天才伯爵令嬢と優しい第三王子と婚約破棄
「イリアス!貴様との婚約を破棄する!貴様がライラにした悪事の数々、決して見逃すことはできん!」
壇上で、カイル侯爵令息がライラ男爵令嬢の手をギュッと握りながらそう叫ぶ。その目の前にはイリアス伯爵令嬢。
また婚約破棄か。
僕は心の中で、深くため息を吐く。
グロード王立学園では最近婚約破棄が流行病のように広がっている。
それもこれも一番始めに婚約破棄を行ったアシュル公爵令息のせいだ。普通、親の同意なく婚約破棄などしよう物なら、親から罵声を浴びせられ、運が悪ければ勘当だってあり得る代物だ。それなのにアシュル公爵はその息子が婚約破棄をした際「子供のすることだから仕方があるまい」といい、加えて婚約破棄される相手側に問題があると言い放った。有力貴族の発言の影響力はすさまじく、そのうち婚約破棄される側にも問題があるというバカみたいな理論が、そこらかしこで有力論調のように展開されるようになり、一部の勘違いした者達が本当に婚約破棄を起こし始めてしまった。
本当に止めて欲しい。その婚約破棄で起こった問題に対処するのは、グロード学園生徒会会長の僕なのだ。周囲に押しつけられ嫌々やっているとは言え、僕が対処しなければならないのだ。
婚約破棄する令息は基本自己陶酔していて何言っているかよく分からないし、令嬢側は寡黙が美徳と教育されてきた影響でだんまりを決め込むことがしばしばある。その所為で、話がうまく前に進んだ試しが一回もない。
本当に止めて欲しい。
「ライラの教科書に悪口を書き、気に入らないからと階段から突き落としたのはお前だろ!」
「違います」
カイル侯爵令息が息を荒げるのに対し、イリアス伯爵令嬢は至って冷静に、素っ気なくそう返す。
「証拠だってあるんだぞ!」
「証拠……ですか」
「そうだ!」
カイル伯爵令息はそう言うと、懐から大量の紙を取り出し上空に向かって思い切り放り投げた。放り投げられた紙達はバラバラにひらひらと舞い、会場の至る所へと飛んでいく。
ちょうど僕の足下にも一枚紙が舞い降りたので拾い上げる。それは売春婦だのアバズレだの罵詈雑言が書かれた、教科書の1ページだった。
教科書のお金も民の税から来ていると言うのに、もったいない使い方をするものだ。
「これはライラの教科書をの一部を切り取った物だ!ここに書かれている悪口の筆跡が、普段貴様が書いている筆跡と酷似している。これは紛れもなくお前が書いた物だろ!」
手元にある紙に書かれた文字はとても綺麗だった。全ての文字のインクが左から右に擦れている事を除けば、それこそ教科書のお手本に載るような綺麗な罵倒の文字だった。
筆跡なんて頑張れば偽装できる物ではあるが、それでも証拠がないよりは説得力がある。会場の中にはカイル伯爵令息の言葉に頷く者も少なくなかった。
「私左利きではありませんよ?」
「は?貴様何を言っている!証拠を突きつけられて気でも狂ったか!」
「いえ証拠のお話をしております。皆様お手元の資料を御確認ください。文字のインクが左から右に擦れているのが分かるかと思います。これは左利きの方のみ現れるインクの擦れです」
今度は会場がイリアス伯爵令嬢の言葉に頷く番だった。確かにいう通り全ての文字が左から右に擦れている。これも筆跡同様、捏造などでどうとでもなる類いではあるが、カイル伯爵令息側が提示した証拠を予見して捏造していたと考えるのは不自然だ。
「そ、それは貴様が左手で書いたのだろう!それが左手で書かれた物だとしても、筆跡が似ている事に変わりはないのだから!」
「カイル殿。左手で書くと角度や腕の筋肉量が変わるため、筆跡は右手と異なりますよ」
