『影』の私の経験談
『王家の影』
とても優秀で忠誠心の塊みたいな人達で構成されている。
そう思っている人達は多いだろう。
実際そんな人達もいるっちゃいる。
でも、大半は違う。
己のために必死で務めるのだ。
私は孤児だった。
赤ん坊の時に孤児院の門前に捨てられていたらしい。
そして3歳までその孤児院で育てられたらしい。
らしいというのは流石に記憶に残っていないから。
そして魔力測定で魔力持ちだったため私は選ばれてしまったのだ。
他の孤児院から選ばれ集められた子たちも皆3歳前後の孤児たちだ。
しかし6歳になる頃には半分近い子たちが孤児院に戻されていた。
素質が無い、と。
10歳になる頃、残った子たちの中から私は選ばれた。
それが『影』の見習いだった。
他にも『暗殺者』の見習い、『偵察』の見習いなどに選ばれていった子たちもいる。
何にも選ばれなかった子たちはこの施設の職員になったか兵士としての訓練が待っていた。
何故この施設についてこんなに詳しいか。
それは最終試験がこの施設について調べること、だったから。
試験に通った私は明日から王家の影となる。
そして定年の30歳まで10年間働けば、慎ましく田舎で暮らせば一生働かなくて良さそうな報酬が貰えるらしい。
影として人に認識されないで過ごし続けられたら。
影として任務を全うし続けられたら。
たった10年だけで。
ただし失敗すればどう処分されるのか分からない。
軽ければ影以外の任務を与えられるらしいが最悪死刑もあるという。
少しのミスで口封じも有り得るのが影という仕事だ。
そんな『王家の影』に私はなるのだ。
――――――――――――
「fとr、この令嬢の行動を記録せよ」
影を統率している1にそう指示を出された。
ここでは皆コードネームだ。
見習いランクが上がるとアルファベットがaに近付く。
fは先輩、新人の私はrだ。
今居る見習いはtまでだから下から3番、要は私は初任務、fは二回目の任務である。
ちなみに一人前になると数字になる。
1は私たちの中で一番偉い。
もっと上に、王様の信頼を得る存在になると名を頂けるのだそうだ。
コードネームが数字以上の者が王や宰相から指示を受け私たちに仕事を割り振るのだが当主や家の動向を探るでなく、年若い令嬢だけの記録は珍しかった。
「令嬢の記録だけですか?」
fも不思議に思ったらしく質問する。
「そうだ。期間は3カ月ほどになる。令嬢は影が付いていると認識している。湯浴みなどは中まで見張らなくていい」
影付きを認識している相手を見張るという事は令嬢が自ら影を付けてくれるように頼んだのだろう。
影は月のモノが無い男しかいない。
それなのに頼んだとは余程の理由があるのだろうか。
しかし、たかが一般の新人影に詳細な理由など、教えてもらえない。
深入りは任務失敗の原因になる。
言われたことのみすれば良いのだ。
彼女の行動を記録し残す。
私とfは不思議に思いつつも任務に当たった。
付いていると認識されているとはいえ令嬢相手だと難しい仕事では無い。
経験が足りない私たちの練習にピッタリだと思われているに違いない。
思った通り、メインが私、補佐がfだった。
――――――――――――
某月某日
6時23分 起床
6時25分 侍女エリーが身支度を手伝う
6時55分 食堂へ移動
7時02分 朝食開始
食した物 クロワッサン二つ、ブルーベリージャムを添えたヨーグルト(ガラスボウル小)、オレンジ一切れ、キウイ半玉、コーンスープ、ベリーティー
7時40分 朝食終了後そのまま馬車へ移動。
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15時28分 生徒会室到着。一番乗り。
15時33分 書記レッタ・ファーベリー入室。
会話記録 別紙
15時39分 会計サーベルト・レイナス入室。
会話記録 別紙
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記録を続けて2カ月が過ぎたが恐ろしく普通の令嬢の日常である。
特に怪しい点は何もなく、ただ彼女が優秀で生徒会の者たちに頼りにされていること、学園でも一目置かれる存在であることくらいしか分からない記録の日々が続いた。
不思議な点を強いて上げるならば婚約者である第二王子の代わりに生徒会長の仕事をしている割に王子と会っていないこと…くらいだろうか。
調査対象に私情を挟むのは御法度だが、マリエット様は本当に美しかった。
会話の端々から優しい性格なのも分かった。
しかし未来の王子妃として己に厳しく周りの者たちも律する強さが眩しい。
そんな凜として見える彼女が時々、誰もいない渡り廊下などを歩いている時に小さく一人呟くのだ。
「見守って、くださってますわよね…?」
こちらは新人とはいえ影。
気配も気取られていないと嬉しくなるも、不安そうな彼女が可哀想で魔法を使い小石を一つ、落としてやる。
コッ…カラカラ…と石は乾いた音を立てた。
その不自然に落ちた小石でこちらの存在を感じホッとするのだろう。
小さく微笑んでまた歩き出す様が可愛らしかった。
あとで「存在を示してどうする」とfにめちゃくちゃ怒られたが私はマリエット様が不安そうに呟く度に小石を落とすのは止めなかった。
何故影を付けるように希望したのかは分からないが何かしら不安があるからに違いない。
そんな不憫な彼女を少しでも安心させたかった。
そして任務が残り半月となった時、ようやく私は第二王子を目にした。
「マリエット!相変わらず意地悪な顔をしているな」
