第十六話 二人の愛のために
「ぐふふふふっ」
とびきり下品な笑い方をするものが一人。いや…………一匹。
言わなくても分かるだろうが、クロである。
「いやあ、まさか俺にこんな才能があったとは。この姿も捨てたもんじゃないな……」
彼はいま非常に気分が良い。ことの始まりは何気ない村人の気まぐれからであった。
どこにでもいるだろう、やたらにその辺にいる野良の動物に餌をやるものが…………
「おう、わんこ…………どうした元気がないな。腹減ってんのか?コレ食うかい?」
まあこんな調子で、最初は特に意識していたわけではないのだが、だんだんとクロの方も味をしめてきた。かわいらしく尻尾を振ってお座りをすれば、気の良い村人はすぐに食べ物をくれるわけだ。愛想を振りまくだけでただ飯にあり付けるとは、願ってもないことである。
「あいつから奪った金もあるし、生活に困ることはないだろう…………ま、しばらくはただ飯にありつかせてもらうとして…………どうするかな…………」
クロは、漁師からもらった魚を口にくわえながら今後の予定を考える。ちなみに奪った金とは、魔王の所有していた金のことである。
「とりあえず…………あそこの肉屋の肉にありつかせてもらうとするか…………」
良いにおいを漂わせる肉屋が目に入り、クロは肉屋の焼く分厚いステーキを目標に肉屋に向かって駆け出す。
しかし、そんなときに嫌な声がクロの耳に入った。
「スライム、あいつを捕まえるんだ!!」
***
そんな声が聞こえたか、聞こえないかのうちにクロは悲鳴を上げることもできずに裏道へ引きずり込まれた。
「おい!!魔王はどうした!?一緒じゃないのか?」
逃げ道をふさがれどうしようもなくなったクロにエルフィーナはもっともな疑問を投げかける。
「ん~…………なんか死んだっぽいから医者っぽいとこの前に捨てておいたよ」
てへっと可愛く尻尾を振りながら答えたクロにエルフィーナは暖かいスープに氷を入れながら飲む変わり者を見るような目でクロを見つめる。
「もう一度聞く。魔王はどうした?」
エルフィーナは短剣を抜きながらクロに先ほどと同じ質問をする。
クロはその様子に目を細めると魔物特有の凄みのある声でエルフィーナに口を開いた。
「この先にある医者の家の前に置いてきた。そのあとは知らん」
「なっ…………どうしてだ!?お前は魔王の家臣なのだろう? 主人を放っておいていいのか!!」
「もはや主人ではない。ただの屍だ。医者に連れて行ってやったのも生きているときに命じられたから仕方なく運んでやっただけだ」
「な、なんだそれは…………」
エルフィーナが小さくつぶやく。
クロはめんどくさそうに、あくびをするとその場を後にするために立ち上がる。
まだ肉屋のステーキは残っているだろうか。
「おや?皆さんお揃いで…………どうされました?」
すると突然、クロが向かおうとしていた表通りの肉屋のある道の方から歩いてきた、長身の男がなれなれしく話しかけてくる。
男はクロ達の表情から何かを感じ取ったのか苦笑いしながら軽い口調で話しだした。
「ワタシですよ。レイフォンドですよ」
いや、…………名前言われても分かんないです。
クロは男から距離をとりたくなったので、一歩下がった。
***
「分かるわけないか…………はぁ」
紅茶を口に運びながら古ぼけた本を見ているのは宮廷医師の血を継ぐ若き医者、ウェーブス・マックその人だ。薬や医療に関する知識は申し分ないのだが、残念なことに血液がダメなので手術ができず、ダメ医者の烙印を押された町の薬屋さんである。
「そもそも仮死状態になる例なんてそうないし、あるって言っても絶対違うだろうしなぁ…………」
マックは紅茶を飲み干すと、仮死状態になった病人の数少ない例にもう一度よく目を通した。まあ、笑ってしまうような話ばかりで、だいぶ胡散臭い話である。
