第一章 落ちこぼれの少年
時は遡り、二〇一一年。
「ふぅ……この辺で大丈夫か」
数多翔は町の裏通りの一角で少しだけ痛む腕を庇う様にして立っていた。
彼の下で倒れているのは敗者。つまり彼と喧嘩して負けた者達だ。
その数五人。
高校生の喧嘩は大抵一対一が基本で、それ以上は逃げるか不意打ちを使ってどうにか倒すかというのがセオリーだ。
しかし彼は違う。
逃げる事もなく、不意打ちをする事もなく、ただ真正面から突っ込んだ結果がこうだったのだ。
数多には特別力があるわけでもなく、かと言って運動神経が優れているわけでもない。
どちらにしても並大抵の高校生の能力しか持っていない。
ただし、動体視力に関しては普通の人間の数倍を超えており、モデルガンから発射された弾がハッキリと見えてしまうほどに優れていた。
生まれ持ってした特殊な能力。
それを武器に戦った結果がこれだったのだ。
「それにしても今日はやけに冷え込んでんな……ラーメン……カップ麺でも買って食うか」
数多はとっさに財布を確認したが、残金は僅かに二〇円。
これではカップラーメンなど買えるはずもない。
「あと一五〇円くらい落ちてねぇかな」
数多は敗北者に目もくれない。
一五〇円くらいなら目の前で倒れている者達の財布から抜き取るのは容易い事だ。
だが、彼は売られた喧嘩を買っただけ。それ以上の事は決してしない。
「おっ!一〇〇円あるじゃん!」
数メートル先、何か光る物が見えるが、この位置からではそれが一〇〇円であるかなど明確に見分けがつかない。
しかし彼にはハッキリと一〇〇円であると見えている。これは彼の視力が優れている事を示している。
数多は倒れている敗者達を避けながら、落ちている一〇〇円を拾い上げる。
「これでギリギリ小さいのくらいなら買えるな」
しかし彼は自らの腹の減り具合を確かめる。
絶対に足りない、そんな自信がある。
「かと言って、お金なんてそうそう転がってたりなんかしないよな」
溜息混じりに彼は呟き、それでも左右を見回しながら裏通りを跡にする。
表通りに出て来た数多は、コンビニに向かう途中、やはり地面を見回しながら歩いていた。
「おお~、数多殿ではありませぬか」
不意に声は聞こえたので、数多はとっさに声のした方向を見てみると、
「お、西織か」
西織慎司。黒い学生服を着て、茶色い髪をした彼は一見不良に見えるが、実はそうではない。
「ところで数多殿、一つ相談なのでござるが……」
「何だ?」
「数多殿はロリ派でござるか?それともお姉さま派でござるか?」
所謂オタクである西織はかなり真剣な表情で尋ねてくる。
「そうだな……俺だったらお姉さま派だな」
「なるほど、数多殿はやはりそうでござるか。いや、大した事ではございませぬ。ただ少し気になってみたので聞いてみただけでござる」
西織は軽い調子で笑ったが、背後に何かを隠したのを数多は見た。
だが、彼はそこに敢えて触れようとせず、
「そうだ西織、あと五〇円ほど貸してくれないか?」
「五〇円でござるか?良いでござるよ」
西織は何の抵抗もなく、数多に五〇円を渡す。
「サンキューな西織!」
「いえいえ、数多殿からの御恩に比べるとこんなのちっぽけな事でござる」
過去に西織はその容姿から不良に喧嘩を売られた事がある。だが、不良でない西織は喧嘩が弱く、袋叩きにされていたところを数多が助け出したのだ。
「あんなの大した事でもねぇよ」
「いやいや、あれは英雄でござった。もし自分が女の子だったら一目惚れ間違いなしでござる」
「ありがとよ。じゃあまたな西織、ギャルゲーのし過ぎには気をつけろよ。熱中したらなかなか寝れねぇからな」
そう言って、数多は西織に手を振って走って行く。
「……流石は数多殿。ばれておりましたか」
西織は背後に隠した物を見ながら、呟く。
「やはり、彼は本物でござるな」