第十八話 再会そして出発
真っ黒な闇。薄暗い雲で覆われているため夜空には星も見えない。ただただ、吸いこまれそうな闇が頭上には静かに広がっている。 と、突如港に大きな汽笛が鳴り響く。
しばらくして、リチュレの港に一つの大きな影が現れた。
***
「…………失敗だ。こんなことならば奴に、もう一晩泊めてもらえばよかったな。」
寝静まった町でポツリと小さくつぶやいた一人の少女。闇夜よりも黒い瞳をきょろきょろとさせて、辺りを見回している。
と、港に人影を見つけた彼女はとりあえずそちらへと足を向けることにした。
「ったく、なんて夜だ全く……星の一つも出てやしねえ。」
「ああ……なんか悪いことが起きそうな予感だ……」
港で、二人の男がため息を吐く。彼らは世界各国をサンダルシアン船で渡る商人。
彼らの乗るサンダルシアン船には世界中の珍品、宝物が詰め込まれている。
スフィノ帝国からニフラー王国へと荷物を運んでいる最中、あまりにも波が荒れ、辺りも薄暗い状態ではとても通航を続けられないと、ハンニ帝国へ一時的に立ち寄ったのである。
「港はそんなでもないのになぁ……何で沖はあんなに荒れてるんだろうな……」
「知るかよ。そんなの海の神さんにでも聞いてみんことにゃあ…………うわあっ!!」
突然、話していた男の一人が情けない声を上げる。海の方を見つめていた男がどうしたのかと悲鳴を上げた方の男を振り返ると、一人の少女に胸ぐらをつかまれ青くなっていた。
「あんた何してんだ!!」
男が少女を怒鳴りつけると、彼女は夜空よりも黒い瞳を男に向けパッと胸ぐらをつかんでいた手を離した。掴まれていた男は体のバランスを崩してそのまま倒れてしまう。
「さっきから声をかけているのに、まるで反応がないからしゃべる死体かと思っただけだ。」
「しゃべる死体!?」
彼女は、すまないと小さく頭を下げるが、胸ぐらをつかまれた男は顔を真っ赤にして彼女を怒鳴り始める。
「すまんですむか!!もっとちゃんと謝れ!!」
「おいおい、もういいだろ。で俺達に何か用ですか?」
鼻息を荒くしている友人をなだめながら、男は彼女へと視線を向けた。
「少し、探し物をしていてな。黒い犬を見かけなかっただろうか?」
「黒い犬ぅ?……そんなもん見てねえな」
ようやく落ち着きを取り戻したのか、鼻息を荒くしていた男は憎々しげに彼女を見るとそう吐き捨てる。
「そもそも俺たちは、さっきここについてきたばかりですから。っあ、ほらあそこに大きな船が見えるでしょ。俺たちはあれの船員なんですよ」
港に泊まっている巨大な船を指差して、男は自分達のことを説明する。
しばらくの間、何かを考えたそぶりを見せた彼女は男達へと口を開いた。
「お前達の船は人運びはやらんのか?」
「……え?……ああ、やってますよ。お乗りになりますか?」
「……出来ればそうしたいのだが……」
彼女の言葉を聞いてそれまでふてくされてそっぽを向いていた男が抗議の声を上げる。
彼女に胸ぐらをつかまれたことをまだ根に持っているらしい。
「おい!!俺は嫌だぜ、こんな女を乗せんのなんか……船で暴れられたらたまったもんじゃねえ!!」
「それを決めるのはお前じゃない、船長だ。変な理屈こねてないで、さっさと機嫌直せ」
注意を受けた男は小さく舌打ちするとやってられないとばかりに船の方へ歩いて行く。
「全くあいつは……ほんとはもっといい奴なんですけどね。あ、俺の名前はアニー、あいつはグラックっていいます。さ、船に向かいましょう」
アニーは彼女を船に案内しようとするが、彼女はその場に立ち止まったまま。
「あの……どうかしましたか?」
「ん?……ああ、連れがいてな、すぐに連れてくるからしばらく待ってはもらえんだろうか?」
「そうですか、……分かりました、まだ船も出ませんから俺はここで待っていますね。」
「悪いな。」
彼女は小さくそう返すと明かりの少ない町の方へと歩いて行った。
アニーはそれを見送ると先程の様にまた腰をかける。そのまま彼は海を見ながら後ろに話しかけた。
「おい、隠れてないで出てこいよ!!」
声を掛けられてしばらくして、暗闇からのそのそと出てきたのは船の方へと歩いて行ったはずのグラック。
「いや~、お前が襲われないか心配でなぁ~」
そんなことを言いながらグラックはアニーの隣にドカリと腰かける。
「そんなばればれの嘘はいいから。知ってるんだぜ、お前さっきの彼女に一目惚れしただろ?お前惚れっぽいなぁ……確かに美人だったけどさ」
「うぐっ……さすがはアニー、何でもお見通しってか?」
「お前の態度見りゃ誰でもわかるっつの、でもああいう態度じゃお前一生恋人できないぞ。お前さ、前に惚れたどっかのお嬢さんの事マジ泣きさせただろう?せっかくちょっといい感じだったのにさ……ま、照れ隠しもいいけどほどほどにしろよ」
アニーに言われて黙り込むグラック。そんな友人の姿を見てアニーはクスリと笑った。
***
町へと戻ってきた彼女。船でこの街を出れば魔王討伐令の行きとどかない国まですぐに逃げられるだろう。彼女は真っ暗な道をきょろきょろとしながらクロ達を探し始める。
しかし、裏道を覗いてみても、宿屋を訪ねてみても全く見つからない。
彼女は小さくため息をついた。
ちょうどその時、クロも同じく溜息を吐いていた。
ガイコツ達とともに彼女を置いて行った家までやってきたのだが、医者とエルフィーナの話の内容だと港の方へ歩いて行ったとのこと。
