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『有効化、保留中』  作者: 月見酒
管理局長ルカの事後承認(ポスト・アクチュアル・ライツ)
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第14話:一括保留(サスペンド)、あるいは不適格な感情の凍結


■ 狂乱:【再会という名の絶望】

 空位浸食ホワイトアウトによって白く塗りつぶされた世界の中で、時が止まったかのような静寂を破ったのは、勇者アルトの悲鳴にも似た咆哮だった。

「ルカさん……! ルカさんなんだな!? その姿、その声……間違いない。生きて、生きていたんだな!?」

 黒い因果のノイズを全身から噴き出し、修羅と化していた少年の瞳に、一瞬だけかつての輝きが戻る。それは砂漠で水を見つけた旅人のような、あまりにも危うく、あまりにも純粋な狂喜。アルトは足元の瓦礫を蹴り飛ばし、漆黒の局長服を纏うルカへと駆け寄ろうとした。

 彼の手は、かつて頭を撫でてくれたあの温もりを求めて、震えながら伸ばされる。

「待ってください、ルカ様……! ああ、神様……いいえ、ルカ様! わたくしの祈りは、やはり正しかったのですわ! この茨で、貴方様を永遠に……永遠に抱きしめて差し上げます!」

 セレスティーナもまた、頬を紅潮させ、歓喜の涙を流しながら茨の祭壇を駆け下りる。彼女の背後で、地上の因果を吸い尽くしたどす黒い茨たちが、主人の歓喜に呼応して猛烈な勢いでうねり、ルカを「捕獲」しようと鎌首をもたげた。

 そしてファルマは、玉座から立ち上がり、その鋭い眼光をルカへと突き刺した。

「……遅い。遅すぎるぞ、ルカ。貴様を神域から奪い返すために、わたくしがどれほどのリソースを投じたと思っている。だが……良い。戻ってきたならば、全ては許そう。直ちにわたくしの傍らへ来い。貴様という資産の『再登記』を、今ここで行う」

 三人の想いが、熱気が、そして狂気が、白く凍りついた空間を焼き焦がさんばかりに溢れ出す。

 しかし。

 彼らがどれほど情熱的に、どれほど必死に言葉を重ねようとも、宙に浮かぶルカの瞳には、さざなみ一つ立たなかった。

「……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……発言の重複、および過剰な情緒的干渉を確認。……。

 ……。

 ……。

 ……ノイズが大きすぎます。……聴取の優先順位プライオリティを最低に設定。……」

 ルカの口から漏れたのは、再会の感傷など微塵も含まない、機械的なステータス報告であった。彼は左手に持った「局長専用万年筆」を静かに回し、まるで書類の不備を指摘するかのような冷徹な視線を三人へ投げかける。

「な……ルカさん? 何を、何を言ってるんだ……? 俺だよ、アルトだよ! あんたに剣を教わった、あんたが守ってくれた――」

「……。

 ……個体識別名:アルト。……。

 ……。

 ……。

 ……過去の記録ログに該当者あり。……ですが、現在の貴方は『勇者』という職務を放棄し、世界の基盤を損壊させる『重大な不具合バグ』に過ぎません。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……感情論での対話は、業務効率を著しく低下させます。……。

 ……却下リジェクトします」

 冷たく言い放たれた「拒絶」の言葉。

 その瞬間、アルトの心臓が物理的に握りつぶされたかのような衝撃が走った。憧れの対象、人生の道標、そして愛する人。その全てであった男から、一人の人間としてではなく「不具合」として定義された絶望。

 それが、全面衝突の号砲となった。

■ 衝突:【三位一体の猛攻】

「……ふざけるな……! ふざけるなよ! あんたをそんな風に変えたのは、その上の連中か!? あんたを操ってるのは誰だ!?」

 アルトの絶望は、即座に猛烈な殺意へと反転した。

 彼は黒い因果を纏った聖剣オルフェウスを正眼に構え、大気を爆ぜさせて跳躍した。かつてルカが「無駄がない」と褒めた最短距離の刺突。だが今のそれは、神域の防壁さえも塵に変える、純粋な破壊の質量と化している。

「ルカ様を返して……! わたくしの、わたくしたちのルカ様を汚す『偽物』は、この茨で跡形もなく噛み砕いて差し上げますわ!」

 セレスティーナが叫ぶ。彼女の意志に従い、数千数万の黒い茨が、ルカを全方位から包囲するように殺到した。一本一本が触れた事象を腐食させ、因果を食い荒らす「死の触手」だ。

「……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……良かろう。言葉で分からぬならば、力ずくでその『正気』を取り戻してやる。全帝国臣民の魔導回路、接続! 出力最大、目標……管理局長ルカ!」

 ファルマが虚空を薙ぐと、彼女の背後に展開された巨大な魔導砲台群が一斉に砲門を開いた。大陸全土の生命力を燃料とした、星を穿つほどの極大熱線。神殺しの光が、白い空間を黄金色に染め上げる。

