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森の魔女の恋愛譚

私を捨てて帰国した王子と傾国の魔女

掲載日:2026/09/05

まだ薄暗い夜明け前、ノアール王国の高級住宅街の広い庭園の外周を猛スピードで駆けているのは、隣国アルバイン王国の第二王子エドウィン・アルバインとその私的護衛騎士。

彼は愛する妻、平民の彼女をアルバイン王家が認めなかったので実際は内縁の妻であるが、モルウィナと祖国を捨てて駆け落ちしてからのこの半年間、雨の日も風の日も休まずこうして身体を鍛え続けていた。


20周もする頃には日が昇り、街が動き出した音が聞こえてくる。

いつものように、彼は東屋に置いてある大きな柔らかい木綿の手拭いで汗を拭い、メイドが手渡してきた冷たい果実水をグイっと一息に飲み干して屋敷へと戻るのだった。


戻る途中で門番に『ご苦労』と声をかければ、いつも通りに新聞売りが彼に渡していた朝刊を手渡され、いつものように玄関から中へ入りながら一面に軽く目を通した。


「モルウィナ!モルウィナ!!モルウィナ!!!」


それは、ここ半年良く耳にする、屋敷中に響き渡るエドウィンの絶叫で、大きな屋敷の奥の寝室でまだ微睡んでいるモルウィナを現実の世界へと急ぎ連れ戻すものだった。


寝室の重厚な扉でさえ取れてしまいそうな程、バンバンっという大きな音を立ててエドウィンがドアを開けて夫婦の寝室に飛び込んで来たのを、まだ寝起きのモルウィナは半開きな目で見ていた。


「モルウィナ!これは、これはどう言うことだ!!」

そんな寝起きなモルウィナのことなぞ気にもかけずにエドウィンは手に持った新聞をバンバンと手で叩いて示し、モルウィナの顔へと押し付けてきた。


「ちょっと、ちょっとエド、朝の挨拶もなくどうしたのよ」

モルウィナは眉間に皺を寄せて新聞を手で払い除けながら、ベッドから起き上がった。


「どうもこうも無いじゃないか、何だこの内容は!これ、君と先日受けたインタビューの記事だ。だが、この内容は、」

一面を両手で持って広げて、モルウィナの顔にこれでもかと言うほど近づけて見せた。


『アルバインの第二王子は王太子のスペアという存在に深く傷付いていた』

『王子と言う属性ではなく自分自身を見て欲しかった』

『王族は冷たい関係。今思えばその関係は家族とは呼べない』


大きく太い文字で書かれたその言葉の数々は、エドウィンの胸に鬱積していた殿のような物であった。

だが、それは極親しい人、今であれば妻のモルウィナにだけしか伝えていない言葉で、

「こんなことを、私はあのインタビューで話してはいない!君が告げたのか、私に黙って、私の気持ちを!」

エドウィンは激昂し過ぎてブルブルと肩を震わせながらモルウィナへと詰問をした。


その様子を不思議そうにぼんやり眺めているモルウィナの姿が、より一層エドウィンの怒りに油を注いでいたがモルウィナはそんなこと頓着ない様子で答えた。


「ええそうよ、だってあなたの話した綺麗事じゃ、記事にならないもの。


新聞社が知りたいのは『王族としてしっかり教育をつけてもらった祖国に感謝』したことや『伝統的な価値観は1日にして成らず、尊重しなくてはならない自分のアイデンティティー』なんてことじゃないのよ。

生身の貴方の声を知りたいの、そしてそれを得るために高額な取材協力費を払っているのよ。


だから帰りがけに貴方が常日頃から言っている言葉を書き出した物を渡し私に渡してきた手紙を情報ソースとして添えたのよ。当然じゃない、これはビジネスなのよ。お金を対価に頂くのだもの真摯に対応すべきよ」


然もあらん、そう言う顔をエドウィンに向けて諭すように言うモルウィナは、昨夜自分の腕の中で甘く乱れていた愛おしい妻から遠く離れた何か別の奇妙な存在のように見えた。


「信じられない、この記事の内容は世界中にすぐに広がる。本国のアルバイン王国にも今日中には伝わるだろう。そうしたら私の、王子としての私の立場はどうなる、どうなると思ってるんだ!」

