第七章 雨の中の刺客(2)
「クソ!ウイルスコードか!!」
天野は回転式の拳銃のトリガーを引くが、弾丸は出ない。拳銃の中の弾丸を制御する機能がウイルスコードに侵され、停止してしまったのだ。
「やはり機械に頼った俺が馬鹿だったか。ならコイツで仕留める」
回転式の拳銃を直し、取り出したのは先程の四五口径の拳銃だった。
その銃口を静かに彼はゼロに向ける。
「終わりだ化け物」
「そうは……させるかああああああああああああ!!」
すると数多は勢い良しにゼロに飛び掛かり、押し倒す。
勿論、弾丸は何かを貫くことなしに空を切って彼方へ飛んでいく。
「チッ!つくづく邪魔しやがって!」
銃口はゼロから数多へと矛先を変え、弾丸が二、三発と発射される。
数多はその弾丸を見極め、水浸しの地面を転がる。冷たいが、今はそれにかまっている暇はない。
目の前の敵を倒し、ゼロのウイルスコードをアンインストールしなければならない。
この身が果てても!
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
数多は決死の思いで立ち上がり、天野へと突っ込む。
「真っ向から勝負か!面白れぇ受けて立ってやるぜ!!」
天野は真っ直ぐにヘビーな拳銃の孔を数多に向け、容赦なく五、六発の弾丸をぶっ放す。
一方の数多は弾丸の壁を次々とかわし、右拳に力を込める。
どんどん距離を詰めていき、ついに数多は天野の懐へと潜り込み、腹に一発ボディブローを入れる。
「グフッ!!」
天野の体がくの字に曲がり、後方へとよろめく。
そこへ更に数多のラッシュが続き、天野は防戦一方となってしまう。だが流石は国が認めたエージェントだけあって、天野は数多のラッシュを全てかわし、受け止める。
しばらくラッシュは続くが、数多の体力は無限ではない。
痛恨の一撃を与える事なく、数多は一度引き下がる。
「くっそ……当たんねぇ」
荒く息を吐きながら、数多は中腰になる。
動体視力は人より優れている彼でも、体力や素早さは人となんら変わりもない。
よって、その点では毎日鍛えている天野の方が上手だった。
(何か……何かないのか。奴を怯ませる何かが!)
数多はようやく息を整え、次の一撃へと備える。
一方、天野は四五口径の拳銃を数多に向ける。
いかにも冷たい表情で、
「さて、そろそろ終わりにするか。こちらも時間が押しているんでな」
天野はトリガーに指を掛け、正確に数多を狙う。
今の数多は疲労が溜まって上手く動く事が出来ない。どんなに弾丸が見えたとしても、一〇発程度連射すればたちまち彼の体は蜂の巣となるだろう。
だが、それには大きなリスクが科せられる。
四五口径ともなると、撃った反動で肩に衝撃が走り、いくら銃器を扱うのが上手くても肩を外してしまう事がある。
しかも、彼は既に何十発もの弾丸を発砲しており、肩には強大な負担が掛り、今に壊れてもおかしくはなかった。
彼にとっては大きな賭け引きだ。
自分の体が崩れるか、自分のプライドが崩れるかの大勝負。
「俺は必ず認められる……泥を吸ってでも、草を食んででも、俺は俺の道を開く!」
カチリと渇いた金属音がし、既にセーフティの外された四五口径の拳銃からは、
何も出てこなかった。
天野は驚愕し、そしてそれは動揺へと変貌する。
「く、クソ!マガジンが!」
マガジンの中は空になっていた。
天野は慌てて換えのマガジンを装填しようとするが、手が震えてなかなか作業が成り立たない。
どうした!俺は俺の道を開くんだ!こんなとこで怯んでいる暇など……。
「……へっ。誰が自分の道を開くってんだ。ジョークがクソ過ぎて笑えも出来ねぇぜ」
少年の声によって、天野の思考は遮られる。
数多はよろよろと安定しない足取りで天野の方へ歩く。
「誰が自分の道を開くだってぇ?組織なんかに束縛されてるテメェが言える事じゃねぇんだよそんな事は」
ゆっくりと、ゆっくりと少年と天野の距離はなくなっていく。
「俺はなぁ、親から捨てられてずっと自分の道だけ進んでたんだ。その結果、毎日の様に裏通りで喧嘩して、毎日心を削って生活してたんだ。知らず知らずに感情は薄れ、何が楽しくて、何が悲しくて、何が嬉しくて、何が腹立つかが分からなくなっていた」
だがな、と少年は右手一杯に力拳を作り、
「俺はゼロと出会って何かが変わったんだ。今悲しいのはアイツが俺の為に犠牲になった事、今腹立つのはテメェみたいなクソ野郎が劣等感を堂々と語っている事だってな!!」
握りしめた拳は限界にまで引かれ、曲線の軌跡を描いて放たれる。
「孤独をテメェみてぇな幸せ者が語るんじゃねえええええええええええええええええええええ!!」
メリッという音をたて、数多の拳が天野の頬へと沈んでいく。
直後、天野は回転しながら宙を舞い、何の抵抗もなしに雨で濡れたアスファルトの上へと全身が叩きつけられた。
全身全霊の殴りを受けた天野はそのまま立ち上がることも出来ず、気を失ってしまった。