第九話 下僕採集
「1金ブロンだ」
彼女の声に辺りは一瞬静まり返るが、その直後どっと歓声が沸き上がる。
クロはその声の主の元へ呆れた様子で近づいていく。
「な、なんとおお!!1金ブロン!!ら、落札です!!」
司会をしていた商人も驚きを隠せないのか、声が裏返っている。
「おい!!一体どういうつもりだ!?」
興奮して騒いでいる人々を潜り抜け、クロは彼女のもとへ到着すると抗議の声を上げた。するとガイコツがなだめるようにクロに答える。
「まあ、落ち着きなさい。金貨の一枚くらいどうってことないぐらい稼いできましたからね」
「ふん、まあそういうことだ。下僕は多いに越したことはあるまい?」
訳のわからないといった表情のクロに、彼女は勝ち誇るかの様子で博打で稼いできた金を見せる。クロはその貨幣の量に目を見開く。
「魔王の手にかかればこのぐらいどうということはない」
奴隷市は大喝采の中、幕を閉じた。
***
しばらくして、支払いを済ませた彼女の元に落札した奴隷が連れられてくる。
腕が鎖で拘束され、首輪が付けられて無理やり引っ張ってこられる様子は何とも痛々しい。しかし、その奴隷は彼女の顔を見ると彼女の元にすがりつくようにへばりついてきた。
「おや?この商品と面識がおありなんですか?」
金貨を受け取りニコニコ顔の奴隷商人がその様子に首をかしげる。
「別にないぞ。それより、この腕の拘束は必要ないから取ってしまって構わん」
彼女は特に商人の問いに興味もないようにさらりと受け流し、商人に腕の拘束を解かせるとその後首輪から延びる紐を彼女は手に取ると「今後もどうぞ御贔屓に」という商人の言葉を背にその場を立ち去る。
「おい、いつまで私にへばりついている。さっさと離れろ」
彼女はさっきからへばりついて離れない奴隷に不愉快そうな声を出す。
するとその奴隷は、半泣き状態の顔で彼女を見上げて口を開く。
「あの時のお姉ちゃんだよね…………助けに来てくれたんじゃないの?」
奴隷の問いに彼女は鼻で笑い、少年の首輪の紐をグイッと引っ張って少年の顔を自分の顔へと近づける。
「……勘違いするな……今日から私は貴様の主だ。言葉使いに気を付けろ…………」
「僕だよ!!マルクだよ!!覚えてないの!?」
なおも食い下がる奴隷に彼女は呆れた顔をして、少年を乱暴に地面へと落とした。
せき込む奴隷を彼女は無表情に見下ろし、大きくため息を吐く。
「…………少し折檻が必要なようだな…………」
そう言うと彼女はおもむろに斧を取り出し、少年へと振り下ろそうとした。
刹那、彼女の背後から音もなく表れたフードをかぶった者が彼女へと襲いかかり反撃する間もなく後頭部に強烈な一撃を打ち込まれて彼女はよろよろと前に倒れかかって、寸での所で膝をつく。
朦朧とする意識の中で、彼女はいきなり現れた謎の人物を睨みつける。
「・・・いきなり何の用だ?」
彼女の問いには答えずにフードをかぶった者は、さらに追い打ちをかけるためか彼女の方へと近寄ってくる。
それを許すほどクロは間抜けではない。
「…………貴様、何者だ…………こいつの頭は常識はずれなのだぞ?殴って余計変になったらどうする!?」
低いどすの利いた声なのにいまいち迫力に欠けるクロの言葉に彼女はけっこうショックだったのか膝をついていた体ががっくりと倒れてしまった。
クロを見て、予想外の魔物の登場に驚いた様子でフードをかぶった何者かは彼女の落札した奴隷を抱えるとそのまま踵を返して走り出した。
「逃がすか馬鹿め!!」
クロは自慢の瞬発力で、追いつくとフードの何者かに襲いかかる。
「うわあああああああああ!!!」