クロやガイコツ、スライムは物陰に隠れながら医者と話しているエルフィーナの様子を見ていた。
「それにしても、彼は随分と腕のいい医者なのですねえ、仮死状態の魔王様を蘇らせるとは。」
「おい、押すな!!奴に気がつかれてしまうだろうが!!」
小さな窓から気がつかれないように押し合いへしあいしながら、家の中の様子を見る魔物達の様子に、エルフィーナは溜息を吐いた。幸い医者は気付いていない様である。
「いや、それにしてもほんとに彼女には助けられましたよ。魔物から救っていただきましてね」
「そ、そうなんですか~…………」
「ええ…………あ、フード脱ぎますか?何か掛けるもの持ってきますよ?」
医者の言葉にびくっと震えたエルフィーナは、ガタリと席を立つと礼だけ言ってそのまま店を逃げるように後にした。
しばらく走って、随分と離れたところまで来るとようやく落ち着いたのかエルフィーナは走って乱れた息を整えようと大きく息を吐いた。
「いきなり走ってどうした?医者もびっくりしていたぞ?」
落ち着いたエルフィーナの元へ隠れて様子をうかがっていたクロ達が追いついた。
「全くなんでエルフの私がこんなことをしなくちゃいけないんだ!!もう少しで正体がばれそうになるところだったぞ!!」
「だって一番、人っぽいじゃないか」
「それならガイコツのあの能力を使えば良かったじゃないか!!」
そう抗議する彼女にすかさずクロが反論する。
「あれは胸糞が悪くなるから却下だ!!却下!!」
クロとエルフィーナの言い争いはそれに聞きあきたガイコツが止めるまで続いた。
「お・や・め・な・さ・い!! 全く貴方達は…………そろそろワタシも我慢の限界です!!まずは港に行きましょう!!そこに何か手掛かりがあるはずですっ!!」
「そ……そうだなすまない」
エルフィーナは申し訳なさそうに頭をかいているが、クロはぷいとそっぽを向いている。まとまらない魔王のお供達はグダグダながらも港へと向かった。
***
「おや?……あれは」
グラックが小さく驚きの声を上げる。
フードをかぶった女性が、黒い犬を連れているのだ。彼女が探している黒い犬を。
それを見ると、グラックはアニーが止めるのも聞かずフードをかぶった女性の元へと走り出した。
「ちょっとあんた!!」
グラックの呼びかけにフードをかぶった女性、エルフィーナはビクリと反応する。
「な……なんだいきなり……」
「いやぁ、驚かせて済まねえ……ちょっと確認してぇんだがあんたもしかして黒い服着た黒髪の姉ちゃんの連れじゃねえか?」
「なに!!奴に会ったのか!?」
「ああ、黒い犬を探してるらしくてあんたが連れてたからもしかしたらと思ったんだが……やっぱりそうだったか」
「それで!?……あいつはどこだ!!今どこにいる」
エルフィーナの問いに答えたのはグラックではなくアニーであった。
「多分君達のことだろうけど連れがいるから町に戻るってさ、ここで待ってたらたぶん戻ってくるんじゃないかな?彼女は船に乗るって言ってたし……」
「船?」
「ああ、あの船だよ。あの船でニフラー王国まで行くんだ」
首をかしげるエルフィーナにアニーは船を指差す。巨大な黒い塊は煙を上げながら港に居座っている。
「おーい、アニー!!グラッーク!!沖の波が穏やかになった!!船長がもう出るってよ!!」
船の方から一人の男がアニーとグラックに叫んでいる。
「まずいな、早くしないと彼女この船に乗り遅れちゃうよ……」
アニーは心配そうに彼女の歩いて行った道を見つめる。しかし彼女が戻ってくる気配はまるでない。
「っけ……あんな女いなけりゃいないでいいぜ……」
グラックは鼻を鳴らすと船の方へと歩いて行く。しかし、アニーは険しい表情でそれを止める。
「おい、やめろ。お前が乗り遅れるだろうが……そんなに本気なのか?出会い最悪だったろう?」
「ちっ……ほんとに何でもお見通しかい、分かったよ。探しにゃいかねーよ。」
グラックはムスッと顔をしかめると、先程グラック達に出発を知らせに来た男に口を開く。
「おい、船長に少し出発の時間を遅らせてもらってくれ!!」
「え?……でも…………」
「でもじゃない!!!」
「ひぃ!!」
何やらはっきりしない物言いの男をとうとうグラックは怒鳴りつける。
その鬼の形相に男は震え上がった。
「おい!!フードの姉ちゃん、俺らが少しの間時間を稼ぐ!!だから黒髪の姉ちゃんを見つけてこい!!」
「!!…………分かった、すまない」
「ちょ!!待ってください!!」
グラックの言葉にエルフィーナは頷くと町の方へと引き返そうとした。
しかし、それはグラック達を呼びに来た船員の情けない声で止められる。
「何だ!?文句あるのか?」
グラックのどすの利いた低い声に若干震えながら、船員の男は答える。
「そうじゃないんです!!……その女の人ならもう船に乗ってるんですよ!!」
早くできるかもとか言っといて全然早くない……っていうのは置いといて……
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
実は毎度のことですが、話を考えてから本文を打つんじゃなくて、打ちながら話を考えてるんですね~だから、なぜこうなった……って自分でも思う展開が多々有るんですが……よくよく見なおしてみれば最近の魔王、モテるじゃないか。
なんでだ?モテ期突入なのか?まあそういう方向にはならない、というかしないでしょうがね。