脱力する女
若僧くん、改め各務くん。むこうが名乗ったわけじゃなく表札を確認しただけ。
歳はかなり若い。シュウちゃんと同じくらいだろうか。
男の部屋に入るなんて久しぶり過ぎて感慨深い。できれば胸キュンなシチュエーションが希望だったが酔っ払いが言えた身分じゃない。
とりあえず入れてもらえた玄関は意外と整理されている。靴なんかはキチンと並べられて恐らく普段使い以外は全て靴棚の中だろう。
そして玄関から見える室内も…キレイだ。性格が表れているならば私はコイツとは気が合わない。多少散らかっててこそ落ち着く我が家とは雲泥の差。
部屋に戻ったっきりの各務くんはこちらに顔を出すことすらしない。どうやら今日の寝床は本当にこの玄関のようだ。
こうなったら一番大事にしてそうな靴を枕がわりにして涎垂らしてやる。
そう思ってた矢先、ケイタイが鳴った。鞄の中で音はするが姿を見せないケイタイちゃんを探すために中身をポイポイと当たりに投げる。
ようやく姿現れた携帯ちゃん。着信はさっきまで癒しを与えてくれたシュウちゃん。
「もしもーし」
「ミキさん?お家ちゃんと着きましたか?」
そういえばタクシー乗る前にシュウちゃんから「家に着いたらちゃんと連絡してくださいね」と念を押されていた。
酔っ払って真夏の公園で夜を明かした事を笑って話してから心配性のシュウちゃんが私に義務付けた習慣だ。
「お家には目と鼻の先なんだけど強烈な運の悪さで阻まれたの」
「ミキさん、分かりやすく言ってもらえませんか?つまり家には着いてないってこと?」
いつも柔らかいシュウちゃんの声色が今はとても冷たく聞こえる。あー、怒られる。
「大丈夫。ちゃんと室内にはいるのよ?」
各務くんとやらの家だけど…
「怒らないからちゃんと言ってください」
痛くないからと言って注射針むけてくる医者ほど信じられないという心理。分かる?シュウちゃん。
「いや、だから」
言いかけてケイタイちゃんがピピピピとけたたましい音をだして臨終宣言。
助かった…
「おい、人ん家入ったら大人しくしてるんじゃなかったのかよ」
電池切れのケイタイを握り締めたまま顔を上げると家主の各務くん。
「っーか男いるんならソイツに助けてもらえよアホ女」
なんて気持ちのいい悪態つくのかしら。でもシュウちゃんは男じゃないの。可愛い男の子なの。
そう、こんなとき助けてくれる男なんてもっていないのよ。哀しいかな、アホ女と呼ばれたことに否定はできない。
仕事しか脳のない、女ではアホの部類。
仕事がなんだ。肩書がなんだ。何一つ救いになんてなりゃしないそれに縋るしかないアホで悪いか。
「なんとか言えよ…」
各務くんはそっと私の頬を拭った。
「ひでぇ顔」
ヤバイ、ついに体そのものに力が入らなくなった。各務くんの親指に水分。
ああ、あれは私から出た無力の表れだ。