***
クロに襲われたことでフードがはぎ取られ、彼女を襲った何者かの正体が明らかになる。それは若いエルフ族の女性であった。
「なんだ、弱っちいと思ったらエルフ族だったのか…………一体どういうつもりだ?」
クロはフードをかぶった者の正体が人間でも魔物でもなかったことに少々拍子抜けの様子で、未だ緊張を解かず逃げる隙を窺っているエルフ族の女性に問う。その問いにエルフ族の女性はぶっきらぼうにだが答えた。
「わ、私はただ同族が奴隷にされるのが許せなかっただけだ…………」
クロはあまり興味もないようでエルフ族の女性の答えに適当に相槌を打ったが、逆にフードをかぶっていた者の正体がエルフだったということに興味を持ったのか、それまで不干渉を貫いていたガイコツが突然口を開いた。
「つまり、貴方は奴隷市で買い取られたそこのエルフ族の子供を解放するために我々の後を付けていたということですねぇ……魔王様どうします?」
ガイコツはいつの間にか起きてきた自分の主である魔王の彼女に目を向けた。
まだ痛むのか彼女は頭をさすりながら不愉快そうに眉を寄せている。
「どうもこうもない……私の下僕を返してもらう」
彼女はそう言うと自分が買った奴隷へと手を伸ばすが、それをエルフ族の女性によって阻まれ、彼女は女性エルフを睨みつける。
しかしそれを気にせずにエルフ族の女性は彼女に疑問をぶつける。
「魔王だと!!…………一体どういうことだ!?」
彼女達の会話の内容が理解できないのか混乱しているエルフの女性にイライラが限界に達したのかしばらく黙って様子を見ていたクロが声を荒げる。
「ええい、めんどくさい!!黙らせてくれる!!」
クロはそう言うと牙をむいてエルフの女性に襲いかかろうとするが、彼女の制止の声でその場で唸るだけにとどまった。彼女は見るからにめんどくさそうな様子で手をぷらぷらとさせながら大きくため息を吐く。
「…………もう良い、そいつは貴様にやる。好きにするがいい」
そう言うと彼女は呆然とするエルフ族の女性をそのままに踵を返してその場から歩きだす。その時それまでずっと黙って様子を見ていた奴隷、マルクが慌てて彼女の後姿に呼び掛ける。マルクが森で呼びかけた時は振り向いてもらえなかったが、今回の彼女は少し間を置き振り向くとマルクへと口を開いた。
「…………今度捕まっても買ってやらんからな、マルク」
マルクはしばらく彼女を見つめていたが、小さくこくりとうなずく。それを見てクスリと彼女は笑うと歩いて行ってしまった。
その様子を見ていたエルフの女性はしばらく何が何だかといったように首を捻り、歩いて行く彼女の後姿を見つめていた。
***
しばらく歩いて、エルフ達からだいぶ離れた時にクロは彼女に口を開く。
「…………おいっ、せっかく1金ブロンも出したのによかったのか?」
クロは納得がいっていないのか不満そうな顔をしているが、クロの言葉に彼女はいつもは見せることのないやわらかい笑みを浮かべて質問に答える。
「私は慈悲深いからな……それにあんな子供を下僕にしても役に立たないだろう?」
それにしても……と彼女は暗くなった空を見上げながら続ける。
「すっかり遅くなってしまったな。どこに泊まろうか…………」
そう言うと彼女の臣下は目の色を変えて、…………飯が上手いところが良い!!…………広いところが良い!!…………と好き勝手に騒ぎだし挙句の果てにもめて暴れ出す始末。
まだまだ彼女の下僕集めは進みそうもない。
ほんとはエルフの坊ちゃんは仲間になる予定だったんだけどなあ……どうしてこうなっちゃったんだろう……
ちなみにこの話、投稿の際にエラーで書き直す羽目に、ムッキー!!!