第五章 未来への活路
「チッ、雨か」
数多とゼロは雨の中、狭い街路を走っていた。
大通りを走るより、このような狭い道を移動した方が確実に見つかりにくくなる。それに、この町には住人しか知らない裏道も多く存在している。
地理の点では数多の方が勝っていた。
「と、とにかく助けを呼ぼう!警察で大丈夫か!?」
数多は携帯電話のボタンをプッシュしようとした時だった。
「な、何だよこれ・・・・・・」
携帯の画面を見て、彼は脱力する。
圏外。
裏通りではよくあるが、数多がいるのは家の密集している路地だ。そんな場所で圏外になる事はありえない。
「多分、磁場発生器のせいだね」
数多の後ろをついて来ていたゼロが彼の携帯画面を見て断言する。
「磁場発生器?」
「特殊な磁場を発生させて電波を妨害する機械だよ。この調子だと防音音波も使われていそうだね」
ゼロの言っている事を数多は理解出来ないが、とにかくこっちにとって不利な物である事は理解出来た。
「とにかく逃げ続けるしかないか!」
数多は前後を注意しながら路地を歩いていく。
「いたぞ!」
すると、天野と同じ灰色の迷彩服を着た男がライトで二人を照らし、拳銃を構える。
「コイツら!ゼロ、戻れ!!」
「えっ!う、うん!」
二人は元来た道を走って引き返す。背後からニ、三発の銃声が響いたが、そんな事は気にしていられない。
とにかく逃げる。
二人の頭にはこれだけしかなかった。
「ま、撒いたか・・・・・・」
路地を抜けた二人は後方を確認する。
先程までの銃声は止み、辺りは静まり返っている。
「よし、行こう」
「うん・・・・・・」
数多はゼロの腕を引いて車の無い通りを歩く。
「雨・・・・・・激しくなってきたね」
気づくと雨は大粒になり、土砂降りとなっていた。
「隣町まで行けば何とかなりそうだが・・・・・・クソッ!」
歩く速度は段々と鈍くなっている事が分かる。
赤いトレーナーには水が染み込み、数多の体温を余計に奪っていく。
「だ、大丈夫?寒そうだけど」
「だ、大丈夫・・・・・・これくらいな」
体に限界がきている事を感じても、数多は歩き続けようとする。
こんなところで諦めたくない。
その一心だった。
「まだ距離はあるな……」
無意味に点滅している信号を見て、二人は横断歩道を渡ろうとしたその時、
前方から銃声が聞こえ、弾丸は数多の頬を掠った。
「いっつ……」
数多の頬から赤い液体が一筋流れる。
「外したか」
目の前には先程と同じ様に灰色の迷彩服の男が銃口を数多に向けていた。
「……ちょっと下がってろゼロ」
数多は一歩前に踏み出し、ゼロを制する。
「どうするつもりなの……」
「潰す」
売られた喧嘩は必ず買う。例え、相手が政府に認められた機関であっても。
数多は地面を蹴って走り出す。
男との距離は一五メートル前後。
「血迷ったか。ここで仕留める」
男は静かに拳銃を構える。
狙いはあくまで腕か足。殺してはならない。
拳銃の中にあるロックオン機能が、数多の腕を狙ったところで、男はその引き金を引く。
渇いた銃声と共に、弾丸は真っ直ぐに少年の腕に向かっていく。
完璧だと男が確信した時、
少年の腕から弾丸は外れていた。
男は息を呑む。
「そんな……」
確実にロックオンし、確かに的を的確に射たはずなのに。
男は引き金を次々と引き、弾丸は連続して発射されるが、一撃たりとも当たる事はない。
ロックオン機能が壊れたのかと疑ったが、実際は数多がその全てを避けていたのだ。
彼の目は普通の人間とは違い、動体視力が数倍も良い。
だが、そんな事も知らずに男は引き金を引く。
「嘘だろ……」
漏れた声と共に聞こえたのは、カチリという弾切れの音だった。
三〇発は装填されているマガジンはすでに空となっていた。
「おい、オッサン」
「はっ!」
気付いた時には少年は眼前にいた。
「相手をよく考えろよ、雑魚」
ゴッ、と少年の一撃が鳩尾に入り男は気を失った。
「よし、これでひとまず大丈夫だ」
数多は歩道に男を寝かせ、ゼロの下へと戻る。
「急ぐぞ!多分ここにいたらいずれはばれちまう」
「うん!」
二人は横断歩道を渡り、再び路地へと入っていく。
「ぐっ!!」
