第十一話 崖の下のプニョプニョ……
《前回までのあらすじ》
なにやら怪しげな者から逃げていた魔王御一行。
金に物を言わせて馬車を使ったのは良かったのだが、思わぬ事故で崖の下へと真っ逆さまに落ちてしまった…………
彼女は痛む頭を押さえながらゆっくりと体を起こす。
辺りを見回すとひどい有様だ。そこでふと自分の下敷きになっている物を見下ろす。
「大丈夫か? クロ」
「大丈夫に見えるか?……」
震えながら静かに怒りを表すクロ。
彼女はそんなクロにはお構いなしでゆっくりと立ち上がると原形をとどめていない馬車へと近づいて行く。
「死んでいるようだな…………」
彼女は瓦礫の下を確認すると無表情につぶやく。
そんな彼女にどこにいたのかガイコツがひょいと現れて彼女へと口を開いた。
「魔王様…………エルフ族の娘はどうやら息があるようですよ?いかがいたしましょう。」
ガイコツの言葉に少し驚いた様子の彼女だったが、笑みを浮かべるとガイコツの言うエルフの元へと向かった。
***
エルフの女性は何かに呼ばれるような声で目を覚ました。
目を開けるとそこには自分の追っていた女性がこちらを覗きこんできている。
思わずエルフの女性は悲鳴を上げてしまった。
「ぎゃあっ!!!」
彼女は飛び起きたエルフの女性の反応に対し眉間に皺を寄せると、不愉快そうにエルフの女性に口を開いた。
「人の顔を見て悲鳴を上げるとは失礼な奴だな…………」
エルフの女性は大きくため息を吐くと彼女へと詰め寄る。
「一体どうしてくれるんだ!!このままだとここで死んでしまうぞ!!!」
「ふん、ここで野たれ死ぬ気は無いから安心しろ。…………それより私達に一体何の用だ……マルクはどうした?」
詰め寄るエルフを押し返して自分から遠ざけると、彼女はエルフに用件を聞く。
「よ、用という程のことでもないのだが…………あの少年から話は聞いた。君は彼を奴隷商から救ってくれていたんだね。どうやら私の勘違いだったようだ…………すまない。あの少年はあの後私の知り合いがエルフの里へと連れて行ったよ。」
「ほう、何が勘違いなのかはよくわからんが……まさかそれを伝えるためだけにここまで付いてきたわけではあるまいな?」
彼女の鋭い瞳にエルフの女性は息をのむが、恐る恐るといった様子で口を開く。
「その…………魔王がどうとか言っていたようだが何か魔王について知っているのか?君は魔物を使役しているしその方面に詳しそうに見えるが……」
何やら気まずそうに話すエルフに彼女は無表情のまま自分が魔王だと伝えようとするが寸での所で、クロに止められる。
「いやいや…………こいつは別にそっち方面には全然詳しくないんだ……なっ、ガイコツ!!」
クロは必死に彼女の正体を隠そうとガイコツに話を振るがガイコツは大きくあくびをするとあっさりとエルフに真相を伝えてしまった。
「そこにいる彼女が魔王様ですよ。ワタシ達は魔王様に仕える臣下でございましてね、一体魔王様の何が知りたいのですか?」
ガイコツの答えにクロとエルフはあんぐりと口を開けて呆ける。
が、エルフはすぐにそんなわけがないと騒ぎ始める。
「ま……魔王というのは、こんなに弱そうなのか!?…………そんな馬鹿なことがある筈がない!!」
「まあ、落ち着きなさい……一体あなたは魔王様に何かする予定だったのですか?貴方の意図が見えないとこちら側も答えようがないのですが……」
混乱しすぎて、何が何だか状態のエルフにガイコツは論すると、少し落ち着いたのかエルフは、先程の様に気まずそうな様子でもじもじする。
なかなか話しだす気配がないエルフにイライラしたのかクロは「早くしゃべらんか!!」と怒鳴るとエルフはぼそぼそと話しだす。
「…………私が生まれるずっと前、大昔の話だ……ある魔王の命令で魔物達がエルフの国を襲った。大群の魔物に勝てるわけもなくその土地を逃げ出したエルフたちは人間の住む国に逃げて行ったらしい。しかし人間共はエルフを奴隷のように扱って、弱って役に立たなくなったエルフは自分達の娯楽のために殺していたんだ。
…………数十年前の話になるが、私の父と母も人間の奴隷にされたんだ。私は人間達に見つからないうちに父と母が知り合いのエルフに預けてくれたおかげでエルフの隠れ里で暮らすことができたんだが、数年前に里に父と母が死んだと伝えられてな…………どうしても人間と……こんな原因を作った魔王に復讐がしたいんだ………………って聞いているのか!!」
エルフが淡々と自分の過去と胸の内を打ち明け彼女達の方を見ると、魔王は何やら遠くの方を見つめており、犬は寝息を立て、ガイコツは大きなあくびをしていた。
「おい!!人がせっかく…………」
エルフが羞恥と彼女達への怒りで顔を真っ赤にして抗議の声を上げようとするが、魔王であると言われた彼女は手を挙げてそれを制する。
「あれはなんだ?……」
彼女はそう呟くとずっと見つめていた方へと歩いて行く。
「お、おい!!」
彼女が歩いて行くのを、エルフの女性は付いて行く。
エルフの女性に続いて、目を覚ましたクロとめんどくさそうに一部始終を見ていたガイコツも彼女の向かった方へと進んでいく。
……………………………………
しばらくすると一点を穴があくほど見ている彼女の姿が目に映る。
彼女は、付いてきたエルフ達へと尋ねる。
「これはなんだ?……」
彼女が指差す先には水色のプニョプニョした物体が転がっている。
彼女はそれを手に取ろうとするが、寸での所でクロが水色の物体をくわえて遠くに放り投げた。