エドウィンは顔を青くしながらブツブツと呟いた後、急に顔を真っ赤に染めて激昂して叫んだ。


「何言っているのよ、エド。

あなた『王子の地位よりモルウィナと一緒に過ごす人生を選びたい』って。

『ただの男で在りたい』って言ったじゃない。

『王子で無く、君を愛するただの男を愛してくれるか』って貴方が聞いたから『貴方を愛するわ』って選んだのよ。

今更、王子の立場って何?貴方はそれを捨て、祖国を捨てて私と駆け落ちしたのでしょ」

モルウィナはいつも甘く優しく蕩かすエドウィンが、自分を断罪している姿に驚いて言い返した。


「そりゃあ、そう言ったけれど。物事には本音と建前ってあるだろう。

言って良いこと、悪いことがあるだろう。本人の了承もなく勝手に気持ちを代弁するなど、況してや君に宛てた手紙を新聞社へ渡すなど、ひどい裏切りだ!


君、いくら平民だったとしても、そんなことしてはいけないなんて言うのは当たり前じゃないか。

いや、これだから、そんな君だからこそ、王宮へ婚約者として招いた時に、私の側近たちや王宮の使用人たちにから苦言を呈されていたのか!私は騙されていた、君は私の王子と言うブランドに目が繰らんでいたと言うことか!ハハッ」


モルウィナの話半分で自分の想像で話を纏め出して、結局冷たく嘲笑をした。


その顔は、王宮で世話役の侍女やメイド、エドウィンとの連絡係の侍従から何度と無く浴びせられた気分の悪いもので、彼らから幾度と無く繰り返された嫌がらせを思い出して、


「だったら貴方、貴方こそ!王都一の歌劇団『劇団ウィッチ』の看板女優と言うそのネームタグに惹かれてすり寄ってきたんじゃない。貴方が何度も何度も、王立劇場の支配人に命じて私との面会を希望したのでしょう?ブランドに目が眩んだ?王子に?だったら王子で無くなった今の貴方と一緒にいる方がおかしいじゃない」

モルウィナは大きな碧い目から大粒の涙を溢しながら大声で言い返した。


歌劇団の看板女優の声量は大柄な体躯のエドウィンの比では無く、それは風に乗って周辺の邸宅へと運ばれた、がそれには二人とも気がつきもしない。


歌劇団『劇団ウィッチ』はモルウィナの父親アーサーが主宰している劇団で、モルウィナが生まれる前には弱小劇団であった。

劇作家兼大道具兼俳優兼切符のもぎり、一人で何役もこなしていた父は慢性的な疲れから体調を崩し、治療院に運ばれた。

そこで異国からの移民の、民間治療師として働くモルウィナの母セレネと知り合って恋に落ち結婚することになったのだが、モルウィナが2歳になる頃にはお互いの価値観の違いが大きくなって、ある日セレネはモルウィナを連れて居なくなってしまった。


それからモルウィナが15になった時『劇団ウィッチ』を訪ねてきたことで、父娘は再会したのだった。


妻子に去られたアーサーは、その自身の体験を戯曲『風と共に去った魔女』にしたところヒットして、人気の劇団となっていた。


豊かな黒髪に紺碧な瞳の美しい娘を自慢したいからか、人気が出ると見出だしたかはわからないが、そこに妻と去った魔女の子モルウィナが帰って来たと、かつての戯曲に絡めたコピーでアーサーはちょいちょいと端役で娘を舞台へ出すようにして、目論見通りに評判を上げた。


暫くして、モルウィナが女優として認知された頃、劇団の新進気鋭の脚本家トーマスがモルウィナを主役にして書いた『奥さまは魔女っ子』と言うコメディーが空前の大ヒット。

劇場は、平民が観劇する小さなホールから徐々に大きくなっていき、とうとう2年も経つ頃には王立劇場と言うアルバイン王国一の格式ある劇場で上演するほどとなり、モルウィナは王国一有名な若手女優として名を轟かせたのだ。


