迷惑な女
なんとかタクシーに乗った。マンションまで着いた。部屋の前まで来た。けど、部屋には入れない。
「な~んで鍵がないのよ」
月曜から酷使された足が限界を越えていた。早くパンプス脱がないと死ぬ。
でも目が回って動けない。
「くっそ!」
ガン!と蹴飛ばしたドアはだんまりしたまま。
あ、今右足死んだかも。
ズルズルと座り込みドアを睨みつけた。
「あ~ん、シュウちゃ~ん」
可愛い可愛いシュウちゃんはここにいない。誰も助けてくれない。
「うるさいよ、アンタ」
聞こえたのはシュウちゃんとは真逆のつっけんどんな低い声。
隣のドアが開いていてそこから若い男が顔を覗かせていた。
「さっさと部屋入れよ」
「入れないのよ。鍵がないの」
「じゃあホテルにでも行けよ」
「動けないのよ。足が痛くて」
「じゃあ静かにしてろよ」
可愛く言ってみたけど全然可愛くないし、しかもこんな若僧にこんなこと言われるなんて。
「アナタの部屋に入れてくれたら静かにするわ」
何言ってんだ、自分。でも、もうすぐ4月とはいえまだ夜は冷える。このままだと先に殉職した右足を追って本体まで死ぬる。
「何言ってんの、アンタ」
的確なツッコミありがとうございます。でもここで死ぬわけにはいかないのよ。
「アナタこそ、人が困ってんのに見捨てるの?」
「見知らぬ人間入れるわけないでしょ」
そう言われて私は鞄から名刺取り出して突き付けた。
「瑞穂商事営業部第三課課長、吉川美樹。身元は明らか!立派な会社員です」
名刺を受け取った若い男は呆れたように私を見た。
「だからと言って」
「恩は売っといて損はない!」
遮るように言うと、彼は近づいて私に手を差し延べて立つように促した。
死んだとおもった右足はまだ生きてたけど、つま先に痛みが走った。瀕死なのは確かだ。
「男の部屋入って、何されても文句言うなよ」
「君が?私を犯す?」
ぷーっとわざと声にだして笑った。冗談はやめてほしい。
「やれるもんならやってみなさいよ、若僧」
「それが助けられる人間の言うことかよ」
「フカフカのベッドで寝かせて下さいって言ってるわけじゃないの。マンションの管理人が来るまでの間、あと数時間部屋に入れて下さいって言ってるのよ」
「玄関に寝かすぞ」
「せめて暖かい場所にして」
「分かったから来いよ」
男は私の手を引くとドアの内側に入れてくれた。
いい歳こいて他人に迷惑かけるなんてと、酔っ払った頭の隅に微かに残ってた理性が反省してる。けど、この歳だからこそ厚かましくもなれるもんなのよ。