第十七話 目覚めた闇
「レイフォンドって誰だ? お前の知り合いか?」
エルフィーナは小声で、クロに耳打ちする。
「俺の知り合いにあんなふざけた悪趣味な奴はいないぞ。…………おい!!さっさと正体を現したらどうなんだ?」
クロは、長身の優男風の男性を睨みつけながら唸り声を上げる。
そんなクロの様子に男は何やら意味深に笑うと、男の周りに黒い霧が漂い始める。
「くるのか!?」
エルフィーナはとっさに短剣を構えるが、男の姿が見えない。
どこに行ったのだろう。
「ダメですねえ。仮に私が敵だったらあなたたち全員、真っ赤なバラを咲かせてお陀仏でしたよ」
突然足元からのんきな声が聞こえたかと思うとその声の主は素早い動きでクロの背中に飛び乗った。
「ワタシですよ。ワ・タ・シ」
それは、金属的な脚のついた頭蓋骨であった。
「…………さっきの男はどこに行ったんだ?」
未だに男を探し続けるクロにガイコツは金属的な脚で頭を思いっきり叩く。
ごつりっと鈍い音を立てたかと思うとクロは頭を抱えて悶え始めた。
「全く、貴方達は一体何をやってるんですか。魔王様は見つかったんですか?」
悶えるクロの上で、すました顔で(表情が無いので何とも言えないが)エルフィーナへと問うガイコツの言葉にエルフィーナは気まずそうに答える。
「…………う……見つかってないんだ。それにこいつの話だともう……」
そこで言葉を詰まらせるエルフィーナ。
「もう……何です?」
何が言いたいのかわからないといったようにクロの上で顎をカタカタと鳴らすガイコツ。しばらく悶えていたクロは、自分の上に居座るガイコツを振り落とすとガイコツを怒鳴りつける。
「察しろ馬鹿が。死んだと言っているんだ」
「は?」
ガイコツは一瞬固って動かなくなるが、小刻みにカタカタと震え始めると大声で笑い出した。
「ひゃひゃひゃひゃ…………何を馬鹿なことを言っているんですか。くくくっ……全く面白い人たちですねぇ……」
「どういうことだ?」
「まさか……とうとう、おかしくなったんじゃ……」
訳が分からないと困惑顔を浮かべるエルフィーナにクロは小さくつぶやく。当のガイコツは未だに笑いながら、ようやくクロ達に口を開いた。
「魔王様が死んでいるわけがないでしょう。まだこの世に気配がありますから。私は死神貴族ですからねえ。誰が死んで誰が生きているのかぐらい気配で分かります。しかし、気配が分かると言ってもそれをたどっていけなければ意味がないんですがね…………」
ふうむ、と考え込むガイコツ。
しかし、それを聞いた周りの反応はまちまちだ。いや、正確にいえばクロだけの反応がよろしくなかった。エルフィーナとスライムはほっと胸をなでおろしているようだが、クロはそれどころではない。
……つまり、生きているということは……放っておいたことがばれるだけでない。彼女から金を奪ったことがばれる…………命が危ない…そして、それだけではない……今後も扱き使われると言うことだ。
「クロ……貴様には失望した。一生貴様は私の奴隷だ。まずはそうだな、貴様が良い声で鳴くまで、私がいじめてやろう……」
真っ黒な笑みで、自分を見下ろしてくる彼女の顔が浮かんできた。
…………あ、俺終わったな…………
そこまで考えて、クロは生きることをあきらめた。
***
「あ、あの……」
どぎまぎした様子のマックに音もなく近づいてきた彼女は、マックの右肩に軽く手を置くと、空いた方の手を自分の口元に持って行って人差し指を立てる。
…………どうやら、黙っていろと言うことらしい。…………小さくうなずくマックの様子を見た彼女は小さく微笑む。それを見たマックは自分の頬に熱が集まるのを感じた。鏡で見たならば真っ赤であろう。
そんな時、店の方から何かが割れる大きな音がする。
それまでやわらかい笑みを浮かべていた彼女が、そこからは想像もできないような冷たい瞳で音の方へ視線を向ける。
ガチャン!!ガチャン!!と音を立てながらその原因がどんどん近づいてきているのが分かる。とうとう、ひと際大きな破壊音がして何かが入ってきてしまった。
「ひい!!」
マックのあげた悲鳴に気付いたのか真っ黒い子供の落書きの様な魔物がマックへと跳びかかってくる。やはり夢ではなかったのだとマックは顔を真っ青にするが、魔物とマックとの間に彼女が割り込んでくる。
「な!!」
マックが驚いているうちに魔物は彼女のか細い腕にかぶりつく。その瞬間だけ彼女は小さく顔をゆがめたが、すぐに黒い魔物を捕まえると、魔物の体の形が変わるほど力を込める。
黒い魔物はたまらず悲鳴のような奇声を上げるが、その拍子に彼女の腕から離れ、そのまま彼女に地面へと叩きつけられた。地面にたたきつけられた魔物は、ぴくぴくと小さく痙攣していたが、やがて霧がはれるように魔物の体も消える。
「あの、大丈夫ですか?」
マックは噛まれた彼女を心配して声をかけた。
彼女は突然声をかけられたからか、少し驚いたような顔を見せるが自分の腕を少しだけみると、こくりと小さくうなずく。
「…………今のって……魔物、ですよね」
「そうだな。……あれは文字喰い虫という低級の魔物だ。書物の文字を喰い荒し力を付ける。……何か心当たりがあったんじゃないか?」
