第十三話 トリヲトシ草
しばらくして、半ば強制的に食料調達に出かけたクロは、彼の主である彼女も驚かせるほど食材を集めてきた。スライムは自分の体に水をためてきたのか数倍の大きさに膨れ上がり、その巨体を揺らしながら戻ってきた。
クロやスライムが戻ってきた頃には、ガイコツの熾した火もバチバチと勢いよく燃えはじめていた。
そう…………ここまでは何の問題もなかったのだ。いや、…………むしろ、かなり良かった。
が、この後思わぬ問題が起こった。
「…………これは、何だ?」
エルフィーナの作った料理を見ていつもはどんなことがあっても大抵は無表情の彼女が珍しく引き攣った顔で尋ねる。
「ん?何って、鶏の丸焼きを作ってみたんだけど…………」
エルフィーナは自分のつくってきた料理を彼女の前に置くと、料理を作った際に使った道具類の後片付けをするためにその場を離れる。
彼女は、その隙を見て自分の脇に座っているクロへと口を開いた。
「ちょっと味見をしてみろ。」
「嫌だね。それに食べる係りなんだろ?自分で決めたことぐらい、もちろん魔王ならやるんだよなあ?」
「………………」
クロは昼間の仕返しのつもりなのか彼女の言葉を即拒絶すると、痛いところを突いてくる。彼女はそれに対して黙り込むが、いつまでもこうしてはいられない。
無言のままこの料理の対処を考える。しかし特にいい案も思い付かず、そうこうしているうちにエルフィーナが戻ってきてしまった。
「エルフィ…………私は……」
彼女がエルフィーナへと食事をとらないことを伝えようとするが、クロが突然声をあげて彼女の言葉をさえぎる。
「あー、こいつがこの料理あまりにもおいしそうだから一人で食べたいとかわがまま言いだしやがった。まあ俺はさっき狩りしてるときに少し食べたからあんまり腹減っていないんだが……お前はどうするんだ?」
とんでもない嘘である。しかしエルフはその言葉を信じたのか苦笑して彼女へと視線を向けた。突然のクロのあまりにも大それた嘘に彼女は呆気にとられてしまって口をはさめない。
「私はあまり空腹というわけではないんだ。だから構わないよ。でもガイコツやそこのスライムはどうするんだ?」
「ワタシには食事の摂取が必要ありません。 ですからお気になさらず」
ガイコツに続くようにスライムも必要ないと言いたいのか横に体を揺らす。
完全に彼女一人が食さねばならない状況に陥った。…………かなりマズイ。
エルフィーナ曰く鶏の丸焼きなのだそうな、その料理は、確かに頑張れば鶏に見えなくもないといったような見た目で、上には何からできているのか想像もできないどろりとしたタレの様なものがかかっている。非常に食べたくない…………
しかし、彼女は図書館で呼んだある思想家の下らない、そして今の状況にはぴったりの言葉を思い出す。
『料理の不味は所詮、口の中だけでのこと、多少我慢していれば自分のために料理を作った人を傷つけることもない。対人関係もそうである。他人との関係を良好にしたいなら多少の我慢が必要だ。』
つまり…………魔王としての面子を保つためにも一度言ったことはやらなければならない。彼女は覚悟を決めると、鶏の丸焼きの様な何かを恐る恐る口へと運んだ。
「………………………………」
まあ結果から言おう。
そんなに悪くなかった。
そう、意外なことにあの見た目グロテスクな、奇怪な、気色の悪い、見たことのない料理の味は彼女にとってそんなに悪くなかったのである。
クロは唖然とした様子で、平然と料理を食べ進めていく彼女を眺めていた。
「ふむ…………見た目はあれだったが、味はなかなかだったぞエルフィ。」
料理を食べ終えて彼女は素直にエルフィーナへと料理の感想を伝える。
「そうか、気にいってもらえてよかったよ」
くつろぐ彼女にクロが本当においしかったのか?と疑問の視線を投げかけて来たので彼女も視線でそれなりにと返しておいた。クロはいまだに納得がいかないのか何か考えるようにその場を行ったり来たりしている。
しばらくその様子を眺めていた彼女であったが満腹になったせいか急に睡魔がやってきて彼女の意識は闇に沈んだ。
***
朝。あまりの寒さに彼女は目を覚ました。