いきなり随分な言い草である。
「まぁリーファルト殿下、ご機嫌うるわしゅう」
マリエット様はサラリと王子の暴言を躱して挨拶されたのに王子は無視だ。
私は腹が立って王子の態度の悪さもしっかりと書き留めた。
「お前は相変わらずナーデリアを虐めているらしいな」
そう詰める王子に縋り付くように…マリエット様を詰める王子を止めてるんだか押してるんだかな感じで纏わり付く少女が一人。
「殿下っ、ナーデは大丈夫ですっ!厳しい言い方なだけでナーデを、思ってきっと…うっ…ぐす…」
いきなり泣き出した。
本当に意味が分からない。
私の報告が疑われないか冷や汗をかくほど意味が分からない。
「よしよし、辛かったな。この女は本当に冷酷だし怖かったよな…。おい!思い出して怯えるほど怖がっているじゃないか!」
いつの話なのか…こっちはずっと見ていたがその令嬢はハジメマシテだ。
「申し訳ないのですが、私には何のことやら記憶にはございません」
冷静に返すマリエット様。
そうだそうだと応援したくなってしまう。
「ハッ!常々意地の悪いことをし過ぎて思い当たらないか!最低だな!」
そう吐き捨ててバカ王子と変な女は去って行った。
意地の悪いことなんて一つもしてないぞ!と心で毒付く。
おっと、時間を書かなければ。
あまりの意味のわからなさにうっかりするとこだった。
ふうっと大きくため息をつき、少しぼうっと立ち尽くすマリエット様…。
その表情は切ないのか、悲しいのか、疲れたのか…どれとも言える顔に見えた。
コッ…カラカラ…
私の落とした小石にパッと天を仰ぐ。
私のいる方向では無いところを向いたのでその瞬間の表情はハッキリ見えなかったが歩き出した表情はいつもの穏やかな顔に戻っていて安堵した。
ちなみにfは休憩で居なかったので、これは完全にアウトな行動だったけど怒られなくて済んだ。
――――――――――――
そして任務が明けて今日。
任務期間は昨日までだ。
今日の私は休みである。
影だとバレなければ街を歩いても良いし、酒さえ飲まなければ好きに過ごして良い。
酒は酔ってボロが出ると行けないという理由で基本禁止だ。
飲むときは寮の自室のみ、飲まない者もいること、など決まりがある。
なのでこうして貴族のパーティーを覗いていても酒を飲まなければ問題は無い。
影としての練習みたいなものだ。
何故パーティーを覗いているか。
その理由はマリエット様が気になるからに他ならない。
覗いているパーティーは卒業式後のパーティーだ。
トラブルがありそうなパーティー当日の前日、つまり昨日までが任務だなんて不思議でならない。
一番何かあるとしたらパーティーのはずだ。
そこの記録はいらないというのだろうか。
結婚前日まで…せめて学生時代最後の今日までなら王子の婚約者の身辺調査の延長で見習い影の訓練だったとも思えたのに何故昨日までだったのか。
今日のパーティーで何か分からないかと好奇心で潜んでいる。
しかし、さすが王子も居るパーティー。
何カ所かに先輩の影たちがいて問題が起こらないか王の目として働いている。
これは勉強になる。
心で先輩の動きをメモしていると挨拶と乾杯が終わりダンスタイムの前の歓談が始まったようだった。
そんな和やかな空気をぶち壊すバカ王子。
「マリエット!」と大声でマリエット様を呼び付けた。
友人らと歓談していたマリエット様は一瞬眉をしかめられたが慌てることもなく王子の前に歩み寄っていく。
「リーファルト殿下、流石に不躾だと存じます」
美しいカーテシーをしながらそう静かに言うマリエット様に王子は勝ち誇ったように指を指し言い付けた。
「侯爵令嬢マリエット・ディレッタ!卑しい心を持つお前は伯爵令嬢のナーデリア・ヤブルグを虐め、貶める行動をし続けた!そして先週階段で突き落とそうとしたらしいな!そんな恐ろしい女と結婚など出来ない!婚約は破棄だ!」
そう声高らかに宣言した。
バカ王子だと思っていたけど本当にバカだった。
「証拠はございますか?」
静かなマリエット様の問いにナーデリアが腕を突き出す。
「これは階段から落ちないように手すりにしがみついたときに捻ったのです!このケガが証拠だわ!」
本当のケガか嘘のケガか…なんにせよ何の証拠にもならない。
バカ王子とバカ令嬢が何だかんだと喚いているのを尻目にマリエット様は近くに侍従を呼び、静かに尋ねた。
「それは先週のいつの事でしょう?私の行動は全て記録が残っていますの。王様に影をお貸し頂いたので」
サッと顔色が変わるバカ令嬢とバカ王子。
「俺たちを見張らせたのか!?」
マリエット様が『私の行動』って言ったのにバカだ。
バカ令嬢も同レベルのバカらしい。
「影を付けたのは私自身にですわ。いつも覚えの無いことで攻められますから身の潔白を表明するためにお願いしましたの」
これは想定外だったのだろう。
二人揃って金魚のようにパクパクとしている。
顔色は青くなったり赤くなったり忙しそうだ。
「婚約破棄の了承は既に王様とお父様に得ておりますわ。で、私がいつ、何を、どうしたのでしょうか?」
シンとなっていた会場にマリエット様の声は良く響いた。
一時の静けさののち、会場はざわめきに包まれている。
ヒソヒソと、クスクスと、明らかにバカ王子とバカ令嬢を蔑み嘲笑している声々に二人はダンスタイムも待たずに去って行く。
そんな二人の背中を見送りマリエット様が「お騒がせしました。余興と思ってくださいませ」と挨拶すると会場は元の賑わいへと戻っていった。
ここまで見守り私の顔はニヤけて仕方が無い。
このために!