宮廷医療入門書 12章 特殊な症状の例3 仮死状態 頁35 より。
『仮死状態とは一見死んでいるように見えても、数日後に息を吹き返したり、治療の末に助かると言うような症状のこと。とある男性の死体を火葬にしたところ、仮死状態から目覚めた男が、悶え苦しみながら焼け死んだという話があるように、厄介極まりない。ほとんど見られないことではあるが、以前にあった仮死状態の例をここで紹介したいと思う。
アクマバチと呼ばれる毒虫に、刺された男が10日後に自然に眠りから覚めたと言われる話があるように、自然回復タイプと、ホロホロ鶏についていた寄生虫を摂取したことで昏睡状態に陥った女性が、医者の処方した薬によって目覚めると言う、介入回復タイプの大きく分けて二つに分かれる。
自然回復タイプについては、魔物もしくはそれに通じる者の影響の被害者も多く、ある歴史書に、北に住む魔女に魂を奪われた男が、仮死状態の症状を起こしたことが記される。これは、医療的にどのような手を施しても目を覚まさなかったが、勇者によって魔女が退治されると男の意識は戻ったと言われており、魔物に関する研究が進んでいない現段階では、このような症状の治療法は不明である。
仮に自然回復タイプの仮死状態である患者だと分かったのならば、数日は様子を見ることが重要である。
より医療で重要になるのは、介入回復タイプの方であろう。
ホロホロ鶏に寄生する寄生虫は人の臓の働きを弱め、脈も取れなくなるほど心の臓の働きは弱まる。しかし、犬の血と蛙の腸を混濁させた液を飲ませると、虫下しの役割を果たす。これでも治らないときは、胃を切り開く大がかりな手術が必要とし、直接寄生虫を取り出さねばならない。
他には、トリヲトシ草を誤って食べた場合に、間違った治療として多量の水を摂取させた時に仮死状態に陥り、これは蜂蜜に』
あれ?
マックは目をこすった。
だが、その続きからは空白で何も書いていない。
蜂蜜に…………なんなのだろう。とてつもなく気になる。
「っていうか…………いい加減な本だな。落丁本多くないか?」
マックは溜息を吐くと、彼女の様子を見る。
死んでいるようにしか見えない。魔物だか何だかの関連の仮死状態なら治療は無理だし、犬の血、蛙の腸なんていうグロテスクなものはどうやったら手に入るかわからないし、手術も当然却下。後は蜂蜜に…………の方法が気になるが途中から書いてないので無理。結局仮に仮死状態でも助けるのは無理。ということで役人に知らせに行くのが良いなあと自己完結するマック。
だがしかし…………と、マックは今度は仮に彼女を助けだせた時の場合を頭に浮かべてみる。
マックの治療によってうっすらと目を開ける彼女。
「こ…………ここは?」
状況の飲み込めない彼女はきょろきょろとあたりを困惑した顔で見回す。
そこで、一人のナイスガイが目に入り戸惑う彼女。ナイスガイは微笑んで彼女へと口を開く。
「心配いりません。お嬢さん。貴方は少しの間夢を見ていただけなのです。」
「まあ、彼方のお名前は?」
「ウェーブス・マックというしがない町医者ですよ」
「ウェーブスさん。本当に…………ありがとうございます」
「いいえ、お嬢さん。 マックとお呼びください」
「ああ!!マック!!あなたが好きよ!!結婚しましょう!!」
ふわわわわん、そんな効果音がつきそうな感じでマックは現実世界に戻ってくる。
ちなみに、彼はまだ独身である。今はまだ血気盛んな若者にぎりぎり属しているが、今後、花を咲かせられるのかいまいち自信がない。
「とりあえず蜂蜜にうちの薬を全部混ぜて飲ませれば何とかなるかもしれないな。」
マックは将来の花嫁を助けるためだと、一人で息まき準備に取り掛かった。
***
マックの薬屋に取り揃えてある薬は全部で100をも超える。
