第六話 エンジニア王国からの脱出
男の叫び声で、看板を見ていた村人の視線が彼女へと集まる。
皆の目は驚愕で見開かれているが、宝を見つけたかのような何とも言えない感情を目の奥に潜めている。
「つかまえろ!!!」
誰かがそう叫んだのを合図に彼女へと襲いかかる村人達。
彼女は眉をひそめると、いつの間にか自分の頭の上に這い上がってきていたガイコツに命令を下す。
「なんとかしろ」
彼女はそう言うか言わないかのうちに迫ってきていた村人から逃げるために走り出した。
ガイコツはそんな彼女の上で大きくあくびをすると彼女に口を開く。
「無理ですね。この前の様な事をしてはワタシの品格が疑われます。ワタシは現段階では解決する方法を持っていません。ですがあなたならその方法を持っているではないですか」
その言葉に彼女は顔をしかめる。
「私の命令が聞けないというのか?」
ガイコツは答えようとしない。
彼女は大きくため息を吐くと、追ってくる村人達に向かいあった。
「クロ!!準備はいいか?」
「ああ、大丈夫だ」
彼女はクロから斧を受け取り、村人たちが射程圏内に入るのを待つ。
一方クロは背負っていた斧を彼女に渡すと村人達の方へ走って行った。
「うわああ!!なんだこの犬!!」
いきなりの黒い犬の登場で村人達は混乱するが彼女を捕まえるために、手を伸ばす。
彼女はその手をひらりとかわすと、持っていた斧で彼女を捕まえようと躍起になっている村人の頭に振り下ろした。
何かが潰れたように嫌な音がして村人の頭からは真っ赤な液体が噴き出す。
その村人は体を痙攣させながら倒れた。
その様子を目の当たりにした村人は今度は打って変わって、悲鳴を上げながら彼女から逃げ始める。
「ふふ、小娘一人なら楽に捕まえられるとでも思ったのか?」
彼女は人の悪い笑みを浮かべると、仮にも私は魔王だぞ!!と逃げ惑う村人に言い放つ。誰も聞いていないが…………
そんな時、村人の中から屈強そうな男集団が野太い声を張り上げ、出てくる。
「おいおい、魔王つっても小娘だろうが!!何ビビってやがる……」
男達は手に農具を持ち、ニヤニヤと笑いながら彼女へと近づいてくる。
「殺せ!!」
リーダーなのかはわからないが、1人の男が指示を出すと男達は持っていた農具を彼女へと振り下ろす。
彼女はそれをかわすし、何かを1人の男へと投げつける。
「わっ!!なんだ!!」
投げられた何かは、男の顔に張り付くと金属的な脚で男の眼球をえぐる。
男は悲鳴を上げてそこに倒れこむが、それで終わりではない。
彼女の振り上げた斧が男の頭に振り下ろされる。
「ぐひゃははははは、コレですよ、ワタシの求めていたのは。あー楽しい」
ガイコツは嬉しさから狂ったようにぴょんぴょんと辺りを跳ねまわる。
男達はたじろぐがリーダー格は口の弧をさらに深めると、彼女へと襲いかかってくる。
あまりにも単調だったそれを彼女が避けるにはそう難しくなかった。
しかし彼女がリーダー格の攻撃を避けた直後彼女の腕に激痛が走り、思わず彼女は顔をしかめる。
彼女の死角から、もう1人の男が鍬を彼女の腕につきたてていたのだ。
あまりの痛さに彼女は持っていた斧を落としてしまった。
そんな好機を男が見逃すわけもなく、残った者全員で彼女に襲いかかる。
が、あたりに男達の悲鳴が響き彼女への攻撃は起こらなかった。
クロが素早い身のこなしで、残る男達の喉に噛みつき絶命させたからだ。
その様子に身の危険を感じたリーダー格は襲われる手下を見捨てて逃げだそうとしたが、ふと意識を失って倒れそのまま絶命してしまった。
「まったく、この殺し方は嫌だったんですけどねぇ……」
ガイコツ男は溜息を吐き、腕を押さえて苦痛の表情を浮かべる彼女の元へと向かう。
村人たちは去り、男達も皆絶命したのでひとまず安心といったところか。
***
「あらら、前の傷口が開いちゃってるじゃないですか」
ガイコツは傷口を見るとのんきにそんな声を上げる。
以前彼女が腕に負った傷は大したことがなかったので治りかけていたのだが、今回のせいで傷が開き、また新しくつけられた傷によって以前より傷口が深くなっている。
