではないのですが、こちらのお宅のお嬢さんからの伝言を承ってきました」

 頭を下げたままの姿勢で、顔だけを上げて続ける。

「あの、変なことを言っていると思われるかもしれませんけれど、本当のことなんです」

 わたしが言うと、偽・日高母はますます不審気な様子で、わたしのことをじろじろと見つめだした。それから、「あの、ちょっと、お待ちくださいね……」と言ってそそくさと奥の方へ引っ込んでいってしまった。

『あー。もしかしてお手伝いさんとか雇ったのかな?』

「そういうことは早く言ってよ」

 今頃、そんなことを言うので、触れないとわかってはいるものの背後の幽霊少女の頭に拳をぶつける。手には何も触れた感覚はなかったのだけれど、真昼は『いったー』と言って痛そうに頭を押さえてわたしをにらみつけた。

『なんでキミ、あたしのことぶつのさ!』

「ボクには何かにぶつかった感覚なかったんだけれど、痛かったんだ?」

 やっぱり、わたしとこの幽霊少女との間にはなんらかの縁があるのだろうか?

『おかえしじゃー』

 言いながら幽霊少女がわたしの頭にぽかぽかと殴りかかるが、何もあたった感じはしない。

「全然痛くない」

 もしかしたら密度の違いとかそんな感じなのかもしれない。

 そんなことを考えていたら突然声をかけられて驚いた。

「うちの家の娘からの、伝言があるそうですね?」

 声に気がついて向き直ると、メガネをかけた若い男性が玄関に立っていた。

 真昼と殴りっこをしていて気がつかなかったようだ。

『あ、おとーさんだ! お父さん、だよね?』

 真昼はそう言って、わたしの前に飛び出したが、目の前の男性には真昼が見えていないようで、じっと、わたしの方だけを見つめている。

 しょぼんとした様子で、真昼がわたしの背後に戻り、

『家族でも、あたしのこと、見えないんだね……』とひどく寂しそうに言った。

 幽霊少女が家族と認めたようなので、とりあえず目の前の男性に向かって一礼をする。

「はい、ええと、どう説明したらいいものやら……」

 何から説明したものか、と背後の幽霊少女をちらりと見やる。

 言いよどんでいると、日高父の方からわたしに話しかけてきた。

「うちの娘というのは、真昼、のことだろうか?」

「……はい」

 どうやら、幽霊少女の伝言の相手はこの人で間違いないようだった。

『あきら、お願い、あたしの言った言葉をそのまま伝えてちょうだい』

 無言でうなずくと、真昼は呼吸をしているわけでもないだろうに、思いっきり息を吸って、それからゆっくりと吐き出した。

『ご存知かもしれませんが、日高真昼は、既にこの世にはいません……』

「……ご存知かもしれませんが、日高真昼は、既にこの世にはいません」

 最初から、重い言葉だった。

 わたしが真昼に続けて同じ言葉を繰り返すと、日高父は口元を押さえた。

「そうだろうと思ってはいましたが、はっきりと告げられると……やはり苦しいものですね」

 日高父が感情を抑えているようだったので、真昼とわたしは少し、時間をおいて続けた。

『生前に残した手紙がこの家に残してあります』

「生前に残した手紙が、この家に残してあるとのことです」

 わたしの言葉に、日高父は何かを思い出した様子だった。

「あれだろうか……?」

『隠し場所はA-30って、あー。お父さんじゃわからないか。あたしの部屋の天井裏って伝えて』

「真昼さんの部屋の天井裏にあるそうです」

 わたしがそう言うと、日高父は一度わたしをじっと見つめながら、「ひとつ聞いていいかな?」と言った。

「なんでしょう?」

「君は、真昼とどういった関係……。いやすまない、君が真昼と関係あるはずもないか……」

 日高父は、少し考えこむようにして、それから首を左右に振った。

「すまないが少し待っていてくれないか」

 日高父はそういって、二階へ向かう階段を上り始めた。真昼の部屋は二階にあるのだろう。

 しばらく待つと、二枚の封筒を持って日高父が階段を下りてきた。

「おそらく、その手紙というのはこれのことだと思う」

『そうそう、それそれ!』

 背後で幽霊少女が答えた。

「片方には家族へ、もう一方は、この手紙のありかを伝えてきた者の前で読むこと、とメモ書きが付いていた。だから、こちらの方を君の前で読むことにする」

 日高父は、そう言って片方の封筒の封を切った。そして中から便箋を取り出しながら、また先ほどのようにわたしのことをじっと見つめた。

「不思議だな。君に会ったことは無いはずなのに、誰か、昔の知り合いに似ているような気がする」

『あれ、お父さんもそう思うの?』

「……すまない、君の名前を聞いてもいいだろうか?」

 言われて初めて自分が名乗っていないことに気がついた。

「ボクの名前は、早瀬あきらといいます」

「早瀬……いや聞き覚えは無いな……。君はいったいなぜ、このうちを訪ねてきて、真昼の伝言を届けるなんていうことをしているんだい? ……そうだな。真昼のことだから、学校の図書室の、本の間に秘密のメモが隠してあって、それをたどるとうちに来たとか、そういう感じだったりするんじゃないだろうか?」

『……』

 後ろの幽霊少女が頭をぽりぽりとかいている。そういうこともやってたらしい。

 ちらりと背後を見やって、目で問いかけると、真昼がこくんとうなずいたので、わたしは本当のことを言う事にした。

「あの、信じてもらえないとは思いますが、ボクの後ろに、真昼さんがいるんです」

 わたしがそういうと、日高父は何度かまばたきをした。

「君は真昼が既に死んでいるといったが……?」

「幽霊、というんでしょうか。赤いコートを着ていて、下は制服みたいです」

「そうか、そこにいるのか、真昼」

『……』

 日高父には見えていないようだったが、幽霊少女はわたしの前に出て日高父の前に立った。それから、真昼は日高父の首に抱きついて、頬に軽くキスをした。

「信じてくれるんですね……」

 自分でも完全には信じ切れていないこの状況をあっさりと受け入れる日高父に、少し驚きを覚えた。

「本人の目の前では少し言いにくいんだが……真昼は少し変わっていてね。死んでいても、普通に化けて出てくるくらいに意思の強い性格だったから……。真昼が迷惑をかけてすまない。君、あいつに無理矢理ここに連れてこられたんだろう?」

 日高父が小さく微笑んだ。遠い昔を思い出しているようにもみえる。

「はぁ……。確かにそうなんですけれど」

『無理矢理ってなによー。ちゃんとパンツで契約したじゃない』

 背後の幽霊少女が何か言ってるけれど無視することにした。

「ところで、その手紙って?」

 話を戻そうと、日高父の手元の便箋を指差すと、日高父は思い出したように手紙を広げた。

「”この手紙を、持って来るように指示したひとがあたしを殺した犯人です”」

「は?」

 わたしは頭が真っ白になった。

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