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『有効化、保留中』  作者: 月見酒
管理局長ルカの事後承認(ポスト・アクチュアル・ライツ)
38/39

最終話:完結:承認待ちの終焉(ファイナル・ログ)


■ 序:極限演算の果てに

 神域の最奥、白銀の玉座。そこはもはや、個人の思考が許される場所ではなかった。

 一万二千五百人の事務官たちの残留思念が、ルカの脳細胞を演算回路として強制使用し、絶え間なく世界の存続をシミュレートし続けている。ルカの視界には、現実の風景と重なるように、無数の「可能性の奔流」が極彩色のノイズとなって吹き荒れていた。

 正面のモニターには、神域の絶対障壁をこじ開けようと死力を尽くす三人の姿が映る。

 アルトが絶叫し、その一振りに全因果を乗せて空間を叩き切る。セレスティーナが血の涙を流しながら、ルカという名の個人を召喚するための禁忌の祈りを捧げる。ファルマが帝国の全遺産を燃料に変え、神域の論理構造を物理的に焼き払おうとしている。

「……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……そろそろ、……インクが、……切れますね。……」

 ルカの右腕から、光の粒子が剥がれ落ちていく。「管理局長」という役割が、ついにルカという人間の魂を底まで食い尽くそうとしていた。彼は消えゆく意識の中で、自身が辿り得る「三つの断層エンドパターン」を、走馬灯よりも鮮烈な多重事象として脳内に展開した。

■ 断章Ⅲ:【共依存の檻(心中エンド)】

 それは、ルカが三人の「非論理的な執着」に屈し、神域の門を開放してしまった未来。

 侵入した三人は、ルカを抱きしめる。だがその瞬間、ルカが一人で背負っていた「世界の負債」が、接続された彼女たちの魂へと逆流を始める。

「……ああ、これでもう、離れませんわ……ルカ様……」

「……ああ……。……わたくしもだ。……もう、誰にも……貴様を渡さん……」

 三人は、人間であることを辞める。ルカという核を中心に、彼女たちの存在が溶け合い、世界を支える巨大な「心中の歯車」へと変質していく。

 神域の外側では、彼らの名も、顔も、愛も、すべてが「なかったこと」として歴史から抹消される。誰もいない、誰も知らない、白銀の箱庭の中で、四人は終わらない残業に従事し続ける。

 互いの体温だけを唯一の「正解」として、壊れゆく世界を繋ぎ止めるための、永劫の抱擁。

 ――それは、救済という名の、最も甘美で凄惨な「心中」の形。

■ 断章Ⅳ:【概念の残滓(昇華エンド)】

 それは、ルカが徹底して「管理者」としての冷徹さを貫き、三人を現世へ突き放した未来。

 ルカは自身の「名前」「顔」「三人と過ごした五百万秒の記憶」を、すべて神域の運営システムへ返納する。彼は完全な無色透明の「ことわり」へと昇華し、一人の人間としての死を迎える。

 平和になった地上で、三人は「大切な何かを忘れている」という、癒えることのない喪失感を抱えて生きることになる。アルトは折れた剣を見つめて立ち尽くし、セレスティーナは誰に捧げるでもない祈りに咽び、ファルマは空位の玉座の前で、かつてそこにいたはずの「有能な男」の幻影を追う。

 彼女たちの頭上で、姿なき局長はただ淡々と、彼女たちが踏み出す一歩一歩を「正常」として承認し続ける。

 ――それは、管理局長ルカが全うする、最も純粋で、最も残酷な「職務」の完遂。

■ 断章Ⅴ:【再雇用の旅路(解体エンド)】

 それは、ルカが神域というシステムそのものを内側から爆破・解体し、因果の負債を自分の魂ごと精算した未来。

 神も、管理局も、決定された運命もない「人間の時代」が始まる。引き換えにルカの魂は砕け散り、記憶も権能も持たない一人の「名もなき赤子」として、地上の片隅に転生する。

 三人は、わずかな因果の残り香を頼りに、その赤子を探し出すためにすべてを捨てる。

 何十年、何百年かかろうとも、彼を再び「自分たちのルカ」として再雇用さいかいするために、彼女たちは世界を放浪し続ける。

 いつか、道端ですれ違った名もなき旅人の瞳に、かつての事務官の面影を見つけ、その袖を掴むその日まで。

 ――それは、地獄の果てにだけ存在する、最も不確実で、最も眩い「希望」への賭け。

■ 終幕:【有効化、保留中】

 三つの断層が、ルカの瞳の中で激しく明滅し、静かに、しかし重く沈殿していった。

 ルカの身体はもはや透き通り、指先の感触すら消失している。彼は最後の力を振り絞り、神域の最終実行画面を呼び出した。

 そこには、三つの異なる終局を指し示すコマンドが並び、不気味にカーソルが点滅している。

 ルカは、その決定を自ら下すことを止めた。

 彼は、因果のさらに外側――この血とインクに塗れた記録を、一文字たりとも逃さず「観測」し続けてきた存在へと、最期の視線を向けた。

「……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……監査、……終了です。……。

 ……。

 ……。

 ……」

 ルカは、血に汚れた万年筆を、そっと「画面」のこちら側へと差し出した。

 それは、彼が一生をかけて書き綴ってきた、膨大な残業代の領収書。あるいは、一人の人間としての、最後で最大の「わがまま」だった。

「……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……私には、……選べませんでした。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……私の『愛』が、……どれか一つを確定させることを、……拒んでいるのです。……。

 ……。

 ……」

 ルカは微かに、本当に微かに、満足げな微笑を浮かべた。

 

 神域の空間が、眩い白光に包まれていく。

 ルカの姿が、その光の中へと完全に溶け、最後のシステムログが貴方の眼前に表示された。

 そこには、彼が愛した三人の、そして彼自身の、確定されない未来の名前が刻まれていた。

[Status Update: Transaction Pending...]

[Final Command:]

『有効化、保留中』


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