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『有効化、保留中』  作者: 月見酒
『欠勤する救世主、あるいは神域の最終決算(エンドロール)』
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第8話:奇跡の十分間、あるいは体温の再会(後半)


 爆轟の余韻を切り裂き、ルカの放つ灰色の波動が戦場を「管理下」に置く。実体を得たルカの動きは、もはや事務員のそれではない。一万二千五百人の生存本能を背負った彼は、一歩踏み出すごとに世界の記述ログを物理的に踏みしめ、書き換えていく。

 残り、七分三十秒。

「……計算が狂う。なぜだ、なぜ貴様のような不純物の個体に、これほどまでの並列演算マルチタスクが可能なのだ!」

 ザキエルの絶叫が、幾何学的なノイズとなって空間を震わせる。彼は焦燥に駆られ、自身の翼を構成する「数式」を解体。それを巨大な槍へと再構成し、ルカの眉間を目がけて音速を超えて射出した。

「ザキエル。貴様の攻撃は、常に『最適解』を選ぼうとする。……だから、読みやすい」

 ルカは視線すら動かさない。彼が手にした灰色の槍が、虚空で複雑な円環を描く。

「事後承認――慣性の無効化。および、質量保存の法則を一時的に『保留』します」

 ルカの槍がザキエルの投擲に触れた瞬間、神域の誇る一撃は、まるで意志を失った綿毛のようにその場に力なく静止した。

■ 連鎖する裁断:【三位一体の最適化】

「今です、アルト君。その静止した事象を、新たな『推進力』として逆利用ハックしてください」

「了解ッ……! はあああああああ!」

 アルトが跳躍する。彼はルカによって「重力」という制約から解放されていた。ルカが空中に固定したザキエルの槍を、アルトは空中の足場として蹴りつけ、さらに加速。聖剣オルフェウスの刀身に、戦場に漂うザキエルの残存魔力を「事後承認」で強引に付与し、かつてない純度の黄金と白銀が混ざり合う一撃を放つ。

 ザキエルの左翼が、根元から断ち切られた。

「グ……ガ……ッ! 貴様らぁぁぁ!」

 ザキエルが負傷した箇所から、数式のエラーコードが噴き出す。彼は悶絶しながらも、周囲の空間を「絶対零度」へと書き換え、接近する者を凍結させようと試みた。

「セレスティーナ様。温度低下のエネルギーを、そのまま貴方の茨の『成長速度』へと変換コンバートします。……熱を奪われるほど、貴方の愛は燃え上がる。そうですね?」

「ええ、その通りですわ、ルカ様……! ああ、なんて素晴らしい名案かしら!」

 セレスティーナが恍惚とした表情で両手を広げる。ザキエルが放った氷の世界を吸い込み、彼女の放つ黒い茨は、凍てつく冷気を青白い炎へと変えて巨大化。ザキエルの四肢を絡め取り、その神聖なる皮膚を、ルカの許可を得た「愛という名の猛毒」で爛れさせていく。

「ファルマ陛下。機甲兵たちの全回路を、僕の『鼓動』と同期させてください。……出力の限界は、僕の体温が肩代わりします」

「……わかったわ。わたくしを壊すつもりで、使い倒しなさい!」

 ファルマの背後に控える数百の魔導機甲兵の瞳が、一斉にルカと同じ灰色に染まる。ルカの実体化した心臓が放つ「熱」が、因果の糸を伝って機械の軍勢へと流れ込む。本来なら自壊するはずの過負荷オーバーロードを、ルカが自身の肉体で『承認・相殺』することで、帝国軍は神の使いをも一撃で消し飛ばす極大の熱線を、無反動で連射し始めた。

■ 狩人の発狂:【神域の崩壊】

「ありえん……ありえん! 私は神域の代弁者だ! 世界の帳簿を管理する私を、なぜ貴様らのような『誤差』が蹂躙できる!」

 ザキエルのモノクルは砕け散り、その端正な顔は恐怖と憤怒で歪み切っていた。

 彼は気づいていなかった。ルカが指揮するこの戦いは、もはや「戦闘」ではない。

 ルカという一人の事務官が、一万二千五百人の人生を赤字で修正し続けた「膨大な残業時間の総括(決算)」なのだ。

 残り、四分。

 ルカは絶え間ない指示を飛ばしながら、その合間に、自分を支える三人の指先へ、微かに力を込める。

 実体があるからこそ伝わる、骨の感触。

 実体があるからこそ伝わる、汗の匂い。

 ルカは、自身の指先が徐々に灰となって剥がれ落ち始めているのを、三人に気づかれぬよう袖に隠した。

「……総員、最終工程ファイナル・ステップへ移行します。ザキエルの『存在理由』を記述した中心核が、今、露出しました」

 ルカの槍が、ザキエルの胸元、虚空に浮かぶ透明な「核」を指し示す。

 それは世界の理そのもの。

 

「アルト君、その核を『現実』へ引きずり下ろしてください。セレスティーナ様、そこに『永遠の保留』を刻んで。ファルマ陛下、すべてを『灰燼』に……。……僕が、そのすべての因果を『事後承認』で固定します」

 三人の主役たちが、ルカの最終指示に呼応し、この世のものとは思えない光の渦を形成する。

 それは世界を救う光ではない。

 自分たちからルカを奪おうとした「正論(神)」を、跡形もなく抹消するための、純粋な暴力の結晶だった。

「ルカさん、見ててくれ! あんたが救ったこの力で……俺が、あんたの未来あしたを、無理やりにでも承認させてやる!」

 アルトの叫びと共に、三色の螺旋がザキエルの核を貫かんと放たれた。

 ルカはそれを、静かに、そして事務的に……最後の手続きとして見届けようとしていた。


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