初めて口を開いた彼女の声は美しい透き通ったそれでいて威厳のあるもので、マックはしばらく聞き惚れていたが、彼女の言葉にふと、あることを思い出す。
「そう言えば……確かに医療所に落丁本が多かったような…………いや、確か一番最初に書いた覚えのない子供の落書きの様なものも……」
机の上に乗っている医療所を急いで確認する、空白だったページがなくなりしっかりと文字が書かれている。
「そう言えば…………あの続きは!!」
マックは途中から文字が消えていた仮死状態のページを見直す。
「なになに……蜂蜜に水を加え、薄めたものを飲ませる。…………ってこれだけ!?」
そんなぁ……じゃああんなに頑張ったのに意味なしってことぉ……と泣きごとを言うマックを無言で見つめていた彼女は、ふと、自分の所持品が無くなっていることに気がつく。
「…………おい、私が倒れていた近くに黒い犬は見なかったか?」
「いえ、特には。……あの、紅茶でも飲みますか?」
彼女は納得のいかない表情を浮かべていたが、マックの強い勧めで小さい木椅子に腰かけた。
マックは紅茶を入れながら木椅子に腰かけたばかりの彼女へと口を開く。
「そういえば、どうして倒れていたんですか? もしかして、トリヲトシ草を食べた後にかなりの量の水飲みませんでしたか?」
出された紅茶を口に運びかけていた彼女はマックの言葉に目を丸くする。
「医者というのは……そんなことまで分かるのか?」
医者という言葉に苦笑いして頭をかくマック。なんだか妙に恥ずかしい。
「まあ、医者と行っても、大したことはしてないんですけどね。薬を町の人に売る毎日ですよ。」
「薬……か」
紅茶を口に運び、何やら思案する彼女。しばらくして小さな笑みを浮かべるとマックに視線を戻す。
「少しばかり、買い物をしたいのだが……見繕ってはもらえないだろうか?」
「え? ええ……それはいいのですが、どのようなものが?」
「そうだな、できれば傷薬に、解毒剤などが欲しい。あとは…………」
「?」
何やら意味深に笑う彼女に首をかしげるマック。
***
「相手を自分の思い通りにする薬……ってそんなもん何に使うんですか」
「あれば便利だろう。それとも……無いのか?」
半分呆れながら自分の傍らを歩く少女にマックは尋ねる。すると、彼女は髪と服の色とおそろいの漆黒の瞳をマックに向けた。その瞳には期待外れ……という感情がありありとみて取れ、マックは慌てて彼女の言葉を否定する。
「まさか!!ありますよ。相手を思い通りにする薬ですね、たしか魔女の涙という相手の神経をマヒさせる薬があります!!」
「そうか……では、それをいくつかもらおう。」
彼女の視線から解放されてホッと胸をなでおろしたマックは、とりあえず、店に並べていた傷薬と解毒剤、それと何の目的で使用するのかわからない相手を思い通りにする薬、魔女の涙。それを一つの袋にまとめて入れると彼女へと手渡す。
「ふむ……ほら、金貨だ」
彼女は薬を確認すると、一枚の金貨を彼へと手渡す。マックは一瞬ぽかんとするが金貨をじっと見つめる。金貨と言えば、宮廷医師の家系の彼でさえ大昔に一度見たか見ないかの代物だ。薬と治療の代金を合わせた値段でも金貨1枚のほとんどがおつりになる。
じっと金貨を見つめていたマックに彼女は何やら気まずそうに彼へと口を開いた。
「……今は持ち合わせがそれしか無くてな。それで足りるだろうか?」
「…え?………………あ、全然多いくらいですよ!!!こんなに頂けませんよ!!」
呆けていたマックはとっさに答えられずにどもった答えになってしまうが、きっぱりと
こんな大金はもらえないと答え、掌の金貨を彼女へ返そうとする。
「いや……いいんだ。世話になったようだしな。そのぶんも含めてだ」
苦笑いする彼女の顔を見て、マックはまたも顔に熱が集まるのを感じた。やはり恥ずかしい。仮死状態の時は何でもなかったのに…………
興奮やら羞恥やら様々な思いにボケッとしているマックの頭に彼女の声が届いた。
「それでは、私はこれで失礼する」
「え?あ、あの!!」
マックの意識がはっきりした時にはちょうど、彼女が店を後にした直後であった。
何かに突き動かされるようにマックは店のドアを開けて、外に飛び出した。
すでに暗くなった細道を一人で歩く彼女の後姿が見える。
「あ!あの!!」
マックは彼女へと声をかけた。その声にくるりと振り返ってマックに視線を向ける彼女。
マックは一番初めに彼女と視線を交わした時と同じ感覚にとらわれた。
……何してんだ俺は!?……
なかなか話さない自分に怪訝そうな表情をしている彼女の姿が見える。
「あ……あの、どうぞまたいらしてください」
くせのせいか、マックの口からは買い物を済ませたお客にいつも言っている言葉が自然に出てくる。
「機会があれば……また来る」
それだけ言うと彼女は踵を返して歩きはじめた。
しばらくして、彼女が暗闇に溶けていくようにして見えなくなった時、ふとマックは気がつく。
「………………そういえば…………名前聞いてなかった」
びみょーなオチです。
はい……すみません。