「…………いきなりなんてことをするんだ」
「馬鹿か!!あれはスライムと呼ばれる魔物だ。低級だが襲われたらお前ではひとたまりもないぞ!!」
クロは彼女を戒めるが、彼女はクロを見もせずに放り投げられたスライムの方へと進んで行ってしまった。クロ達は慌てて追いかけるが、彼女はスライムを拾い上げてしまう。
「おお!!」
珍しく彼女は驚きの声を上げ、手に乗せたスライムをつついている。
クロはその様子に溜息を吐くとそのスライムをどうするつもりなのか彼女に問う。
「全く……一体どういうつもりだ」
「別にどうするつもりもない。少し興味が湧いただけだ……それより随分と弱っているようだが……なぜだ?」
「ここら辺は水っ気がありませんから……確かここの先に小さい小川がありましたねえ。そこに放せば元気も出るでしょう、」
彼女はあまり動きのないスライムをつつきながら首をかしげる。
するとガイコツがその原因と解決方法を彼女へと提示した。それを聞いた彼女は小川にスライムを放す気満々のようだが、エルフは焦って彼女に口を開く。
「いいのか?元気になったら襲ってくるかもしれないんじゃ!?」
「その時はその時だ」
こともなげに言いきる彼女にエルフは何も言えなくなった。
***
少し歩くと、緩やかな流れの小川が現れる。
彼女は手に持っていたスライムを名残惜しそうに触るとしゃがんで川の方へと下ろす。
するとスライムは、先ほどよりも多少活発な動きで川の中へと入って行った。
「ふむ……一件落着だな」
しかし立ち上がろうとした時、彼女は川を挟んで数匹の魔物がこちらの様子をうかがっていることに気がつく。
粗悪な布を身にまとった二足歩行の魔物は、人間達からはゴブリンとか呼ばれる低級の魔物である。しかし、集団で来られると意外と厄介な相手で、経験のある兵士でも命を落とすことがある程だ。
ゴブリンを見たエルフは眉を吊り上げ、その目には憎しみの色がこもる。大方大昔の話を思い出してのことだろう。
持っていた短剣を取り出し今にもゴブリンに向かっていきそうな気配だ。
「落ち着け…………今は分が悪い……」
彼女はそんなエルフを軽くなだめるが、エルフから殺気は消えない。
彼女はエルフの目を見て説得を諦めたのか大きくため息を吐くとゴブリン達に目を向けた。ゴブリン達は5匹程…………矢じりの様なものを持ってじりじりとこちらに近づいてきている。
そんなゴブリン達にクロは唸り声をあげ、エルフとともにゴブリン達を迎え撃つ体勢をとる。
しばらくの間、にらみを聞かせるクロ達とじりじり近づいてくるゴブリン達の間で前哨戦が行われる。
しかし、じりじりと間を詰めていたゴブリン達が川に足を入れるか入れないかに差し掛かった時、不意に水面が波立ったと思うとゴブリン達が皆水の中に引きずり込まれた。
水は形を変えると巨大な球の様な形に変化しゴブリン達を体の中に閉じ込める。
巨大になっているが間違いなく先ほど逃がしたスライムだろう。それにしても先程までとは比べ物にならないほど大きい…………大きすぎる。
しばらくもがいていたゴブリン達だったが、そのうちゴブリン達の体が溶け始め最終的に跡形もなく消え去ってしまった。
しばらく唖然と眺めていたエルフだったが殺気を向ける相手をスライムに変更して短剣でスライムに襲いかかろうとするが、彼女の制止を受ける。
「どうして止めるんだ!!襲ってくるぞ!!」
エルフは訳が分からず彼女に八つ当たり気味に怒鳴るが、彼女はそれを無視してスライムの方へと声をかける。
「こっちに来い、水玉」
その声で一気にスライムは見つけた時のサイズに戻ると彼女の方へ寄って来た。
彼女は足元まで寄ってきたスライムを拾い上げるとスライムを手の上でこねくり回す。
彼女はスライムを手でいじり回しながら、呆然とその様子を見ているエルフに声をかける。
「復讐する前に死んでしまっては元も子もないだろう…………お前は感情に流されやすい、少しは冷静に状況を見極められないとな。」
複数のゴブリンや液体的なスライムに短剣で立ち向かったところで返り討ちにあうだけだと暗に言われたエルフは感情だけで行動したことを恥ずかしそうに謝罪する。
「…………すまなかった。……しかし、どうしてそいつがお前に懐いてるってわかったんだ?」
エルフの問いに彼女は鼻で笑うと、簡単なことだと口を開く。
「そもそも、私達も襲うつもりだったのならゴブリンを襲ったときに一緒に襲ったはずだ。それに水玉からは私に対しての殺気を感じなかったからな。」
「殺気?…………そもそもそいつから殺気なんて出るのか?…………」
エルフのつぶやきにクロは溜息を吐きながら答える。
「こいつに常識は通じないんだ……」
クロの答えに彼女はピタリとスライムをこねくり回していた手を止め、ぎろりとクロを睨みつける。
「…………水玉…………あの黒い犬を喰ってしまえ……」
「ちょっと待て!?やめろ!!ぎゃああああああ」
彼女の言葉にスライムは素早く反応しクロへ襲いかかる。
そんなクロ達にガイコツも交わりぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。
クロが喰われそうになる様子を人の悪い笑みで眺めていた彼女だが、ふと何かを思い出したのか、呆れてクロ達を見ていたエルフに視線を向ける。
「そう言えば……お前の名前は何と言うのだ?」
あああ…………文才と面白いネタが欲しいものです。