第六章 組織の事情
天野は雨の降る町の中をライトを照らしながら歩いていた。
背後には四人ほどのエージェント達が天野と同じ様にライトを照らしている。
「ん?あれは何だ」
横断歩道の先に倒れている人影を見て、天野はそちらにライトを照らす。
そこには、灰色の迷彩服の男がぐったりと倒れていた。
同じアジェスタのエージェント。
天野達は倒れているエージェントのところまで歩み寄る。
「死んでは……いねぇな。気絶してるだけだ」
天野はしゃがんでエージェントの生存を確認すると、次に握られている拳銃のマガジンを確認する。
「全発無くなってやがるな……」
アジェスタ第一部隊は戦闘に特化した集団だ。
勿論、集めたエージェントも優秀な者ばかりで、三〇発も弾を使えば必ず相手を仕留める事が可能だ。
だが、このエージェントは三〇発使ってなおかつターゲットに倒されてしまった。
別にこのエージェントが他のエージェントより劣等な訳ではない。
相手が『普通でない』だけだった。
「お前ら、コイツを運んでおけ。奴らの捜索は引き続き俺がする」
天野は立ち上がり、ライトを一旦仕舞って、トランシーバーの様な物を取り出す。
「こちらA班、こちらA班、B班応答せよ」
『ザ……こちらB班』
トランシーバーの様な物からは僅かなノイズと共に声が聞こえる。
通常、磁場発生器を使っている時は電子機器のほとんどが使用出来ないのだが、このトランシーバーは特別で、磁場の中にある電磁波を取り込み、それを送受信する事で会話が可能となるものだ。
「ターゲットの居場所を特定できたか?」
『いえ、まだ特定出来ておりません。磁場の影響は余りないのですが、大雨の影響で察知する事が困難になっております』
「……分かった」
天野はトランシーバーをしまい、再びその手にライトを持つ。
「やはり……この状況では機械は宛にならないな」
未来ではデジタルを駆使して捜索や情報交換をしており、アナログ方式の物は一切使っていないのが普通だ。
だが、彼は少し違う。
自分の足で捜索する事を得意とし、機械に余り頼らない。その証拠に、彼の拳銃にはロックオン機能が搭載されていない。
未来では大半の銃器には機械が勝手に狙いを補正してくれる機能がついており、数ミリも狂う事が無く弾丸を発射する事が出来るのだが、彼はわざとその機能を取っ払った。
機械は信用しない。最後まで信用出来るのは己のみ。
「そうだ……お前ら、そいつを運んだ後通信機を持ってきてくれ。一応本部にも連絡いねぇといけないからな」
天野は億劫そうに言うと、エージェントの一人が、
「通信機ならここにあります」
差し出されたのは、形がポータブルミュージックプレイヤーに類似し、それにオーディオセットが取り付けられている物だった。一見簡単な構造であるが、中は複雑であり、これを使って時空を越えてどんな状況下であっても未来と連絡を取ることが出来る。
「手が早いな」
天野は受け取り、オーディオセットを着用して通信機に付いているボタンを押す。
「天野だ。一応現状報告をする」
『こちら紅坂です』
聞こえてきたのは静かな情勢の声だった。
しかし、天野はその声を耳にして舌打ちをする。
「何で第二部隊のお前が応答するんだぁ?」
元々、ウイルスコード『0』を追っていたのは第一部隊のみであり、ほかの部隊は関わりを持っていない。
しかし、連絡に応答したのは第一部隊の者ではなく、第二部隊のしかも隊長だった。
『上層部からの命令でこの作戦に第二部隊の導入が決定しました。聞いたところ、現地の第一部隊が苦戦しているそうなので』
「余計なお世話だ」
激しい雨の中で天野は息を吐く。
どうやら相手はこちらの現状を知っている様だった。
『良ければわたし達がバックアップしますが』
「いや、その必要はない」
天野は静かな声で言葉を返す。
『……分かりました。ではわたし達はこのまま待機しています』
その言葉と共に通信は通信は切断された。
天野はオーディオセットを取り外し、それをエージェントの一人に渡す。
「上層部の奴ら……そんなに俺達を信用出来ねぇってのか」
クソッ、と彼は吐き捨てる。
彼らはずっとウイルスコードを独自で追い続けてきた。
だが、今になってやっと上層部は彼らに応援をつけた。
まるで、彼らはもう不要だと嘲笑う様に。
「……お前ら、早くソイツを連れて行け。俺は奴らをここで仕留める」
「は、はい!」
エージェント達はぐったりと横たわっている同僚を担いで暗闇の中へ消えていく。
「さて、久しぶりの一人での仕事だぜ」
激しい雨の降る大通り。
天野の目先からは二つの足音が徐々に近づいていた。