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2、お気楽幽霊のお願い      ─ 日高 真昼  高校二年生(享年16) ─

 あたしは日高真昼。現在進行形で幽霊やってます。まる。

 よくわからないけれど、気がついたら空中をふわふわ漂ってました。

 なんで、あたし、化けて出てるんだろうね?


 ふわふわと空中を漂っていると、川原のジョギングコースをこちらに向かって走ってくる少年の姿が見えた。下は紺のジャージのズボンを履いて、上は無地の白いTシャツを着ている。

紺のジャージは、ありふれたものだったけれど、もしかしたらあたしの学校の指定のジャージかもしれないと思った。ジョギングにしては、けっこうスピードを出している。見ているうちに、あたしの下を通り過ぎていってしまった。

 なんだろう、どこかで会ったことがある気がする……?

 はっきりとはわからなかったが、初めて見る顔なのになぜかなつかしいと思った。

 何か気になって、もう一度顔をはっきりと見てみたくて、あたしは少年を追いかけることにした。あたしは幽霊なので足が無いんだけれど、それでも必死に空中を泳ぐようにして、えいや、えいやと少年の後を追いかける。なかなか追いつけなくて、ようやく追いつけた時にはすっかりあたしは疲れ果てていて、しょうがないので、最後の力で、えいやー、とばかりに背中から覆いかぶさるようにして少年の首に手を回して後ろから抱きついた。

 ああ疲れた。幽霊でも息が切れるなんて知らなかった。

 軽い幽霊の体は、風に吹かれたように地面に平行になっている。

 すっごい、すぴーどだよね。

 後ろから少年の首をぎゅうぎゅうと絞めるような形になっているのだけれど、少年はまったく気がついている様子はない。

 やっぱり、誰もあたしに気がついてくれないんだなー。

 そう思いながらよいしょよいしょと少年の頭をよじ登るようにして、少年に肩車をしてもらう形になった。

 うん、楽ちん楽ちん♪

 少年の頭に抱きつくようにして、サービスとばかりに胸をぎゅっと押し付けてみる。

 こんなことをしても、全然気付かないのがなんかムカツク。

 どうせ、気付いてはくれないんだけどね……、と思いながら、制服のスカートをバサリと少年の頭にかぶせてみたら、「わぁっ!」と叫んで少年が転んだ。それはもう見事に少年がこけた。

 あたしはすぐに少年から飛びおりて宙に浮かんだのだけれど、少年はごろんごろんと転がって、ジョギングコースの脇の茂みにつっこんでようやく止まった。

『生きてる~?』

 偶然、なのかな? まさか、あたしに気付いたなんてことはないよね? と思いつつも奇跡を期待して少年に話しかけてみる。

「あんまり、大丈夫じゃないな……生きてはいるけれど」

 少年は擦り剥いたらしい右肘を押さえながら立ち上がって言った。

 それから、あたしの方を見て、それからちょっと首をかしげて「あれ?」と言った。

「なぜ君は、地面に足がついてないの?」

『幽霊だからかな?』

 あたしが答えると、少年は空を見上げて

「まだお日様カンカンに照ってるんだけど?」と言った。

『お昼に化けて出ちゃわるいっていうのかな?』

 川原のジョギングコースには外灯が無いのでこの辺りは夜には真っ暗になるのだ。いくらあたしが幽霊とはいえ、夜中にそんなところに一人でポツンと佇むのはちょっと遠慮したい。

「悪い。心臓に悪い。常識的に悪い。何もかも悪い」

 少年はそう言って、ずざざっと音を立ててあたしから距離をとった。

「幽霊が、僕に何の用? っていうか、走ってた時いきなり目隠ししたのってキミなの? まさか僕を取り殺す気じゃないだろうね?」

 警戒した様子で少年が言った。

『その前に質問。キミ、霊感とかある方?』

「幽霊なんて見たのは生まれて初めてだよ!」

 なるほど。

 あたしはふわふわと浮いたまま少年を見つめる。

 霊感とか、そういう物がないのに幽霊を見る可能性があるのは、幽霊の血縁か、もしくは縁の深い者だけだっていう話を聞いたことがある。まったくの初対面のはずだけれど、この少年とあたしには、きっと何らかの係わりがあるはずだ。

 まずは自己紹介からはじめよう。

『あたし、日高真昼。キミなんていうの?』

「……僕は早瀬あきら」

 言われて思いだした。初めて顔を見たときから誰かに似ていると思っていたのだけれど、早瀬先輩に似ているんだ。確か先輩には学校は違うけれどあたしと同じ高校二年生の妹がいるって聞いたことがある。でも目の前の少年は、男の子だし、中学生くらいっぽいし、無関係……だよね?