イリアス伯爵令嬢のその冷静な言葉が決定打となった。会場からカイル伯爵令息への罵倒が飛び交い始める。もうカイル伯爵令息の味方はいない。一方的に証拠を突きつけられていた状態から一転、イリアス伯爵令嬢を疑う者はもういなかった。
す、すごい。思わず「ブラボー」と叫びたくなってしまった。
瞬間的な頭の回転の早さ。洞察力。どれをとっても素晴らしい。
もしかしたら、この令嬢なら今僕が抱えている問題も解決してくれるかもしれない。
*****
証拠だなんて何を出してくるのかと思ったら、あんなお粗末な物だなんて。
私は先ほどの出来事を思い出してクスリと笑う。なんだか周囲のバラも笑っている見たいに花開いている。
私がしっかりと事実を否定した後、会場はカイルへの紛糾場となった。そんな場所にいてもしょうがないので、当事者の身ではあるが、私は学園の庭園へと避難してきたのだ。
「イリアス嬢。今お時間大丈夫ですか?」
ふと後ろから声をかけられる。
振り返るとそこにはエアル第三王子がいた。エアル王子は優しさが故に、王族便利屋などと呼ばれている。どんな面倒くさいこともとりあえずエアル王子に頼んでおけば良いと、生徒どころか教師にもそう思っている人がいるのだとか。
「大丈夫です。どうかなさいましたか?」
「実は……先ほどの光景を見て、君のその頭脳に惚れてしまったんだ」
「そ、そうですか」
「それで、その、是非その頭脳を貸して欲しいなと思って。もし良ければ婚約破棄が横行している現状を変える方法について、片手間でも良いから考えてくれると嬉しいなぁと」
エアル王子は目線を逸らしながらそう言った。
人に何か頼み事をするのに慣れていないのか、どこかしどろもどろだ。
「そうですね……今パッと思いつくのは1つしかありませんが、少し考えて見ます」
「1つ思いついてるの!?」
エアル王子は私の発言に目を輝かせる。
「私ならまず事の発端となったアシュル公爵令息に重い罰を与えます。そうすれば後に続く者など出ようはずがありません」
「だけどそんな罰を与えるなんて権限僕にはなくて……そもそも公爵が味方をしてしまってるので、残念ながら僕なんかでは太刀打ち出来ないのです……」
「生徒会会長には生徒会メンバー任命権があるではないですか。それに拒否権はないのですから、アシュル公爵令息を生徒会メンバーにし、誰もが嫌がる仕事を押しつけ続ければよいのです。例えば……社会貢献として公衆トイレの掃除をひたすらさせるとか。それであれば学校内の話。公爵がしゃしゃり出ることはできません」
私の言葉にエアル王子は「なるほど!」と感嘆の声を上げる。
「ありがとう!おかげでなんとかなりそうな気がするよ!」
エアル王子は満面の笑みを浮かべる。
純粋にここまで自分の能力を褒められたのは初めてだ。基本女性は寡黙が美徳とされる世界で、女性に頭の良さは必要ない。むしろ不要な物だ。私が何か口出すたび、周囲は私の事を腫れ物扱いした。それなのにこの人は、私の事をまっすぐに見つめて褒めてくれている。
「あと、本当にもし良ければなんだけど……」
エアル王子は申し訳なさそうにそう切り出す。
「もし気が向いたら、是非生徒会に入ってくれないかい?――気が向いたらでいいんだ!全然無理しなくて良いんだけど……」
エアル王子はやっぱり頼み事に慣れていないのかしどろもどろにそう言う。
生徒会会長にはメンバーの任命権があるのだから、それに拒否権はないのだから、一言任命すると言えばいいだけなのに。なんて不器用な人なのだろう。
でもそんな不器用なところがこの人の一番の魅力なのかもしれない。
「喜んでお受けいたします」
その発言に、エアル王子は目を輝かせて喜んだ。
私はその純粋な輝きが、とても眩しくて、思わず目を細めた。
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