第四話 王国ホテル サンマリア
「それよりどうです?もう遅いですし、どこかの旅館にでも泊まってみては?」
ぎこちない動きで、金属的な脚を動かすガイコツ。
しかし、クロは大きくため息をつくと、ガイコツに論する。
「そんな金があると思っているのか!!」
するとガイコツはやれやれといった様子で、魔王である彼女に口を開く。
「魔王様、そこに転がっているワタシの体の服のポケットに袋があるはずなんで出してください」
彼女は、その言葉に特に反応は見せず、ガイコツの体に近づいてポケットを漁る。
しばらくして、何かがいっぱいに入った茶色い袋を取り出すと彼女は怪訝そうな顔でガイコツに問う。
「なんだこれは?」
ガイコツの答えを待たずに袋を開ける彼女。
そこには丸いきらきら光るものがたくさん入っている。
「それはですねえ、この国の貨幣ですよ。銀に光るものがあるでしょう?それ1枚できっとこの街にある旅館はどこでも一泊できると思いますよ」
自慢げに語るガイコツ。
鼻はないが、鼻高々といったところだろうか。
***
しばらくして、彼女達は町へと戻ってきた。
どうせなら一番いい宿に泊まろうということで、巨大な宿場にやってくる。
「おい、部屋に案内しろ」
彼女は受付に銀貨を置くと、肘をついて受付の対応を待つ。
「しかし…………お客様、動物はこちらではご遠慮しております」
事務的に答える受付係に、もう一枚銀貨に加え銅貨を差しだし交渉してみる彼女。
しかし受付係は全く顔色を変えず、ダメだと切って捨てる。
ガン!!!
しかしその直後、巨大な音が受付に鳴り響く。
受付係の男はその音の原因を見て震えあがることになる。
受付のテーブルに巨大な斧がぐッさりと刺さっていたのだ。
受付の男が恐る恐る彼女に目を向けると、テーブルに頬杖をついてこちらをニコニコとみている。
「ダメか?」
男は、首を高速で横に振って彼女の宿泊を許可した。
***
「おお、なかなかきれいな部屋ではないか」
「おい、腹減ったんだが!!!」
魔王御一行は、半ば強引に部屋へ通してもらうと、それぞれくつろぎだす。
「おい!!この大きい穴はなんだ?」
しばらく部屋を歩き回っていた魔王は、部屋でくつろぐ手下2匹に話しかけた。
「ああ、それは風呂というものでございます魔王様。ちょうどいい、お入りになればよいのではないですか?」
風呂という単語を聞いて魔王の彼女は思い出したようにつぶやく。
「そう言えば今日読んだ書物に、そんなものが載っていたな。暖かい水につかるのだろう?」
彼女は自分の体を見て、確かに血やら何やらで汚れている体をきれいにするのもいいかもしれないと風呂場へと向かっていく。
***
彼女が風呂場に行ってからしばらくするとガイコツはおもむろに、ぐったりとしているクロに話しかける。
「1つお聞きしたいのですが、あなたはどうやって彼女と知り合ったのですか?」
「何でそんなことをわざわざ教えなきゃなんねえんだ…………」
「良いではないですか…………それとも無様に敗北したことを話すのが恥ずかしいのですかね?あなたには何か面白いまじないが掛けられているようですし、もともと彼女の臣下だったわけではないのでしょう?大方彼女に負けて変なまじないをかけられたんでしょう?」
これを聞いてクロは唸り声を上げる。
「貴様……さっきから言わせておけば……」
「言わせておけばなんです?行って御覧なさい。イヌコロ」
その言葉を引き金に、一気に取っ組み合いの争いが始まるのかと思ったが風呂からあがってきた彼女の一声でその場が荒れることはなかった。
クロはふんと鼻を鳴らすと、随分と早く風呂を出てきた彼女へ悪態をつく。
「なぜ邪魔をする!!俺はこいつを今から…………!!!」
ふっと目を向けると、そこにはバスタオルを体に巻いただけの何とも無防備な姿の彼女がいた。
汚れを落とした彼女の肌はいつも以上に美しく、暖かい湯を浴びたためか体からは湯気が出て、肌はほのかに色づいている。随分と煽情的な姿だ。
「おやおや、魔王様……この獣には少々刺激が強すぎかと……」
彼女は、クロが真っ赤になっているのを見て、にやりと人の悪い笑みを浮かべると、クロの方へゆっくりと近づく。
「ななななな……何をしてる!!!ふふふ服くらい着ろっ!!!」
「ふふん、どうしたクロ。そんなに真っ赤になって…………クロ…………」
彼女は艶のある声を出しながら、逃げるクロを追い詰めていく。
彼女に詰め寄られたことで、クロの鼻に風呂上がり独特のシャンプーの良い香りがする。
いいにおいだなあ……とか一瞬考えてしまったクロは自分を叱咤して制止の声をかけるが、全く彼女はやめる気配がない。
それどころか余計に色付いた声を出して、クロの反応を楽しんでいる。
「……クロ……」
彼女はとうとうクロを追い詰めると、ぎゅううとクロを抱きしめる。
「ふん、クロ…………どうだ、まいったか?」
クロからの返事はない。
「……クロ?……」
不思議に思った彼女はクロを開放して、様子を見てみる。
真っ黒な毛の先端まで赤くして、クロは気絶していた。
***
「で…………これからどうする?ガイコツよ」
服を着た彼女は今後の予定をどうするか、自分の臣下へと相談する。
「お言葉ですが魔王様。ワタシの名前は、レイフォンド・アロン・フロワルドです。死神貴族です!!ガイコツはやめていただきたい!!」