すると突然、数多は地面に倒れてしまった。
「だ、大丈夫!?」
「だいじょう……くっ!」
手足に上手く力が入らない。
ゼロは数多の顔に触れる。
「冷たい……完全に体温が奪われちゃってる」
彼女は周囲を見渡し、屋根がありそうな場所を探す。
しかし、そんな場所はどこにも見当たらない。
「このままじゃ本当に死んじゃうかも……よし」
ゼロは黒いジャケットを脱ぎ、それを数多に着せる。
「とりあえず屋根のある場所に移動するよ。立てる?」
「ああ……」
数多はよろよろと何とか立ち上がり、ゼロの補助を借りて歩き始める。
「あっ、あそこがいいかも」
路地の開けた場所には河川敷があり、その上には橋が架かっている。
「あの橋の下にとりあえず隠れるよ!」
「おう……」
二人は橋の下へ向かい、そこで雨宿りをする。
「どうかな?」
ゼロは数多の額にそっと触れる。僅かだが、数多の体には温かさが戻っていた。
「ふぅ……とりあえずここで万全になるまで待機しようね」
「そうだな」
二人はその場に座り込み、肩を並べる。
なるべく密着した方が体温が逃げにくくなるからだ。
「雨脚……また強くなったね」
「うん」
二人は黙り込み、激しい雨の音だけが聞こえる。
「わたしのせいなのに……」
するとゼロは僅かに口を開き、呟く。
「わたしのせいでこんな事になってるのに……」
自分のせいで大好きな少年が傷付くのが、彼女には何よりも辛かった。
耐えられない苦しみ、心が締め付けられていく。
「おかしいよね……世界を壊した最低最悪のプログラムなのに」
彼女は拳に力を入れ、歯を食いしばり、
「なんでこんなに辛いんだろう」
彼女の目には僅かに透明な涙が浮かんでいた。
「……」
数多はそんな彼女の姿をしばらく見て、
「実はよぉ、俺って親から捨てられたんだ」
「えっ……」
その言葉に、ゼロは彼の顔に視線を移す。
「俺の目って普通の人間とは少し違うらしいんだ。でもそれのせいで親は俺を施設に入れやがった。普通とは違うって理由だけでな。俺は化け物扱いされたって訳だ」
少年はそれでも苦い顔一つしない。
「だからさ、俺は全てを受け入れる人間になりたいんだ。差別や偏見をしない人間に……な」
「そうなんだ……」
複雑な気持ちがゼロの心を支配する。
辛いのは自分だけではない。隣の少年にだって苦い経験はある。
みんなに平等に辛い事はあるのだ。
それなのに、自分だけ辛い事ばかりの様な言い草をしている自分が最低だった。
「俺はお前を化け物扱いしているアイツらを許せない。もし世界を崩壊させたとしても、お前は同じ人間なんだからな」
数多はゼロの頭を強めに撫でる。
普通と認められた。
彼女にはそれが何よりも嬉しい事だった。
「うぐ……ふええ……」
「おいおい、何で泣いてんだよ」
「泣いてなんか……ぐす……ないもん!」
「分かった分かった!分かったからポカポカと俺の頭を殴るな!」
意外に強いパンチを数多が頭に受けていると、
「ん……?おいゼロ、それなんだ?」
「うううううう……えっ?」
数多が指差していたのは、ゼロの赤いリボンで一房にまとめられた髪の裏に隠されていた本当に豆粒の様に小さなプラグの様な物だった。
「Uninstallation……なんだこれ?」
英語の知識が鎖国状態の数多は何とかスペルをゼロに伝えて翻訳してもらう。
「アンインストールだね……あっ!」
するとゼロは何かを思いついた様に立ち上がった。いや、実際に思いついたから立ち上がったのだ。
「ウイルスアンインストールプログラムだよ!それでわたしの中からウイルスコードを消滅させる事が出来るかも!!」
「マジか!!」
「でも、そのためには未来に行かないと……」
「お前の力で何とか行けるんじゃないのか?」
数多の言葉に、しかしゼロは首を横に振る。
「わたしの持ってる通行許可証はここに来る時にエネルギーが切れちゃったの。充電もここでは出来ないし……」
通行許可証が何なのか数多には分からないが、どうやら未来に行くには必要だという事は理解できた。
「……そうだ!行くぞゼロ!!」
「えっ!?どこに?」
突然立ち上がり歩き始めた数多にゼロが尋ねると、
「未来から来た奴らがまだいるじゃねぇか」