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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

なれてしまえば日常

臆病な父の願い

作者: 夜乃桜
掲載日:2026/02/21

降り注ぐ雪を、炎が飲み込む。

ゴウゴウと燃える屋敷を背に、傷だらけの男が娘を抱きかかえていた。

抱きかかえる娘の体から血が流れていた。刃物によって無残にやぶれた、娘のお気に入りの白と青の寝巻きは、男と娘の血で紅く染まっていく。


「………どうして…」


男は呆然と呟く。

娘はこんなふうに死んでいくはずじゃなかった。こんな形で殺されるはずではなかった。屋敷から出ることなく、娘は短い一生を終える。そのはずだった。

だから、男は人里から離れた場所で、ひっそりと隠れるように、娘と二人で暮らした。妻を殺した連中に娘が狙われないようにしていた。


「……お……とう…さま……」


娘の手が父親である自分にのばされる。


「っつ……!」


男の眼から涙が零れる。

男は娘の世話を〈使い魔〉に任せていた。娘が長く生きることが出来ないとわかっていた。それなのに、男はその時まで、娘と一緒に生きようとしなかった。

身勝手な父親だ。死にゆく娘に向かい合うことが怖くて、研究に没頭するフリをした。自分が娘の運命を歪めてしまったことに向き合わない、最低な父親。

それなのに、娘は自分を父と呼んでくれた。いつだって、娘は自分を父と慕ってくれていた。


「すまないっ!すまないっ!」


男は娘を強く抱きしめる。自分の因果に、娘を巻き込んでしまった。

かつて男は身勝手で、目的のためなら人を傷つけることを厭わない最低の人間だった。外道の手を染めていた男は生まれ育った『世界』に追われ、この『世界』に逃げてきた。

そんな逃げ出した『世界』で、彼女に出会った。その彼女が亡き最愛の妻。人として欠陥していた男に、人としての生き方、ぬくもりを彼女は与えてくれた。人として生きることを、男は出来るようになった。

彼女は男と共に生きることを選んでくれた。彼女と夫婦となり、彼女が男との子供を宿した時は、涙を流して男は喜んだ。我が子の誕生を心待ちにしていた。

それなのに、男が共に住まう、〈血の女神〉の一族である妻の里が襲撃された。最愛の妻は殺されてしまった。

〈血の女神〉の巫女であった妻は殺されたことで、血に飢えた、狂った者に成り下がった。怒りで〈血の女神〉に連なる血族である妻の一族を滅ぼしにきた者どもを殺した。そして、自ら命を断った。

それが男には耐え切れなかった。己の研究成果で妻を生きかえようとしたが、妻は生きかえらなかった。

男が絶望したその時、妻の腹にいる子供が、まだ生きていることに気がついた。だから、男は妻の腹を裂いた。

死にかけて、異形になりかけていた娘を、無理矢理に人として生かした。

もう独りにはなりたくない。そんな自分の身勝手な願いで、娘を無理矢理引き留めた。

そのせいで、娘は苦しんで、生きることになった。あの時、娘を人として死なせてあげるべきだったかもしれないと、男は後悔した。もう娘を自由にしてやろうと考えていた。

それなのに。


「……生きてくれ」


男の眼から涙が零れる。

これが身勝手な願いだとわかっている。自分はまた過ちを犯そうとしているのかもしれない。それでも男は強く願った。

恨まれていい、憎まれてもいい。娘には死んでほしくなかった。本当は生きて欲しかった。

だから、男は娘の心臓に手を伸ばした。



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