森の中というのはこんなにも冷えるのか、と彼女は眠たい眼をこすって辺りを確認する。すると近くでだらしなく眠りこけている自分の臣下が目に映ったので彼女はその臣下を自分の方に引き寄せた。
「んん……?何してんだ?暑苦しいぞ?」
それによって眠りから覚めたクロは自分と身を寄せている彼女に口を開いた。
「私には毛皮がないから寒いのだ。」
彼女の言葉にクロは首を傾げるが、まあ大したことでも無いのでそのまままた眼を閉じる。
しばらくしてクロが2度寝から目が覚めて、エルフィーも起きた。
しかし彼女は未だに体を丸めて寝ている。クロはいつまでも寝ている彼女に溜息を吐く。
「いつまで寝ているつもりだ!!早く起きろ。」
「…………黙れ…………寒い、眠い、だるい…………」
彼女はクロの言葉をうるさいと言わんばかりに更に体を丸めるとクロ達とは反対側の方へ体を転がして背を向ける。
しかしクロは彼女へと近づくと眠る彼女の耳元で起きろと何回も怒鳴りつける。
最初は無視を決め込んでいた彼女だったが数十回くらい後にようやくだるそうに体を起こして、クロを睨みつける。
「まあまあ、で……どのルートでリチュレに行くんだ?」
険悪なムードの彼女とクロをエルフィーナはなだめると今後の予定をどうするのか尋ねる。それに答えたのはいつの間にやら現れたガイコツであった。
「このまま直進するのが最短のルートですが少々荒れた道のりですから右に回って行くといいんじゃないですかね?左は森がありますから魔物がいそうですし。いかがいたしましょう魔王様……」
「ん?……最短ルートだ。」
彼女はガイコツの質問に即答。このまま直進でリチュレに向かうことになった。
もちろん彼女はクロに乗ってである。
「…暑い」
ふらふらと歩くクロの上で彼女はぽつりとつぶやく。
「俺はもっと暑い。もう無理…………」
「そうではない。なんだか体が熱っぽいのだ。それになんだか苦しい」
「俺は今お前を背負ってて体が暑くて熱っぽいし、苦しい!!」
噛み合っていない二人の会話。エルフィーナは呆れてその様子を見ていたが、ふとガイコツが疑問を口にする。
「おかしいですねえ。朝は寒いと言ったり今は暑いと言ったり…………今日は朝から涼しい過ごしやすい日だと思うのですが…………」
「確かに、風邪気味なんじゃないのか?」
しばらく彼女はクロとかみ合わない会話をしていたが、クロに止まるように言うとクロから降りてスライムの方へ体を向ける。
「水玉、水を少しくれないか? 私の手にそそいでくれ」
彼女は両手でお椀を作るとスライムへと差し出した。スライムはふわふわと揺れながら彼女の方へと近づくと体いっぱいに含んだ水を染み出させた。その水が彼女の手の碗にそそがれて水でいっぱいになると、彼女は水がこぼれおちないうちに口へと水を運ぶために体を屈めた。
が、突如その場で前のめりになって倒れてしまった。
「だ、だいじょぶか!?」
まさかの事態に慌てて彼女の様子をうかがうクロ達。
苦しそうに顔をゆがめている彼女の様子を見てガイコツは自分の推測が確信へと変わったことを理解する。
「まずいですねえ…………これは風邪ではありませんよ。何かの毒にあたったんでしょう。ほっとくと死にますよ。」
「なんだと!!いつ毒になんて当たったんだ!?…………」
ガイコツの言葉に声を荒げるクロであったが心当たりがあるのかエルフィーナを睨みつける。
「エルフの小娘…………貴様、あの料理に毒をもったりしてないだろうな?」
「ば……馬鹿を言うな!!あの料理には何も入ってないぞ!!」
「だがあの料理以外に毒にあたる機会がない!!昨日の夜、俺は見張りをしていたが毒ムシにかまれたわけでも、魔物に襲われたわけでもないぞ!!あの料理を食べてからおかしくなったのだ!!」
「まあまあ…………落ち着きなさい。彼女の料理を作るところを見ていましたが特におかしな行為をしているようには見えませんでした。毒をもったのではなく使った料理に毒を持った材料が含まれていたのでしょう。」
落ち着いた様子で淡々と語るガイコツにクロはいくらか冷静になったのか、エルフィーナに何の食材を使ったのかと聞く。
「昨日の料理に使ったのは、あの鶏と私の持っていた調味料ぐらいだよ。」