『あたしのこと、知ってる?』

「知らない……けど。君、なんか有名な人だったりするの?」

『あ、そういうのじゃなくって。あたしのほうがなんかキミに似た人にあった覚えがあって、あたし死んじゃってからなんかいろいろ記憶あいまいなところがあるから、もしかしてキミがあたしの知り合いだったりするのかなって』

「……記憶にはないんだけれど、実は僕の方もあんまり君に初めて会った気がしない」

 少年は何か自信なさげにあたしの顔をしげしげと見つめている。

「もしかしたら、どこかで縁があったのかもしれない」

『ほら、妖怪は場所についてるから領域に入った人なら誰でも襲い掛かるけど、幽霊は縁のある人か、恨みのある人の前にしか現れないっていうじゃない?』

「そういうもんなの?」

 少年はあまりそっち方面の知識には明るくないらしく、首を傾げていたが、急に思いついたように言った。

「あれ、もしかして、君、事故とかじゃなくて、殺されてたりする……?」

『えーっと、どうなんだろう?』

 あたしは自分の体を見回してみる。鏡がないから顔がどうなってるかは分からないけれど、胸とお腹が血だらけな気がする。制服の上に真っ赤なコートを着ているのであんまり目だっていないようだけれど。

「……君の、最後の記憶は?」

 言われて、自分の最後を思い出そうと努力してみる。

『夜、学校から帰る途中で、後ろから何か口にあてられて……それっきり?』

 これだけじゃ何がなんだかだけれど。

『たぶん、この辺で死んだんだと思うけど……ニュースとか新聞とかでやってなかった?』

「ここらで人が死んだなんて話聞いたこと無いよ?」

『ふうん、もしかして、まだ死体見つかってないのかも?』

 あたしはこの辺りをふわふわと漂っていたわけなんだけれど、自分の死体がどこにあるのかすらわかっていない。何しろ暗がりで後ろからハンカチを当てられて、気がついたらこうしてふわふわと漂う状態になってたわけなので。思い出せる状況から考えると、事故じゃなくて誰かに殺されたとしか考えられないんだけれど、なぜ、誰に殺されたのかもまったくわからない。

誰かの恨みを買った覚えはないんだけど。

 ふと、あきら少年の右手の薬指に包帯が巻いてあるのに気がついた。

『その右手の包帯って?』

「体育の授業でバレーやってつき指したんだけど……それがどうかしたの?」

 なんだろう、何か引っかかる。

 ふっと、顔にハンカチを当てられた時のことが思い浮かんだ。

 縁の深い相手……。あたしを殺した相手、っていうのも縁なのかもしれない。

 あたし、たしか、あのとき思いっきりハンカチに噛り付いて。

 幽霊っていうのは、恨みのある相手の前に化けて出るのが筋ってものだよね……。

 それにほら、犯人はかならず現場に戻ってくるとかよくいうじゃない。

 状況証拠しかないけれど、この少年があたしを殺した犯人の可能性って、けっこうあるんじゃないかな?

 決めた。あきら少年、犯人に決定。

『あの、さ。ちょっとお願いがあるんだけれど、聞いてくれない?』

「……なに?」

『あたしのうちにさ、伝言お願いしたいんだけど、頼める?』

 あたしがにっこりと微笑んで言うと、あきら少年はなんだかびくっ、と警戒するように身をすくませた。失礼な。

「君にそういうことを頼まれる筋合いなんか、無いはずだけど? なんで、ボクがそんなことしなきゃならないのさ?」

『あたしのこと見えるのがキミだけだからに決まってるじゃん?』

 本当はキミを糾弾するためだけどね。

 腕組みしながら口を尖らせて言うと、あきら少年は押し黙ってしまった。

 さすがに反論しようが無かったみたいだ。もしかしたら呆れてるだけかもしれないけれど。

「……」

『あ、もしかしてキミ、タダじゃ何もしない主義の人?』

「そんなことは無いけれど……」

『あー、でもあたし幽霊だし何も持ってないから何のお礼もできないねぇ』

 何かあたしに、あきら少年にして上げられることがあるだろうかと考えてみる。

「別に何の期待もしてないよ」

 そういうあきら少年の視線が、ちらりとあたしの胸元をかすめた気がした。

 おー、そうだ。あるではないか。幽霊のあたしにでもできる事!

『んー、キミ、女子高生のおっぱいとかみたい? 幽霊だから物理的なお触りは無理かもだけど』

「ちょ、ちょっと?!」

 着ている真っ赤なコートの前を開けようとして、ふと気がついた。

『あ。あたしたぶん、胸刺されて死んだから血だらけだけど、大丈夫?』

「う、」

 あきら少年がぶるんぶるんと首を横に振った。

 どうやらスプラッターな感じのものはお気に召さないようだ。

『じゃあ、ぱんつとかどうかな?』

 スカートの裾を持ち上げながら、あきら少年に流し目をしてみる。

「いやだから、」

『あー。下腹もざくざく刺されたっぽいから、たぶんぱんつも血で真っ赤っかだけど、やめとく? ていうかそれ以前に幽霊だから下半身透けちゃってて見えないかなー?』

「ぶっ!」

 あきら少年が真っ青な顔でふきだした。

「さっきから気になってたんだけど、君のその真っ赤なコートってもしかして血で染まったせいだったりする?」

『んにゃ。これは元から真っ赤だよ』

 そういえば、このコートって借り物だったんだよね……早苗になんて謝ったらいいんだろう。

『まぁ、あたしんちに着いたら何かお礼できるかもね。ということで、うちまで案内するからあたしについてきて』

 あたしはあきら少年にそう告げて先に歩き出した。といっても足が無いので空中をふよふよとだけれど。

「僕まだOKするって言ってないんだけど……?」

 あきら少年が不服そうに言ったけれど、ついてきてる時点であたしはOKしたものとみなしてるのです。

『パンツの一枚や二枚持っていっていーよ? どうせもう、あたしが履くことも無いしね』

「いやだから、」

 あきら少年が何か言いかけてやめた。

 どうやら観念したようだと判断し、あたしはなつかしの我が家へと向かうことにした。

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