表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

癒しを求める女

シーンと静まり返ったオフィスで一人黙々とパソコンに向かう。

肩が痛い。目が乾く。

デスクの隅に置いた滅多に鳴ることのないケイタイはただの時計代わり。

「くっそ!終わんねー。」

口悪く一人呟いたとこで誰に責められるわけもない。

「あ~もうっ!休憩、休憩。」

もちろん独り言。女にしては低めの声がオフィスに響く。

オフィスを出て同じ階にある喫煙所へ向かう。1時間に一回はこのルートを往復している。

喫煙所ではいつも窓枠に腰掛ける習慣もついた。

都内に立地しているビルの7階から見える夜景はそれはもう綺麗のなんの。

こんな夜景を29歳になって仕事の残業で毎日眺めるようになるなんて、入社直後は思ってもみなかった。

なりたくてなったわけじゃない管理職に就いて早二年。残業三昧で帰社はいつも10時過ぎ。給料が増えた分失ったものも増えた。

その中でも大きすぎるくらい影響を与えたのは男の存在。

一年前まで付き合っていた男は、今思えばたいて好きだったわけではないけど、それでも一緒にいてそれなりに楽しかった…はず。

『ほんと可愛くないな、お前。昇進して自立した女きどってんの?どうせ結婚したら男に依存するしか能がないくせに』

「ふざけんなっ」

荒く吐いた悪態に灰皿に積もった灰が舞ってしまった。いかんいかん。

だが嫌でも思い出すたびに腹が立つ。

可愛いげのないまでに私の足を痛めつけるパンプスから限界を訴えるつま先を救おうと力任せに足を蹴ると、憎きパンプスは壁にぶつかり力無く落ちた。

「帰ろう…」

誰が待つわけでもないわが家に。


デスクに戻るとケイタイの着信を示すランプが点滅していた。相手はシュウちゃん。

心のオアシス『Bar Knight』のバーテンだ。しかもまだ22歳。若い。

「もしもし、シュウちゃん?」

「あっ、ミキさん?まだお仕事?」

「だったけどもう死んじゃう。帰るよ」

「じゃあ帰る前に店寄って。金曜なのに客少なくて」

「ちょっと、私に営業する気?」

「嘘です。ミキさんの顔が見たいから」

可愛いシュウちゃんにそう言われて断れるはずなかろうが。

「分かった。帰りに寄るね」

「やった。待ってます。お気をつけて」

そうと決まれば行動は早い。

散らかったデスクを片付けると一目散に会社を飛び出した。


会社から店までは徒歩10分ほど。可愛いげのないパンプスのせいでこの距離を歩くのも嫌になるけど、金曜はタクシーがつかまりにくいのでなんとか歩いた。

店のドアを開けると、お客は結構入ってる。若い子を中心に賑やかな店内を歩くと、カウンターにいたシュウちゃんが気づいてくれた。

「お帰りなさい、ミキさん。こちらどうぞ」

案内されたのはカウンターの席。シュウちゃんの正面のこの席に陣取ることはいつものこと。

「お疲れ。人結構入ってるじゃん。シュウちゃんの嘘つき」

ジロっとシュウちゃんを睨むと彼は嫌みのない笑顔を向けた。

「だから、ミキさんの顔を見たかったからって言ったじゃないですか」

小悪魔スマイル。私はそう呼んでいる。

「ほんと上手いんだから」

「本当のことですよ。生でいいですか?」

「うん。お願い。」

元ホストのシュウちゃんは可愛いビジュアルから同年代の若い子から人気が高い。

カウンターに座る女の子の大半はシュウちゃん狙いだ。オーナーの戦略はまんまと狙い通りってわけか。

「徳は?」

シュウちゃんが、生ビールをコースターの上に置いたタイミングで尋ねる。

「徳島さんは裏で仕事してます。」

ここのオーナー徳島は私の知り合い。というか、会社の同期だった。3年前に会社を辞め独立したのだ。

「とか言って、どうせ寝てるんでしょ」

「本業が忙しい時期なんですよ」

徳の本業は別にある。つまり、この店はあいつの趣味でやってるようなものだ。

立ち上げた会社がどれだけ上手くいってるか知らないけど、こっちの店もちゃんとやれ。

徳は前の会社でもトップだった。あいつがまだ会社にいれば先に管理職になったのはあいつの方だ。才能あるやつは何やらしても成功するんだね。

「あ、俺この店に来てちょうど一年目なんです。だからミキさんに感謝を込めて」

そう言ってシュウちゃんは私の前にケーキを出した。

そして呆気なく空いたグラスの変わりに白ワインを置いた。

「まさかこれ」

「高島屋で一番人気のケーキショップで買ったチーズケーキと、こっちの白ワインはドイツのアウスレーゼ92年ものです」

「すごい!!」

シュウちゃんが朝から並んで買ったと思うと、500円のタルトなんて三倍いや、五倍は値が付きそう…

アウスレーゼなんて最早いくらになるか想像つかない。

それだけホスト時代のシュウちゃんは人気があった。

「ありがとう」

おばちゃん感動して涙出そうよ。

「ありがとうは俺のセリフです。俺を救ってくれたのはミキさんだ」

シュウちゃんが真面目な顔して言うから柄にもなく顔が赤くなるではないか。

シュウちゃんと会ったのは彼がホスト時代、部下の女子社員率いてホストクラブに行った時のこと。

元々酔った勢いで入ってしまい、テンション高かった私はNo.1とやらを呼べと部下の前で大見栄きった。

そしてテーブルに着いたのがシュウちゃん。

酔った私は何をしたか覚えてなかったけど、後から後輩の松本に「ホステス説教するオヤジがいるのは知ってますけど、ホスト説教する女性は吉川先輩だけですよ」と諌められた。

「いや、救われたっていうけど私何も覚えてなくて」

「じゃあ俺だけの秘密にしておきます。あの時のミキさん、かっこよかったです」

いや、明らかにカッコ悪いだろ。恥ずかしい。

でも、ここで働くシュウちゃんは生き生きしている。やっぱり接客が好きなんだな、って思う。

「よし、終電は諦めた。タクシーコースと決めたらとことん飲むぞ!」

「お付き合いします。」


またも、そこから意識はぐだぐたになったのは言うまでもない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