「骨の手下が傷付けたのと同じところじゃないか!!」
クロは彼女の傷口を見るとがっちりガイコツをくわえて尋問する。
「なぜお前の能力を使わなかったんだ?…………お前のせいで作らなくていい傷を作ってしまったではないか!!」
ガイコツは素早くクロの口をこじ開けて這い出ると、全く悪びれた様子もなくクロに答える。
「あの殺し方は私のポリシーに反するんですよ。どうせ殺すなら鮮血を舞わせるような美しいものがいいじゃありませんか」
クロがなお食い下がろうとするのを見て、ガイコツは溜息を吐く。
「何でもいいですが、早く包帯と傷薬をどっかから持ってきなさいな。このままでは魔王様が衰弱していしまいますよ?」
クロはちらりと彼女を見る。
だらだらと血が流れる傷口を押さえている姿が痛々しい。
クロはふんと鼻を鳴らすと薬屋から必要なものをかっぱらうために走って行った。
***
クロが薬屋から奪い取ってきた包帯やら何やらを使って一応血が止まる。
ほっと息をついてクロは彼女に口を開く。
「もうこの国にはいない方がいいな。どうやら魔王討伐の命が出たらしい。幸いにここはエンジニア王国のはずれにある地域だ。しばらく歩けば国を出られるだろう。」
クロの提案にガイコツ男も賛同する。
「この国を出ればとりあえず一時的には安心でしょう。まあ急がないと他国にもこの情報が渡ってしまいますがね…………」
こうして彼女達はエンジニア王国を後にすることにした。
***
「それにしても……」
先程の町を離れしばらく歩いた時彼女が口を開いた。
クロはどうかしたのかと彼女の顔を見る。彼女はクロと目を合わせると言葉を続ける。
「私の臣下は心もとないと思ってな。私の読んだ本では魔王を守る臣下はもっと優秀だと思ったのだが……」
それを聞いてクロは鼻を鳴らし、そっぽを向く。
彼女を図書館に連れて行ったのは失敗だった。余計なことばかり覚えてしまったようだ。
「やはり私ももっと臣下を持つべきだろうか?」
そのつぶやきにずうずうしくクロの頭の上に乗っかっていたガイコツが答える。
「それは良いですね。もっと力の強い者たちを集めれば魔王様に襲いかかってくるような人間どももいなくなるでしょう。まったく人間は貧弱なくせに群れると強気になりますからねぇ」
ガイコツの答えに彼女は頷くと、また口を開く。
「そうだな、私にふさわしく強い臣下を探すとしよう。そして人間どもを懲らしめてくれる!!」
おー、と掛け声をあげるガイコツ。
クロは乗せられやすい彼女を見て溜息を吐くが、ふと思う。
臣下集めをするのは勝手だが、彼女を魔王と信じない魔族もいるだろう。
そんな魔物から彼女を守らならければいけないのか、人間だけで手いっぱいだというのに。
ガイコツはいまいち信用できない。とするといざというときは彼女を守るのは自分一人だけという訳だ。それってかなり面倒ではないか…………
彼女を守るためには、危険なことは極力避けたい。クロは抗議の声を上げる。
「待て!!そんな簡単にいくか!!第一お前を魔王と信じる奴の方が少ないと思うぞ!!力もないのにそんな危険なことをする奴があるか!!」
クロの発言により彼女は目を細めてクロを鋭く見つめる。
「ほう、私の命令が聞けないと…………そう言うのか?」
氷のように冷たい声でクロに答を求める彼女。
そんな彼女をガイコツはなだめる。
「まあまあ…………この獣はきっと魔王様を危険な目に会わせたくないのですよ。」
それを聞いた彼女は意外だったのかちょっとびっくりした顔になり、その後何か思いついたのか、にやりと笑う。
「ほう、つまりクロは私のことが心配で心配でしょうがないのだな?」
その物の言い方にクロは慌てる。
「ちっ……違う!!!これは、あれだ!!このまじないを解いてもらうのに死なれては困るからだ!!!」
キャンキャンと喚くクロを彼女は見下ろす。
「ふふ……わかっているぞ、そんなに照れなくてもよい、クロ……」
わかってなあああああああい!!!
とクロの叫びがこだまする。
エンジニア王国編?終了かな…………?