当時のモルウィナには王国で有数の大商会の会頭やその子息、下位貴族からも声がかかる程の人気で、多くの男達が彼女を娶ろうと蠢いていた。

しかし所属する劇団の主宰である父親が上手に避けて断ってくれていたので、意に添わない婚姻に煩わされることもなく、演劇と王都での生活を楽しんで過ごしていた、のだが、王立劇場の支配人から度々第二王子との面会を勧められるようになると、さすがにそれは躱すことが出来ずに、有名な会員制のレストランで会うことになったのだった。


今までモルウィナが行っていたレストランとは何もかもが格段に上なのがわかる豪奢な部屋で、王子から贈られた驚くほど高級な布を幾重にも重ねられたドレスを着て会えば、彼は躊躇すること無く膝をついてモルウィナの手を取ると、

「あああ、私の愛しの魔女っ子サマンサ、とうとう会えた。この感動を、胸の高鳴りを、どうしたらあなたに見せることが出来るのか」

とか舞台俳優も真っ青な大袈裟な口調で仕草で表して、その手の平に本当にキスをした。


女優ではあれど初な雛鳥モルウィナは、その瞬間に恋に落ちて、劇団も親も友人も全て投げ捨てて王子との愛を選んでしまったのだった。


平民ではあるが人気爆発中の女優モルウィナと王子の恋は王国では初め大いに注目され、受け入れられた。アルバイン王家も二人の婚約を内々には認めるとモルウィナにも、その父アーサーにも告げていた。

告げていたのだが、婚約者になる前に招かれた王宮で、数々の嫌がらせをされたモルウィナはエドウィンとの正式な結婚に消極的になっていったのだった。


決定的だったのは、国王の在位20周年を祝う祝賀パーティーに招かれた時、王候貴族が着るようなドレスに疎いモルウィナは薦められるがまま、白地に細い青色のストライプ柄のデイドレスを着てパーティーに挑んだ。

するとそれと全く同じドレスを着た、王太子妃が居たのだった、会場に。


会場ではコソコソとモルウィナを非難する声がそこここで上がり、王太子妃は挨拶も返してくれなかった。

それはモルウィナの確認不足、そう言うことなのだそうだ。

確認するのならば、どのドレスを王太子妃は着ますかと誰に確認すれば良いのか、とその場でモルウィナに付き添っていた侍女や侍従に聞けば、次の日には、

「モルウィナが使用人を苛めた」

「王太子妃と同じドレスを選んでおいて使用人のせいにした」

「人前で叱責をした」

と、誹謗中傷がなされて、あっという間に人気女優から偏屈魔女へとその存在を変えられてしまったのだった。


「聞いているのか、モルウィナ!君のせいで私の評判は地に落ちた。それでも君と共にあろうとしている私の気持ちに寄り添いもせず。お金お金と金の為に私の地位を売り渡したのだぞ!」

エドウィンから浴びせられる侮辱的な言葉に、モルウィナは泣きすぎて遠くなっていた気が戻ってきて、


「お金お金、お金の為にと言うけれど、私には広すぎると思われるこの屋敷、貴方曰く『たった17室しかないこんな小さな仮初めの家』も『自分の手足として使役する為のバトラーもメイドも護衛騎士』もその『柔らかく肌を傷付けない手拭いも体型維持用の運動着』も『貴方の時間潰しの為だけの会談費用』も馬車もスーツもピカピカな靴も全て私のお金で用意した物でしょう?


