第四章 最悪の逃亡
一日中町を歩き回った数多とゼロはやや疲れ気味になって帰路へと着いていた。
冬の日没は早く、街灯がちらほらと点灯している。
人の出歩く姿はまったく見当たらない。
今日は今冬最低気温と天気予報では言っていた。そんな中を出歩く人はまずあまりいない。家で暖房の利いた部屋でテレビを見るのが大半だろうと数多は勝手に予想してみる。
「さ、寒い」
そんな中、上着も着ないでぶかぶかのセーターとスカート姿のゼロは震えていた。
元々、彼女の衣服はサイバー風のピッタリと体のラインが出てしまう服とスカートしかない。さすがに冬にそれで出歩くのはまずいと思った彼女は、数多の了解を得てセーターを借りていた。
ついでにジーンズも借りようとしたが、あまりにも大き過ぎたのでそちらは断念した。
「そんな格好してたら、そりゃ冷えるだろうな」
一方、数多はと言うと、上着に黒いジャケット、ズボンには青いジーンズを着用しており、防寒の点でもファッションの点でも完璧だった。
「な、なな何か、あた、温かい物が、な、ないと、し、死んじゃう!」
限界を突破したゼロの顔は白い肌がより一層真っ白に変化し、体全体を震わし、会話も十分に出来ない。
「はぁ……ほらよ」
すると、数多は黒いジャケットを脱ぎ、それをゼロに投げ渡す。
「これでも着てろ。でないと凍死するぞ」
「あ、ありがとう」
彼女は早急に黒いジャケットを着て体を温める。
血の気が戻ってくるのが体温の上昇で分かる。
「さて、さっさと帰るぞ。そうだな・・・・・・今日は鍋にするか」
数多は夕食の事を考えながら次の一歩を踏み出そうとすると、隣で歩いていたゼロが急に立ち止まった。
なぜ止まったのか声を掛けようと数多が口を開こうとして、
「鍋か、ソイツは良いかもしれないな」
突如聞こえた声は、数多の声を制した。
声のした方に振り向くと、そこには戦闘服の様な灰色の迷彩色の服を着用したニ五歳前後だと思われる男が暗闇の中から現れた。
「誰だアンタ」
数多がとっさに言い放つと、男は懐から煙草の箱を取り出し、
「あぁ、スマン。あまりにも美味そうな話をしていたからな」
男は箱から煙草を一本取り出し、それに火をつけて口にくわえる。
「アジェスタ第一部隊長、天野一樹だ。と言っても、この時代の君には分からないか」
天野は自己紹介を終えると、煙草を吸いはじめる。
アジェスタと言われても、現代人の数多には分からない。ただ、目の前にいる男がこの時代の人間ではない事は分かった。
「んで、そのアジェスタとかいうとこの隊長さんが遥々この時代に何しに来たんだ?」
情報の少ない数多は少しでも相手から情報を引き出すために余裕のある表情で尋ねる。
「はぁ、俺が未来人だって事は分かったか。だったら話は早い・・・・・・」
天野は吸い終えた煙草を手放し、それを靴で踏み付けると、
「お前の後ろにいる『それ』を回収する。それが俺のミッションだ」
数多は思わず振り返る。そこにいたのは間違いなくゼロだった。
「どういう事だ」
数多は天野を敵視する。
一方の天野は余裕からか、薄く口元に笑みを浮かべる。
「君には関係ない事だ。だが、これだけは言っておくがその後ろにある『それ』はとても危険なんだ」
何かを隠している様な言い方を天野はする。
危険と言われても、何がどう危険なのかが混沌としている。
様々な可能性を数多は頭の中で吟味していると、
「ウイルスコード・・・・・・」
小さく呟いたのはゼロだった。
「わたしは・・・・・・コードナンバー0。世界を崩壊したウイルスコード」
「なん・・・・・・だと?」
数多の思考は途切れ、ゼロの言葉に愕然とする。
ウイルスコード、未来のネットワークを凍結させ、経済を破綻させた最悪の中の最悪。
それが彼女だった。
「その反応……どうやらウイルスコードが何なのか理解しているようだな。だったら分かるはずだ……」
天野は懐から輪の様な物を取り出す。
おそらく手錠だろう。
「それは悪魔だ。世界を混乱させた最悪の兵器。俺達はそれを処分する」
「・・・・・・させるか」
数多は呟き、ゼロの腕を取る。
それを見て、天野は眉をひそめる。
「何をする気だ?」
「大人しく渡すかよ!!」
叫ぶと同時、数多はゼロを連れ、その場を逃げ出した。
「チッ、大人しく渡せば良いものを・・・・・・しょうがねぇ、A班は俺と奴らの捜索、B班は奴らの居場所の特定、C班はシャットノイズと磁場ライザーで妨害工作だ!一般人には見つかるな!!」
天野は指示を出し、腰から拳銃を抜く。
彼の背後には数一〇人のアジェスタのエージェントが拳銃を持って立ち並んでいる。
「テメェら、奴らの手足をぶっ飛ばしてでも捕まえるぞ!いいか!!」
エージェント達の団結の声が、静かな町に轟いた。