「そうなのか……それで、お前ならこれからどうするんだ?ガイコツ……」
…………ご~ん…………
ガイコツは固まる。
いつの間に目覚めたのか、クロがガイコツに同情の声をかけた。
「慣れろ…………俺は慣れた…………はず……」
彼女は、いつの間にか宿で頼んだ紅茶を優雅に口へとはこぶ。
そんな時部屋の外から何やら男たちの声が聞こえてきたかと思うと、勢いよく彼女たちのいる部屋のドアを開け放ち、5、6人の男たちが入ってくる。
「女!!我々はこの町の守護を任せられし者。お前はここの宿の者を武器で脅して、金も払わず不当にこの宿に泊まっているらしいな。お前はこの町の法を犯した。我々と一緒に来てもらおうか」
脅したのは間違いないが、それは獣を連れ込むことを許してもらうはずだったのだが・・・受付係が着色でもしたのだろうか。
しかし、部屋に押し掛けてきた男達を気にする様子もなく彼女は紅茶を口に運んでいる。
静かにカップをテーブルへと置くと、ふん、と鼻で男たちを笑う。
「何がおかしい娘!!」
彼女の不可解な行動に怪訝そうな顔をする男達。
「誰に口を聞いている。私こそ、誰もが畏れ敬う大魔王であるのだ。もっと口のきき方に気をつけるがいい」
彼女の発言に、そこにいた彼女以外の者はあっけにとられた。
「馬鹿たれ!!!!自分から名乗ってどうする!!!!」
クロは毛を逆立てて、彼女に詰め寄る。
彼女はことの重大さに気付いていないのか不思議そうに首をかしげる。
魔王とばらしてしまったからには、この話を聞いたこの男どもは生かしておけない。
放っておけば、この国の王に伝わり魔王討伐の命が出されるかもしれない。クロは焦った。
「ま…………魔王だと……」
「しゃべる犬……魔物だ……魔物を使役しているぞ!!あの女が魔王なのか!?」
男達の間に動揺が走るが、リーダー的存在の男が的確に指示を出す。
「動じるな、お前達はすぐに帰ってこのことを報告しろ!!私達はここで足止めする!!」
その言葉に、2人はすぐに踵を返して走り出し、残った4人は剣を取り出し身構えてくる。
「…………クロ…………何がまずかったんだ?」
男達の様子を見て、彼女は困惑顔でクロを見る。
「誰でも彼でも魔王と聞いてひれ伏すと思うな!!こいつらみたいなのもいるんだぞ。特に人間には気を付けろ!!」
そうだったのか…………と落ち込む彼女をかばうためクロは剣を構える男達と彼女の間に入る。
しかしそんな緊張した場にのんきな声が響く。
「魔王様、人間ごときに遠慮する必要なんてございません。魔王様はご自分の望むようにすればよいのです。名乗りたければ名乗る。殺したければ殺す。誰も文句は言えませんよ…………」
そうガイコツがカタカタと顎を鳴らしてしゃべると先程まで殺気を放ちながら剣を構えていた男たちが音もたてずに倒れる。
しばらく何が起こったのかわからずクロは呆然としていた。
「な……貴様一体何をした!!!」
クロが混乱した頭でガイコツに詰め寄る。
さっきまでぴんぴんしていた相手が急に倒れたのを見たら誰でも混乱するだろう。
「全くうるさいですねぇ。私は死神ですよ。人間程度殺すのは訳ないのですよ」
ま、あまり良い殺し方ではありませんでしたけどねえ……とぼやくガイコツ。
「それにしても、あなたは今までも魔王様に対してそのような態度だったのですか?全く、魔王というものは常に自信にあふれ、気高いものです。人間程度に尻尾を巻いて名乗らないものなど魔王ではありません。あそこで彼女を怒鳴るのは筋違いでしょう?」
クロがそれに応戦しようと口を開きかけたところで彼女が2人を止める。
「また邪魔をするのか!!」
クロは八つ当たり気味で彼女に怒鳴るが、彼女は困った顔でそうではないとかぶりを振る。
「ガイコツが殺したのはここにいる4人だけなのか?あの2人はどうなった」
そう言えば…………とガイコツもクロもそのことを思い出す。
「ガイコツの反応を見る限り、無事なのか……」
呆れた顔をした彼女に、ガイコツは苦笑いをする。
いつもはボ~っとしていて何を考えているのかわからない彼女だが、こういう所は鋭い。
「おい、骨!!そいつらをさっさと殺せ!!このままではまずいぞ!!」
「無理言わないでください!!その二人の顔なんて忘れてしまいましたよ!!彼等の顔をもう一度見て覚えなければ殺すのは不可能です。」
慌てて怒鳴るクロにガイコツも慌てた様子で答える。
彼女は何かを思案するような顔になり、自分の臣下達に口を開く。
「おそらく、この旅館からだから、そう時間もかからずに城に付くだろう。うかうかしていると援軍が来るぞ。逃げる準備をした方が良さそうだ…………」
いつもは無表情な彼女も、この時は真剣に悩む真面目な顔をしている。
なんだかそれがおかしくて、クロは笑ってしまった。
それを見て彼女は眉をひそめる。
「………………何がおかしい」
「いや……くくく……無表情かニヤニヤ笑ってるだけかと思ったらそんな顔もできるのかと思ったら…………いたいいたいいたい!!!!」
「もう一度言ってみるがいい……」
額に青筋を浮かべ、口の端を釣り上げ彼女はクロの両頬を千切れんばかりに引っ張った。
タイトルに宿の名前が出てますが本文では出てませんね。
王国ホテルって、帝国ホテルを元ネタにしてみました。