第九章 もう一人の隊長(2)
「第二部隊……隊長」
数多は奥歯を噛み締める。
ほんの数分前にもう一人の隊長と戦い、激戦を交えたというのに。
「報告は受けています。天野君を倒すとは……素人とは思えない強さですね」
「そりゃどうも」
二人の声は広い書庫に響き渡る。
「それより……折角ライトを壊して俺の視界を遮ったのに、なんで電灯を点けたんだ」
「礼儀です」
紅坂は凛とした表情で即答し、
「挨拶をする際は相手の顔を見る。これは最低限の礼儀です」
「……」
予想外の理由に一瞬呆然となった数多だが、すぐに気を取り直す。
「それで……アンタもゼロを狙ってるんだろ?」
「いえ、わたしの目的はゼロではありません」
「えっ?」
愕然となる数多に対し、紅坂は眉一つ動かさずに続ける。
「わたしの目的は数多翔君、あなたです」
「……俺!?」
あまりにも意外な返答に、思わず大声をあげる。
「えっ?で、でもアジェスタってのはゼロを捕まえるために……」
「ウイルスコードに関してはわたし達第二部隊はあまり関与していません。本部ではわたし達は待機状態となっています」
しかし、と紅坂は表情を引き締め、
「わたしが遥々ここまで来てあなたと会おうとした理由は、アンインストールプログラムについてです」
「アンインストール……プログラム」
ゼロの体に潜むウイルスコードを唯一排除する事が出来る魔法の様なプログラム。そして、今数多が一番欲している物だった。
「でも、アンタ確かゼロについては関与していないって……」
「関与はしていません。天野君が血眼になりながら調べていたので、興味本位で独自に調べていたのです」
「な、なるほど……」
思わず数多は紅坂の努力に感心してしまう。
「話は逸れましたが、わたしが掴んだ情報によるとアンインストールプログラムはこの施設内にあるようです。勿論、あなたもそれを知ってここに来たのでしょう」
「あ、あぁ……」
「しかし、どこにそれがあるのか分からない、違いますか?」
「うっ……そ、そうだ」
紅坂の鋭い読みに、数多は少々動揺する。
「わたしはプログラムの在り処を知っています。もし、あなたが死ぬ気でその子を助け出すというなら案内しましょう」
「死ぬ気……か、こっちとら最初っからその気でここまで来てんだよ。嘗めてもらっちゃあ困るぜ」
数多は薄く笑い、しかしそれとは対照的に拳を力強く握っていた。
「そうですか……では案内する前に一つあなたに教えておかなければならない事があります」
紅坂は人差し指だけを立てて、
「実はアンインストールプログラムには使用者の適性がある様なんです。その一つがまず度胸です。先程部屋を暗くしてライトを破壊したのはそれを確かめるためです」
軽率な真似をしてしまってすいませんと彼女は数多に謝罪する。
「いや、別にいいんだが……それで、他にも条件はあるのか?」
「あります」
紅坂は即答して、
「あと二つあるのですが。一つは強さです。ある程度の強さを持っていないといけませんが、あなたは天野君を倒した実力があるのでおそらく大丈夫でしょう」
「強さ……か」
アンインストール中に何かと戦うのだろうかと、数多は安易に考える。
しかし、その間にも紅坂は続け、
「そして最後の適性条件が……視力です」
「視力!?」
「はい、何でも見切る事が可能な動体視力が必要です。そして、これに適当なのが数多君、キミだけなんです」
「俺が……」
数多の手が自然と震え、気持ちが高ぶる。
親に捨てられる原因となり、今まで恨めしく思っていた視力が人を助けるために役立つ。
しかも、守りたい人のためなのだからなおさらだ。
「その子を助けられるのはあなただけです数多君。今なら退いて日常に帰る事も可能ですが、どうしますか?」
「……退く理由が見当たらねぇな」
数多はそれ以上何も言わず、紅坂もこれ以上はくどく質問しようとはしない。
「そうですか……では」
紅坂は振り返り際に言い放つ。
「アンインストールプログラムのところまでわたしがご案内いたします」