バカ王子に良からぬ言い掛かりで汚名をかけられないように!
マリエット様は影を望まれたのだ!
私の仕事が彼女を守ったのか!!!
言い知れない満足感で胸がいっぱいだった。
この日、私の記録がマリエット様を守った喜びを噛みしめながら私は眠りについた。
しかし翌日、私は呼び出された。
そこには123とfがいた。
「r、任務が明けたてのお前が何故呼び出されたか分かるか?」
何とも言えない表情でそう聞いてきたのは2だ。
まずい。
全く分からない。
黙っていると「はぁ」と大きくため息を吐かれた。
そして静かに口を開いたのは3。
「お前の影の任を解くことになった」
「はい!?」
流石に仰天だった。
昨日マリエット様は私の記録で救われたはずだ。
任務は成功じゃないのか?
驚きで固まっていると2が説明をしてくれた。
「お前は対象の呼びかけに応えてしまっただろう?訓練でも御法度だと伝えたハズだ」
ギクリと心臓が嫌な鳴り方をする。
空気の固まりを喉に押し付けられたような息苦しさと、自分が悪かったと思いつつチクったなとfを恨めしく思う心がムクムク大きくなる。
「fは悪くないからな」
そう言う1の言葉にまたギクリとしながら「もちろんです」と答えると今度は冷や汗が出てきた。
任を解かれて…私は消されてしまうのだろうか。
fは少し気まずそうに3の横に居る。
その顔はそういうことなのかと不安になる。
「処分を言い渡す」
そう1が言い、書類を何枚か渡され、私のその後の処遇が決まった。
1カ月後…
「レック、この人について調べてちょうだい」
マリエット様の指示が飛ぶ。
彼女は今、第三王子の婚約者だ。
第三王子はバカ王子たちより三歳下なのだが年上のマリエット様が婚約者となるのを歓迎し、受け入れた。
未来の王子妃は王宮の女主人である王妃様の片腕として人事に携わる仕事をしている。
「この方個人のみで宜しいですか?」
マリエット様に詳細を尋ねた。
そう、レックとは私のことなのだ。
コードネームがrだったから『レック』とマリエット様に名付けて頂けた。
私の処分は『王家の影』の解任。
それに伴い10年任期の報酬は無くなった。
それだけだった!
そして未来の王子妃の手足として動く従者になるよう新たな命を頂いたのだ。
今度は給料制である。
酒も休みの時は自由に飲んでいい。
バカ王子もとい第二王子はあの騒ぎで臣籍降下が決まり王弟とはなれない。
王太子の補佐として、王弟として残る王族は第三王子のみ。
つまり王子妃とはマリエット様だけを指すのだ!
あの石を落とし、存在を明らかにする行為で私は「影としての自覚無し」とされてしまった。
しかし1は技術を買ってくれていたらしい。
学生時代に見守っていたから彼女の素晴らしい人となりは知っている。
余り知らない国王よりも忠義を誓いたい存在に間違いない。
もしかしたら1にはそこまでお見通しだったのかもしれない。
今やマリエット様の為なら命を懸けても惜しくない気持ちがあるのだから。
そしてマリエット様も私を心から信頼してくれている。
小石を落としていたのが私だとご存じのようだ。
一度、聞き違えでなければ「私の弱さのせいでごめんなさい」と言われた。
その時はピンと来ず、何の事か聞き返してしまったが恐らくそう言うことなのだろう。
こうして表向きは従者、実情はマリエット様専用の影として私は今日も仕事に励んでいる。
「マリエット様、私は今の仕事が出来て幸せですよ」
出発前、そう言ってみた。
一瞬戸惑われたが私と違いすぐにピンと来られたようだ。
「ありがとう。結果として助かっているわ。今回も宜しくね」
敬愛するマリエット様から信頼されて笑顔まで!
最高の報酬を常に頂けているようなものだ!
こうして私は新しい仕事にとても満足し、日々邁進している。
さて!いってきます!!!