高級な薬や珍しい薬はないのだが、扱っている種類の数ならリチュレ一の薬屋である。……と自負している。
マックは鼻歌を歌いながら店にある薬を手当たり次第に集めた。
これでもか、というほど薬を持ってくるとマックは慎重に薬どうしを混ぜ合わせ始める。
しばらくして、マックはやっと薬を全部混ぜ合わせるのに成功し、ほっと息をついた。
それぞれの薬の効果を消すことなく混ぜると言うのは、かなり高度な技である。宮廷医師もできるか分かったものではない。
「できた、できた…………後は蜂蜜と一緒に…………」
彼特製の薬と、蜂蜜を混ぜるとそれを小さなスプーンで彼女の口に入れる。
「ん~意識がないのにこのままだときついか。水かなんかで飲ませられないかな…………」
マックは辺りを見回すが残念ながら水など汲み置きしているわけもなく、仕方なく彼はコップに水を注ぎに行った。
しばらくして、なんなく戻ってきたマックは、残った薬と蜂蜜を水と一緒に少しずつ飲ませ、とうとう全ての薬を彼女にのませることに成功する。飲ませ始めてからだいぶ時間がかかったため、かなりあたりは暗くなっている。
「いや~、終わった終わった。これで目が覚めてくれると良いんだけどなあ……」
彼は、部屋に明かりをともし、この数日間共に過ごした医療書達を何とはなしに開いた。と、同時に視界に飛び込んでくるのは白紙のページ。
「あれ?確かこれは落丁本じゃなかったはずだけど。あれ?あれれ…………?」
ぺらぺらとめくってみるとすべてが白紙になっている。おかしい。疲れすぎてとうとう頭までおかしくなったのかと思い、目をこすってもう一度よく見てみる。やっぱり白紙だ。
マックはもう一冊、積み重ねられた医療書を手に取って開いてみる。
刹那、何かがマックの頬をかすめて跳び出てくるのが分かった。
「!!なんだ!?」
何かが飛んで行った方へ目を向けると一番最初に医療書を開いた時に書いてあった落書きにそっくりのぐじゅぐじゅとした子供の落書きの様なものが宙に浮いている。
しばらく浮かんでいたその黒い丸は、するりとほつれるように細い線へと形が変わった。
マックはそれを見ただけで恐怖で体が動かなくなる。体に力が入らない。
「ま…………魔物!!!」
マックが泣きそうになりながらそう呟くと、細い線の様になっていた何かは突然、口の様なものを開けるとマックに襲いかかってきた。
「ううわああああ!!!」
必死で逃げようと、動かない体を無理に動かしたせいかマックは尻もちをついて倒れてしまった。もう目の前に何かは迫っている。マックはギュッと目を閉じた。
***
どれくらい経っただろうか。
気絶してしまっていたのか、マックはいつの間にか横になっている体を起こした。
体を起してみると、なぜか毛布がかけられており、ベットに寝ていたことが分かる。
夢でも見ていたのだろうか?マックはきょろきょろとあたりを見渡す。こぎれいに重ねられた医療書や出しっぱなしの薬は特にいつもと変わらない。
しかし、ふと顔を上げてマックは息をのんだ。
「あ、あの…………」
マックは壁に寄りかかっていた一人の女性に声をかけた。
声をかけてから、そんなつもりはなかったのにと心の中で焦るが、彼女と視線が合ってマックは息をのんだ。
自分に向けられた漆黒の瞳にマックは吸いこまれるように魅入ってしまった。
投稿が遅くなってしまいまして、こんな素人文でも見てくださっている方には大変申し訳ないです。すみません。
最近風邪っぽいなあと思っていましたところ、ほんとに風邪になってしまいました。(今流行りのマイコプラズマなんだとか……名前が怖)
しか~し!!マイコなんとかを現代医療の力で治しましたので、今後は早く更新できる…………筈です。……これからも宜しくお願いしますね(苦笑)