貴方は駆け落ちする時に金貨一枚すら持たずに出てきたのだもの。そのお金だって無限にある訳じゃないのに、新規事業の投資だなんだと次から次へと持ち出して、もう私の備えもすっからかんなの。


どうするの?って聞いたら貴方、『君の言う通りになんでもしよう』って言ったじゃない。だから昔の伝を使って新聞社のインタビューと言う割りの良い仕事を取ってきたのに、貴方ってばつまらない話を偉そうにして。そんな話を聞きたいんじゃないのよ、平民貴族王族みな関係無いの、みんなが聞きたいのは『他人の不幸』なのよ。貴方の『不幸』は『蜜の味』その蜜にお金が支払われているの。


貴方言ったじゃない、私を何をしても幸せにするって。その為に捨てた王子の地位を使って何が悪いのよ」


モルウィナは心の底からわからなかった。

モルウィナは着る物も住む所もどこでも良かったし、使用人なんて他人が生活圏に居られる方が窮屈で息が詰まる。

況してや、金もない地位もない血筋だけの王子に護衛騎士が居るの!?と何度も何度も尋ねたけれど

「護衛が居なければどこにも出掛けられないじゃないか」

と騒ぐのでまた伝を使って頼んだのだが『誰にも縛られずにどこへも行って自由に過ごしたい』と言う希望は何だったのか。


「いい加減にしろ!金金金!私が、私が、私が!

お前のような平民には私の気持ちは理解されないんだ!お前のせいで、王子足る私がこんな貧相な生活をさせられて!もうたくさんだ、お前の自己顕示欲の為に使われるのはもうたくさんだ!


お前なんてもう愛してなんかいない!いや初めからお前に騙されて愛していると勘違いさせられただけだったんだ!もう、お前とは一緒にいられない、私は祖国へ帰る!」

裏返った大声で喚き騒ぐと、護衛を連れて部屋を出て行った。


モルウィナは寝て起きて始まった悪夢のような騒動に、ひどく心を傷つけられてオイオイと声を上げて泣いた。

その中、モルウィナが用意した馬車に乗り込んだエドウィンが屋敷から出ていく音がバタンバタンと聞こえたが、追いかけることも見つめることも無く、ただ泣き濡れたのだった。



日が暮れて、真っ暗な部屋の中。

どうやらバトラーもメイドも護衛騎士も、共にエドウィンと出て行ったらしく、女主人の部屋に灯りを点す者も居ない。


泣き疲れて眠ってしまったモルウィナは、重く痛む頭を持ち上げて暗闇を見つめた。

暗い部屋に浮かぶ二つの金の光。

瞬くと、シュッと風切り音が響いて部屋からモルウィナの姿は消えて失くなった。


大樹の裾の深い森。

その入口に降り立ってモルウィナは深くため息をついた。

森の中からは数多の金色が二つずつ彼女を見ていた、嘲りでも誹謗でも無い優しさを湛えた金色の眼。


ここは太古の昔から魔女の森と呼ばれる地。

魔女はここで魔女から生まれ、成人すると子種を探しに人間界へと旅立って、多くの魔女は人間との恋を終えてこの森へと帰って来ると、ここで一人子を産むのだ。


アルバイン王国の人気女優、黒髪碧目のモルウィナはもうどこにも居ない、居るのはモルウィナを慰労するように回りを囲む魔女たちと同じ赤髪に金目の魔女モルウィナだけ。


「お帰りモルウィナ、さあさあお祖母様の、大魔女ニムル様に会いに行きましょう」

森の中からモルウィナに良く似た顔立ちの女、母のセレネがやって来てモルウィナを抱き締めた後、手を引いて森の奥深くへと向かって歩き出した。

二人の後を、同じ色味の女達がぞろぞろとついて行った。


大樹の根元に調度良い具合の空洞(うろ)に赤髪金目のモルウィナ、セレネに似た顔立ちの女が足をブラブラさせて座っていて、モルウィナを見つけるとニヤリと笑いかけた。


「お帰り、モルウィナ。散々だったろう。魔女の夫に王子はダメだと向かう前に教えてやったろうに。なんでダメな方を選んじまうのかねえ」

大魔女ニムルが自嘲めいた口調で話しかけた。


「ただいま帰りました、お祖母様。森のみなからの忠告を聞いていたのに、お祖母様と同じように王子の手練手管にやられちまいました、トホホ」

モルウィナが眉を下げて情けない顔をしてニムルに返事をすると、次の瞬間、転移したニムルにギュッと抱き締められ優しく背を撫でられて、それが祖母から孫への慰めだとわかってモルウィナは枯れたと思っていた涙がまた湧き出てきて、エンエンと子供のように泣きじゃくったのだった。


