意地っ張り
三題噺もどき―ななひゃくはちじゅうご。
「―――っ!!!」
突然走った痛みに。
―目が覚めた。
「――!??」
何事かと周囲を見渡せば、すぐそこに小柄な青年が立っていた。
不満げな顔で、その指で私の太ももを抓りながら。
「いたいいたい」
「……」
ぎりぎりとさらに強く抓ってくるものだから、ホントに痛い。
局所的に与えられる痛みとはこんなに酷いものだったかと思う程に、痛い。
とにかく痛い。引きちぎられてるんじゃないかこれ、絶対太ももに痕がつく。
「……」
「なんだ、どうした、」
未だにその指を離そうともしないので、痛みに耐えながら尋ねる。
何か不満があるからそんな顔で、わざわざ私の太ももを抓っているのだろう。
私は、いつも通り仕事をしていただけなのに。
……仕事をしていた。
「……目が覚めましたか」
そういいながら、ようやく指を離してくれた。
まだじんじんと痛みが残っている。どんな強さで抓ったらこんなに痛いのだ……起こすにしても、他に方法があるだろう。
「……耳じゃなかっただけ感謝してください」
「……」
んん。
どうやら、仕事中にも関わらず、いつの間にか眠っていたらしい。
気付けば、腕は痺れているようだし、肩や首の骨がきしきしと悲鳴を上げている。
机の上に広げられた紙は、端の方が少し折れてしまっていた。
これはまぁ、こちらで保管する奴なので大丈夫だが……。
「……起きた」
「……はい」
しまったな……昨日、仕事が終わりきらずに徹夜をしてしまったのが、悪かったか。期限は明日までではあるのだが、他にもいくつかあるのでさっさと終わらせたかったのだ。
たいしたことないだろうと思っていたのだが……体も歳を取ったと言うことだろうか。徹夜くらいなんてことないはずなんだが。いやはや。
「……」
「……」
コイツがここに居るという事は、そろそろ休憩の時間なのだろう。
戸をあけて、いつも通りに声を掛けようとしたら……私がどんな姿勢で寝おちていたのか分からないが……机に伏していたのだろう。
少し前まで、生活に小さな支障が出るほどに憔悴……していた私が、今度はそんな姿勢で居たのだ。コイツから見たら、どう見えたんだろう。
「……驚かせたか」
「……何も言ってません」
目は口程に物を言うと、聞くが。
コイツはまさに、それを体現しているようなところがある。
口数はお互い少ないし、コイツはすぐに意地の悪いことをする。
さっきだって、わざわざ抓る必要はないのだ。
ただまぁ、何かと思って近づいてみれば、眠っているのだから、腹が立ったんだろう。
……それでも、その目の奥には安堵が滲んでいるのが見て取れる。分かりやすいな。
「……休憩にしますよ」
「あぁ、」
ぶっきらぼうに、いつも通りのセリフを吐いて、そそくさとリビングに戻っていく。
……ちゃっかり、机の上に置いてあったマグカップも持って行っているあたり、可愛いと思わないか。そんなもの置いていけばいいのに。
まだ少し痛む太ももをさすりながら、先を歩く小さな頭についていく。
「今日は何を作ったんだ」
「……モンブランです」
応えた声は、少し柔らかくなっていた。
よく見れば、エプロンはリボンのやつだった。ゆらゆらと尻尾が揺れている。
少し前まで、しゅんと、下に落ちていただけなのに。
歩くたびに、ゆらゆらとゆれて、楽しそうに見えた。
「……楽しみだ」
「……そうですか」
まだ、態度だけは意地を張っているように見えるけれど。
その声には、もう何も混じっていなかった。
「……よくこんな、綺麗に出来るな」
「慣れですかね」
「これは、かぼちゃか」
「えぇ、いかがですか」
「ん、おいしいよ」
お題:明日・太もも・モンブラン