彼女はそういいながら自分の持ち物入れから調味料の入った小さな瓶をクロ達へと見せる。
「こちらの調味料はどこで作られたものでしょうか?」
ガイコツは小さな小鬢に入った粉状の調味料を見つめる。
「これは私の住むエルフの里で作られたものなんだ。道化野草とかエルフ草とかの粉を混ぜてあるんだ」
エルフィーナの言葉にガイコツは、なるほど、なるほどと、うなずくとやっと原因が分かったと大きく溜息を吐く。
「原因が分かったってどういうことだ!?」
「何が原因だったんだ!?やはり私の料理だったのか?」
「まずは落ち着きなさい、ゆっくり話も出来ないじゃないですか。いいですか、エルフはあまり人間と食事をとらないですし、もし一緒に取るとしてもほとんどが人間によってつくられた料理を食べるのでエルフの方は知らないでしょうが、エルフ草とはトリヲトシ草のエルフの呼び名なんですよ」
「トリヲトシ草?」
エルフィーナは聞きなれない言葉なのか、ガイコツの言葉を復唱する。
クロも聞いたことがないのか怪訝そうな顔をしている。
「エルフのあなたが知らないのは無理もありません。トリヲトシ草とはエルフ草の人間の呼び名ですから。まあ、そこの獣が知らないのはいささか恥ずかしいですがね。やはり獣は無知なんですねえ」
「なんだと!!!」
「そんなことより、そのトリヲトシ草とエルフ草の名前の違いが今回のことにどう関係しているんだ?」
「そんなことって言うな!!!!」
「獣は黙っていなさいな。簡単に言うとですね、トリヲトシ草は毒草なんですよ」
騒ぐクロを軽くあしらいながらの言葉にクロは気にいらない様子でふてくされるが、エルフィーナはそんなはずはないとガイコツに喰ってかかる。
「私はこの調味料を使っても毒になど当たったことはない!!」
「ほんとにあなたは…………感情的ですねえ。エルフはトリヲトシ草に対して免疫を持っているんですよ。しかし、魔物や人間などには免疫はありません。ですから魔王様は毒にあたったのでございましょう。まあ、魔物には免疫はありませんがトリヲトシ草程度の毒ならばへでも無いんですがねえ…………魔王様は繊細ですから……」
「ど、どうすればいいんだ?」
「知りませんよ。早く医者にでも見せるべきでしょう。ああ、後はエルフの血を飲んでからトリヲトシ草を食べれば良いなんて言われてますけど、今回はすでにトリヲトシ草を食べてしまっていますからねえ……まあ効くかは分かりませんねえ」
昨日の夜に食べたものだ。毒はだいぶ体に回っている筈である。
非常に良くない状況だ。そんなときにクロが単純な疑問をガイコツに投げかける。
「おい骨、トリヲトシ草の毒はどの程度のものなんだ?」
「まあ、基本的にはめまい、吐き気、後は体が寒く感じてだるいとかですね。症状が悪化すると、熱が出て、意識がもうろうとしたり幻覚が見えたりひどい心臓の痛みが襲ってきます。魔王様が我慢なさるものですからすっかりワタシも唯の風邪だと思ってしまいましたよ」
「我慢?かなり言いたい放題だった気がするが!?」
彼女の態度を思い出したようでクロは顔を歪めるがガイコツはかぶりを振った。
「トリヲトシ草の症状はそんなに軽いものじゃないですよ。とある人間の男は嘔吐を繰り返した挙句、痛みから胸をかきむしって、最後には発狂して死んだとあります。またドワーフ族の例では幻覚症状があらわれて最後には全身に毒がまわって死んだとかですねえ、結構えげつない死に方をするんですよ。魔王様の症状をみるかぎりかなり悪化していると思います。先ほどまで平然としていたのが嘘のようですよ……」
クロはガイコツの言葉に舌打ちすると彼女へと視線を向ける。
顔を歪ませながら耐えている彼女の様子からはまさか発狂死するほどの毒に侵されているとは思えない。
「とりあえずどうすればいいんだ?」
「そうですねえ…………望みは薄いですがとりあず、多量の水で胃を洗浄してエルフの血でも飲ませますか?いかがでしょうエルフィーナ氏」
「私の血が役に立つのならば喜んで協力しよう」
「じゃあ早速始めるか、おいスライム!!」
クロは彼女のそばにいるスライムへと声をかけた。
少し間が空いてしまいました。(なにしてたのって話ですね)
そしていつものように内容が無いよう。