その様子を二人を遠巻きに囲って見ている他の魔女たちも、自分の過去を思い出したように涙ぐむ者、苦笑する者、まあまあそんな時もあるさあねと明るい言葉を呟く者と様々なれど、みなモルウィナを労りの気配を醸し出していた。


やっとのことで泣き止んだモルウィナに、ニムルが

「あんた、途中までは良い感じだったのに。あの時、選ぶなら劇団のトーマス・バネットだっただろうに。選りにも選って王子なんて属性に行くかねえ。王子の名札に目が眩んだ訳じゃなかろう」

そう問いかけ、母のセレネも

「折角、アーサーに手紙で『変な男が寄り付かないようにモルウィナを頼む』って書いといたのにね。途中まではあの人の頑張りで上手く行くかもと思ってたのに」

そう小首を傾げたのだった。


「だから言ったろう、魔女の夫で上手く行くのは『木こり』か『猟師』か『鍛冶屋』って相場は決まってんだよ」

ある魔女が笑いながら声を上げれば、そうだそうだと合いの手がかけられた。


「最近じゃ『作家』『作曲家』なんてのも良いみたいだけどね」

「兎に角『王子』はダメだ。王子っつー生き物は弱っちくて人の言うことを聞かなくて何も役に立たない」

別の魔女が次々に話し出して、そうだそうだとまた合いの手が上がった。


「面目ないね、私の血筋かねえ。さあて、モルウィナ。あんたの恋の顛末をみんなにお裾分けしておくれ」

「はい、お祖母様。お願いします」

大魔女ニムルがまた大樹の空洞(うろ)に戻ると手を軽く振って、モルウィナに魔法をかけた。


モルウィナの身が七色に光輝いて、その光が天に昇って暫くすると、綺麗な小さな飴となって魔女たちの周りに、一粒一粒、赤青黄色、オレンジ、水色、紫、白にピンクに黄緑と色とりどりの飴がゆっくりと落ちてきて、魔女たちはそれぞれ好きな色を手に取ると味わうのだった。


最後の一粒は、焦げ茶色の飴で、それをニムルが摘まんで口へと放り込んだ。

「ああ、これは珈琲味だね。甘くてほろ苦い、懐かしい恋の味だ」



アルバイン王国へと帰ったエドウィンは、そのまま王宮へと向かった。

王宮の門番に阻まれて、中へと招かれることは無かった。

そこで、王都の宿泊所に当座の居を構えて、手紙を国王である父へと宛てた。母へと宛てた。兄へと、義姉へと宛てて、その中身は、一様に同じで、

『平民の女に、女優に拐かされた。その行いは若気の至りだった、後悔している。王族に戻りたい』

そう言う身勝手な物だった。


何度、何通手紙を出してもいっこうに返事が無く、困ってかつての側近だった貴族に宛てて同じ手紙を何通も出した。

何通も何十通も出している間に、王都一の歌劇団『劇団ウィッチ』で当代一の劇作家となったトーマス・バネットが新作『捨てられ魔女と帰国した王子』を発表して話題となった。


その話は、王子と駆け落ちした奥様魔女っ子が生活全般を、生活に係る全ての費用も手配も愛情が故に面倒をみて王子の我儘を許して尽くして暮らしていたそれなのに、魔女のお金が尽きると働くのが嫌な王子は自分は魔女に騙された被害者なんて酷い言葉を投げつけて、結局、魔女っ子を捨てて帰国してしまう。


どこかで聞いたことのあるような、既視感のあるコメディーで、主役の二人の台詞の掛け合いが秀逸だと高く評価されて、毎回切符は売り切れて、どうしてもみたいと裏では高値で売買されるようになるほど、爆発的な人気が長く続いた。


