魔法と道具⑤
北の山脈の冒険から〈ファルノヴァ〉へ戻った頃、空は茜色に染まりはじめていた。
ギルドに戻ると、皆がざわざわとこちらを見てざわついた。
「おーい、帰ったか!」
腕を組んでいたヴォセムが声を張る。
その横で、ジャルコが大きな木材を抱えて台車に積み替えていた。
「いいところに戻ったな、アオ! こいつを見てくれ!」
木材は不思議な色をしていた。堅さとしなりが同居しているような、触れただけで音が鳴りそうな、不思議な“気配”を持っていた。
「これ……?」
「アルブの言ってた職人に持っていた最後の一本を譲ってもらった。アルブのことを覚えていてな。こいつは椅子には向かねえが、音がなる箱は作れるだろうとよ」
アルブが胸を張る。
「でしょでしょ!? 前に、〈記録〉を書いたらね、みんながその職人さんの椅子を見に行ってね! それで仲良くなれたんだよ!」
その目は誇らしげだった。
こんな大きな仕事も、アルブの「聞く力」と「〈記録〉」が繋いでくれたのだ。
「よし。材料は揃った。あとはワシに任せろ」
ジャルコは〈硬くてやわらかい木材〉と〈ビッグホーンの腸〉を抱え、工房へ消えていった。
その夜は、俺はぐったりするほど眠った。
・
翌日の夕方。
ギルドの扉が開き、木の香りと金属の匂いがふわりと流れてきた。
「――できたぞ!」
おそらく一種いもしていないであろう、無精髭をはやし、クマを作って現れたジャルコが掲げたそれは、まぎれもなく“ギター”だった。
俺の世界のものと同じようにはいかないが、形はほとんど遜色ない。
木肌はなめらかで、光を吸い込むように美しい。
俺は震える手でギターを受け取った。
軽い。この前の試作品とはまるで違う。
「弦はビッグホーンの腸を細く加工してな。一本一本、魔法で湿度を調整して張った。お前の言ってた“引っ張り方の感覚”も近づいてきたと思う」
「アオ、弾いてみて!」
アルブが身を乗り出す。
深呼吸して、指を弦に触れた。
響いた音は――。
ポロン――。
ポロン――。
ジャーン――!
澄んでいて、遠くまで届いて、泣きそうになるほど綺麗だった。
工房の空間が震えた。
皆が動きを止め、息を呑んだ。
「……これ、すご……」
「なるほど。『ジャーン!』だ。こいつは楽器じゃなくて……武器だろ」
ジャルコが笑う。
「うん……これは……届く……」
胸の奥が熱くなる。
昨日までの恐怖、今日までの不安、全部が一瞬で消えていく。
もっと弾きたい。
もっと歌いたい。
もっと、多くの人に聞かせたい。
強烈な衝動が湧き上がった。
「アオの歌、これなら……街の外にもきっと届くよ」
アルブの言葉が、音より強く胸に届いた。
「ほれ、お披露目してこいよ」
ジャルコに背中を押され、酒場のへ移動すると――。
夕食時で、人でごった返していた。
「アオ! また歌、聞かせろよ!」
「この前の歌、忘れらんねぇよ!」
みんなの期待の熱気が押し寄せる。心臓が跳ねる。
弦を弾いた瞬間。
空気が震え、ざわつきが静まり、皆の視線が一点に集中した。
俺は歌った。
♪〜〜
♪〜〜〜〜
音は軽く跳ね、遠くへ飛び、客たちの胸に柔らかく落ちていく。
涙を流す者、ぽかんと口を開ける者、思わず笑う者――。
最後の音が消えたとき――爆発みたいな歓声が酒場を飲み込んだ。
「すげぇ!!」
「魔法みたいだ! 鳥肌立ったぞ……!!」
「もっかいだ! アンコール!!」
アオは震える手でギターを抱え、深く息を吸う。
(もっと届けたい……もっと……)
俺が、「初めてのギターライブ」を終えて感動しているそのとき。
「よぉし、よかったな。アオ。じゃあ、今回、お前が依頼したクエストの報酬の話だな」
ギルドマスター・ヴォセムがニヤリと現れた。
「えっ……?」
「ジャルコに1つの道具の制作依頼、2つの材料代獲得代、ゾラのふたりの護衛報酬、4人乗りの馬車のレンタル代、山番に頼んだ〈ビッグホーン〉の解体費用。しめて、合計がこれだけだ。しかし、今回、お前がゲットできたビッグホーンの素材もろもろはギルドで買い取ってやる。で、計算するとだな――」
机にドン、と書類を置く。
アルブの〈記録〉が細かすぎて、完璧な収支表になっている。
「アオの皿洗い……あと3か月分だな!」
「えええええええええ!?!? 」
酒場に再び爆笑が広がる。
「だってね。アオ! 今回も、アオの〈記録〉、きっと評判いいよ! ほら、『魔王軍との遭遇もあったスリル満点の冒険記』って! アオの活躍もこんなに細かく書いてるんだから!」
「勝手に書くなよぉぉぉ!!」
「ま、これも経験さ」
ヴォセムが肩を叩いた。
だけど――。
俺の心はすでに別の方向を向いていた。
(もっと遠くへ……この音を、俺の音を届けたい)
ギルドのみんなの笑い声は、もう音楽の前奏にしか聞こえなかった。
このとき、その後ろで、ヴォセムとアルブはこんなことを話していたんだそうだ。
「なぁ、アルブ。“こっち”も記録にして売るんだろ?」
「もっちろんだよ! みんなに届けなきゃ!」
この記録が、後でとんでもないことを呼び込んでくるのだが、この時の俺はまだ知らなかった。