 聖剣の一撃、呪詛の茨、神殺しの光。

 地上最強の三人が放つ、本来ならば世界を数回滅ぼして余りある同時攻撃。それが一点、宙に浮く「元・事務官」へと収束する。

 だが、ルカは動かない。

 逃げもしなければ、防御の姿勢すら取らない。

 彼はただ、事務的な手つきで万年筆のキャップを開き、空中に流麗な筆致で「文字」を刻んだ。

■ 執行:【全事象の一括保留サスペンド

 ルカの周囲に、青白い光を放つ数式が幾何学的な曼荼羅となって展開される。

 彼が書き記したのは、たった一行の「管理命令」であった。

「……。

 ……。

 ……管理番号:第000号から第321号。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……未承認のエネルギー出力を確認。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……これらは全て、神域の予算リソース外の支出です。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……したがって、その『有効化』を、一時的に保留サスペンドします」

 カチリ、と万年筆を回す音が響く。

 その瞬間。

 ルカの鼻先に迫っていた聖剣の切っ先が、空中で静止した。

 彼を呑み込もうとしていた万の茨が、陶器のように硬直した。

 そして、全てを蒸発させるはずだった極大熱線が、ルカの体に触れる直前で「ただの光の粒子」へと分解され、無害な蛍のように散っていった。

「……なっ!? 何が、何が起きた……!?」

 アルトが驚愕に目を見開く。彼は全力で剣を押し込もうとするが、まるでそこに見えない壁どころか、「時間が存在しない空間」があるかのように、一ミリも動かすことができない。

「……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……驚くには当たりません。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……貴方たちが放った攻撃という『事象』は、現在、僕の承認を待つ『保留状態』にあります。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……僕が『許可』を出さない限り、その一撃が結末ヒットに届くことはありません。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……この世界において、僕のペン先を通らない未来は、存在を許されないのです」

 ルカは静かに、宙で硬直したままのアルトの聖剣の腹を、万年筆の先で軽く叩いた。

 それだけで、世界を滅ぼす魔力を秘めていた聖剣が、まるで使い古された鉄屑のように力を失い、アルトの手からこぼれ落ちた。

「……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……次。……。

 ……。

 ……セレスティーナ様。……。

 ……。

 ……。

 ……貴女の愛は、管理不備により『呪詛』へと変質しています。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……公共の因果を私物化する行為は、重過失に当たります。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……当該因果の所有権を、一時的に管理局へ『差し押さえ』ます」

 ルカが空中に横線を引くと、空間を埋め尽くしていた黒い茨たちが、一斉に悲鳴を上げるような音を立てて灰へと還っていった。セレスティーナは、自身の一部を剥ぎ取られたかのような衝撃に吐血し、膝を突く。

「……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……ファルマ陛下。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……貴女の帝国演算は、論理構造が破綻しています。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……臣民の命を燃料にするという解決策ソリューションは、長期的な運用コストに見合いません。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……無能な経営判断は、組織セカイの破滅を招きます。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……よって、貴女の皇帝権限を『凍結』します」

 ルカが視線を向けただけで、ファルマの背後にあった巨大な魔導砲台群が、システムエラーの警告音と共に次々と爆散していった。帝国全土から吸い上げられていた魔力ラインが、ルカの手元にある見えない「スイッチ」によって遮断されたのだ。

■ 監査官の視点:【絶対的な支配の形】

 空位浸食の境界線上で待機していた清算部隊の監査官たちは、その光景をただ震えながら見守っていた。

「……これが。……これが、管理局長の力か」

 一人の監査官が、モニター越しに呟く。

 かつて彼らが地上で行ってきた「剪定」は、武力や魔力による暴力的な破壊だった。だが、ルカが行っているのは、もっと根源的で、もっと絶望的な「管理」だ。

 戦うのではない。

 相手の存在そのものを「不適切」と断じ、事象の成立そのものを「未承認」にする。

 そこには勝利も敗北もない。あるのは、ただ一人の管理者による「整理整頓」だけだ。

「……。

 ……。

 ……。

 ……局長には、感情の揺らぎが一切見えない。……。

 ……。

 ……かつての教え子だろうと、愛した女性だろうと、彼にとってはただの『処理すべきデータ』に過ぎないのか」

 監査官たちの視線の先で、ルカは静かに、地に伏した三人を見下ろしていた。

 彼の瞳には、依然として一滴の情愛も映っていない。だが、その背後に浮かぶ「一万二千五百人の亡霊」たちが、時折、苦しげに震えているように見えたのは、監査官の気のせいだったのだろうか。

■ 沈黙:【未確定の未来】

 最強を誇った三人が、わずか数分。

 一歩も動くことなく、ペン先一つで無力化された。

 白い空間には、重苦しい沈黙と、三人の荒い呼吸音だけが響いている。

「……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……チェック終了。……。

 ……。

 ……。

 ……三体共に、機能停止ハングアップを確認。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……これより、個別案件の『詳細監査ディープ・スキャン』に移行します」

 ルカは万年筆の先を、真っ先にアルトへと向けた。

 アルトは、力なく地面に這いつくばりながらも、ルカを睨みつける。その目には、恐怖ではなく、言いようのない哀しみと怒りが宿っていた。

「……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……アルト君。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……まずは、貴方のその『勇者』という不適格な属性から、修正していきましょうか。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……安心してください。……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……痛みは、事後承認で『なかったこと』にしますから」

 ルカの周囲の数式が、より昏く、より複雑な形状へと編み変わっていく。

 世界そのものを「保留中」にした管理者の、冷徹な「修正作業」がいよいよ始まった。

 三人の悲鳴が、白い静寂の中に吸い込まれていく。

 神域の定時は、まだ、遠い。


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