当然、この話が劇団の元人気女優と第二王子をもとにしているだろうことは想像に難くなく、その上、捨ててきた隣国の屋敷にモルウィナの姿は無く行方知れずとなっていて、王都での仮初めの生活費も、使用人の給料も劇と同じようにモルウィナの王都の銀行から勝手にに引き出されていることが銀行家のタレコミで知れ渡って、お金に困ったエドウィンが人気女優とは言え平民のモルウィナを殺して奪ったのではないか、なんて真しやかな噂が立って、かつての王宮での陰湿な嫌がらせの話も広がって、王家としても見過ごせなくなっていった。


噂の当人エドウィンは仕事も社交も何もしていないから、王都でそんな噂が広がっているなんて知りもせず、今の生活費がどこから出ているかも気づきもせずに、ただ自身の身の上を嘆いた手紙を性懲りも無くせっせと手当たり次第の知人に送る日々。


ある日、王宮から迎えの使者が来て、やっと自分の話がわかって貰えたと喜んで、王都に帰って来てから誂えた一張羅を着て馬車に乗り込んだ。


その馬車は王宮を横目に、通りすぎたので、

「何をやっている、通りすぎているではないか!」

と車内で激昂して、御者席側の壁をどんどんと叩いて叫んで知らせたけれど、止まりもせず返事も無く、北へ北へと進んだのだった。


朝早く宿を出た馬車は日が暮れる頃、王都の北の外れの離宮の更に北側の塔の前に着いて止まった。


外から扉を開けられると、屈強な護衛騎士が何人も待ち構えていて、猿轡をさせられ後ろ手に縛られながら、塔を上へ上へと昇らされた。


塔の最上階の部屋に着くと、そこには両親と兄が待ち構えていて、じろりと冷たい視線を向けられた。

乱暴に向かい側に椅子に座らされると羽ペンを握らされ、

「王位継承権を破棄する旨署名せよ」

そう兄の王太子に命じられた。


ウガウガと言葉になら無い悲鳴じみた声を上げて抵抗すれば、バシンバシンと母の鉄扇がエドウィンの両頬を強く打った。


「嘆かわしい。お前の仕出かした浅慮のせいで王家の求心力は地に落ちて、隣国だけでなく周辺国からも関係を見直すと厳しく詰められていると言うのに。なぜ生き恥を晒している、王族の矜持は無いのか」

父からも冷たく言い捨てられた。


王位継承権破棄の署名を書かねば護衛に棒で打たせると、棍棒を持った護衛が横に立った。

その顔を見上げれば、毎朝一緒に走り込みをしたあの男であった。


エドウィンは高い塔の上で空を見上げて過ごしている。

当初は気が滅入ったり過去を思い出して発狂したりするので、心を健やかに保つ薬を定期的に接種することになったので、今では延々と同じ角度で見上げて、見続けている。


『劇団ウィッチ』の演劇は長く評判になったので、周辺国で上演するツアーに出て行って、どこの国でも評判を得て、それに反比例するようにアルバイン王国の評判は下がっていった。


第二王子を御せなかった責任を取って、国王夫妻が退位し、兄の王太子が王位に就いたが風当たりは依然として厳しく、伝統的価値観を大切にすると言えば聞こえは良いが、人気女優を笑い者にして追い出した閉鎖的な差別的な国柄だと見られてアルバインの貴族たちも冷たい視線を向けられている。



大樹の裾の深い森。

そこは魔女が暮らす魔女の国。

モルウィナはその腕に、生まれたばかりの小さな娘を抱いて顔を覗き込んでいた。

魔女が生むのは必ず娘。

髪は赤毛で瞳は金目。


ふくふくとしたその頬をそっと指で撫でると、視線をさ迷わせながら赤子が金色の目を開けた。

「あなたは愛し、愛される素敵な人を選ぶのよ」

モルウィナは優しく微笑んで、頬にそっと口づけを贈る。


魔女たちはみな同じ願いを願い、子を生み育てる。


どうかこの子が愛する伴侶をえられますように。

その相手から愛されますように。

愛が枯れることの無いように、永遠に叶えられますように。













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