第九章 もう一人の隊長(1)
動かないエスカレーターを下った数多は、ライト照らし、左右以外に上下も確認する。
地下九階は他のフロアと違い、研究室が一室しかない。しかも扉の横にあるタグには資料書庫と記されていた。
書庫の入口前の壁には大量の血液が付着しており、どこかホラーゲームを連想させる。
多分、ここで研究者達は自分達の成果を記した資料を命がけで守るため死守しようとしたが、あえなく鎮圧されたのだろうと数多は予想してみる。
つまり、それだけの価値の物がここにはあるのだろう。
ガシャリと数多は動かない自動扉を強引に開け、侵入を試みる。
室内には大量の棚が並んでおり、そこには本やメモリなどの様々な記憶媒体が陳列していた。
「これは……多過ぎだろ」
流石の量に数多は唖然とする。
この中からたった一つのアンインストールプログラムを探す事はまず不可能だ。そんな事をしていると何百年と掛かってしまう。
仕方なく、数多はこのフロアを後回しにし、書庫を出ようとすると、
無理矢理開けたはずの動かない自動扉が勝手に閉まっていた。
数多はすぐに察し、振り返る。
この部屋には自分以外に誰かがいる。しかも、姿を隠すところ考えると相手はおそらく味方ではなく敵だろう。
安易にライトを点けると居場所が相手にばれてしまうため、数多はライトを消す。
暗闇の中に紛れ、数多は棚の陰に隠れる。
相手が何者なのか全く情報が無いため、数多は出方を窺う。
するとどこからか靴が床を叩く音が聞こえてくる。それは、一つ一つゆっくり一定のリズムを刻んでいる。
相手は一人だけだと数多は確信し、背負っていたゼロを床に寝かせる。
敵の狙いはおそらくゼロだろう。そのため彼女がいる場所では戦えない。
数多は足音をたてないようにして歩き、手探りで棚や壁を避けていく。
その間にも、自分以外の足音が書庫に響く。その音に迷いは見当たらない。
(相手は……見えてるって事か。さすがにこのままでは勝ち目は無いな)
目隠しをした人と何もしていない人、喧嘩をしたらどちらが勝てるでしょうと質問されている様なものだ。
答えは勿論、勝てるはずがない。
いくらデタラメに攻撃をしたところで正確な攻撃には勝てはしない。それは数多が一番分かっている事だった。
どうせ相手には見えているのならと、数多はライトのスイッチに手を掛けたところで、
手に凄まじい衝撃が走り、ライトは数多の手を離れ落下した。
「いってぇ……」
ビリビリと伝わる手の痛みを堪え、床に落ちているライトを見る。
ライトは無残にも砕けて、とても使える物ではなくなった。
「これであなたの視界は遮りました。大人しく降伏するならば命までは奪いません」
足音と同時に聞こえてきたのはミルキーな女性の声だった。
その声からは過剰な敵意を感じない。むしろ、敵対を拒否する様な意志さえも感じる。
「アンタもアジェスタとかいう所の一員か」
数多は姿の見えない相手に問いかける。
すると、書庫に響いていた足音は突如止み、
「よく分かりましたね。いや、むしろ分からない方がおかしいのでしょうか?」
穏やかな声は書庫を反響して、数多の耳に届く。
「確かにわたしはアジェスタの一員ですが、第一部隊の者ではありません」
瞬間、バチンという何かが弾ける音と共に書庫の電灯一斉に点灯した。
「うわっ……!」
急に明るくなった事により、先程まで暗がりにいた数多の目は眩む。
数秒してからようやく視界が正常になり始め、数多は先程の声の人物を目にする。
闇夜の如く漆黒の髪は腰の所まで流れており、頭にはゴツイ視覚補正ゴーグルを着けている。黒のデニム生地のジャケットの下には対照の色である白のシャツを着ており、黒のジーンズはどこか古めかしさを感じる。
「はじめまして、わたしはアジェスタ第二部隊の隊長、紅坂柚月と申します」
紅坂は手に持っていた拳銃をベルトに着いているホルダーに直し、懇切丁寧に挨拶をする。