第三章 絶望の境地
「・・・・・・そんなに行きたいのか?町の観光」
「うん!」
「行っても何も無いと思うのだが」
「つべこべ言わずに行こう行こう!!」
「だぁぁぁ!分かったから腕を強引に引っ張るな!!」
ゼロと数多はアパートを出て、(半ば強引に)町の観光をしていた。
もちろん、提案したのはゼロなのだが、数多にとってはいつもの町並を見て回るだけの散歩程度でしかない。
だが、改めてゆっくり歩いてみると何だか新鮮な光景に見えてくる。
「こんなのどかな風景初めてだなぁ・・・・・・」
「やっぱり未来とかでは開発が進んでこんな風景は無いのか?」
数多の何気ない質問に、しかしゼロはなぜか俯いて、
「未来にはこんなに綺麗な自然は無いよ。あるのは荒れ果てた廃墟と砕けたアスファルトの道ばかり・・・・・・」
「そりゃあ、随分と荒れてんな」
こんな風景もいつかは見納めの時が来るのかと、数多はいかにも平凡な光景を見て思う。
そして、ふと少年の中に新しい疑問が浮かび上がる。
「でもよ、その話を聞く限り未来は豊かになってるって言うより、むしろ貧困になってる様なイメージがあるんだが、未来ってのは一体どうなってるんだ?」
とっさの彼の質問に、ゼロは顔を逸らそうとする。
そこまで言いたくない事でもあるのか、と数多は首を傾いでいると、
「ちょっと疲れちゃった。そこの公園で休もうよ」
ゼロの指先には小さな公園がある。
公園と言っても、余った空間を有効活用するために作られた事を意図する様な場所に、ベンチと滑り台だけがある程の小さな公園だ。
「まぁ良いけど」
数多とゼロは小さな公園のベンチに座り、一息吐く。
「未来の事・・・・・・そんなに聞きたい?」
突然、ゼロは静かな口調で数多に念を押す。
まるで、その先に触れてはいけない何かがある様に。
「もちろん聞きたい」
しかし彼がたじろぐ事はない。ゼロが言う未来が全ての未来という訳ではない。
あくまで未来の一例に過ぎないと彼は思っているからだ。
「・・・・・・わたしのいた未来は、世界中で戦争や紛争が絶えない世界。経済は崩れて、毎日の様にギャング達は抗争を続ける。そんな無法者が集まる世界にいたんだよ」
「・・・・・・ひでぇな」
「酷いどころじゃない・・・・・・まるで生きた心地のしない、生き地獄みたいな所だったの」
「・・・・・・」
数多が思っているより、現実は重たかった。
幸福な時代に生きている彼に、生き地獄の苦しさは到底分かるはずもない。
だけど、毎日生きるか死ぬかの戦いを人々は続けている。それだけは幾ら数多でも理解する事が出来た。
ゼロは更に坦々と話を続ける。
「それで、未来をこんな風にしてしまったのは一つの『ウイルスコード』が原因って言われてるの」
「『ウイルスコード』?パソコンとかのあれと同じなのか?」
彼の言うあれとは、コンピュータウイルスの事を示している。
しかし、ゼロは頷く事もなく、かと言って否定もしない。
「確かに似ているけど、それを更に強力にしてなおかつ、見つかりにくくしたのが『ウイルスコード』なんだよ」
「なるほど」
「じゃあ続けるけど、ある日何者かの手によって強力な『ウイルスコード』が開発されたんだ。そして実験の途中に誤って全世界のネットワークを凍結させ、経済を崩壊させてしまった」
それが未来の全貌だと彼女は言う。
たった一つの『ウイルスコード』で世界が混乱する。
背筋が凍る様な恐ろしい話だ。
「・・・・・・ごめんね。こんな暗い話にしちゃって」
「気にすんな。俺が勝手に持ち掛けたんだ。俺が悪い」
二人の間に心地の悪い沈黙が流れる。
土曜日だというのに、小さな公園には二人だけしかいない。
「そろそろ歩くか?」
「うん」
このまま座っていても進展がないと判断した数多は、ゼロを連れて再び表通り沿いを歩き始める。両者の歩くスピードは先程より軽快ではない。
それどころか、数多とゼロの間の距離は自然と開いていく。
二人の顔に笑顔などない。
「あっ!これは数多殿でこざらんか!」
この絶望的なタイミングで現れたのは、不良でもないのに茶髪の少年、西織慎司だった。
西織は白いジャケットにダメージジーンズといかにも今頃の少年の様な格好をしている。
「おや?おやおや?数多殿、隣の女性とはどういう関係で?」
「あぁ・・・・・・友達だな」
「ほほう、ガールフレンドでござるかぁ。羨ましいでござるな。お名前は?」
「ゼロってんだ」
数多の紹介と共に、ゼロは西織に頭を下げる。
「ゼロ殿でござるか。ところで、ゼロ殿は外人でござるか?」
西織は更に話を掘り下げてくる。
絶望の未来を知らない彼には、数多とゼロの気持ちは分からない。分からない方が良いのかもしれない。
「まぁ、外人・・・・・・ではないかな?」
それでも数多は西織のペースに合わせようとする。
彼はただ全てを知らないだけ。
それだけの事なのだから。
「しかしゼロとは少し変わった名前でござるなぁ~。でも覚えやすそうな名前でござるね」
西織は何かに納得した様に首を縦に振って頷く。
「では、そんな二人のお邪魔虫はさっさと引き下がるべきでござるな」
「いや、何か勘違いしてないかお前」
「では、また学校でお会いしましょうぞ」
「ちょっ!西織!」
良い休日を、と西織は言い残して雑踏の中に消えていく。
「アイツ、谷本にも言うだろうな・・・・・・月曜が面倒臭そうだ。って!金返してない」
数多は昨日西織から金を借りた事を思い出す。
今から追い掛ければ間に合うが、ゼロがいる事も考慮して諦める事にする。
「今のはお友達?」
「あぁ、ちょっとした縁があってな」
「へぇ~、わたしも友達が欲しいなぁ~」
「自分から作ろうとしたら何人でも出来るよ」
「よぉ~し、目指せ一〇〇人だね!!」
ゼロは意気込みを入れ、数多に宣言する。
「規模がいきなりでかいな。まぁ、頑張れ」
「うん!もちろん、友達第一号は翔だけどね!!」
この時、ゼロは初めて数多の事を名前で呼んだ。
「ありがとよ」
二人に先程までの暗い顔は残っていない。
光が射す町を二人は並んで歩く。
だが、光のある場所には必ず影もある。
その影は少しずつ、そして着実に二人の下へと近づいていた。