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魔法と道具①

 翌朝。

 カーテンの隙間からこぼれる木漏れ陽のやさしい眩しさで、いつもより早く目が覚めた。


 ギルドの2階にある小さな部屋。

 薄い毛布ときしむベッド。窓の外から、馬車の車輪の音と、パン屋の仕込みの音が聞こえる。

 目を閉じれば、昨夜の酒場のざわめきがすぐそこに戻ってきた。飲みすぎて少し頭痛は残ってるけど。


 ――チャリン、チャリン……。


 コップに落ちるコインの音。

 あの時の歓声。

 胸の奥がじんわりとあたたかくなる。


(あれが……“届く”ってことなのか)


 あの感覚を、一度きりの偶然にしたくない。

 また鳴らしたい。

 俺は、今、俺のいる世界がどんなところだったとしても、もっと遠くまで、ちゃんと届く形にしたい。


 そんなことを考える。


 「……腹減ったな」


 階段を降りると、ちょうどギルド併設の酒場は朝仕込みの真っ最中だった。


 そして――俺は固まった。


 調理台の前で、白髪交じりのコック――ベルンが手をひらりと振る。

 次の瞬間、調理鍋の底に、ふっと赤い火が生まれた。


「……えっ?」


 火打石の音もしない。

 ガスコンロのノブの音もない。

 ただ、空気が熱の色をまとっただけ。無音で火が点いた。


 ……何だあれ。どうなってるんだ?


「アオ? どうしたの?」


 後ろからアルブの声がして、びくっと振り向く。


「い、いや……今の、見たか? 火が……」

「え? ああ、あれ? あれは生活魔法だよ。コックさんたちは火の魔法が得意だからね。ベルンさんは特に火加減が上手」

「せ、生……活魔法……?」

「うん。みんな普通に使うから、わざわざ魔法だーなんて言ったりしないよ?」


 アルブはパンをかじりながら、当たり前みたいに言う。


「昨日も、夕方になったら街灯の明かりがついたでしょ? あれも魔法だよ」


 全然気づかなかった……! 俺、異世界に来てから魔法の“ま”の字も見てないと思ってたのに……。


 気づかないほど自然に使われてる、ということか。

 音もなく燃える炎を見ながら思う。


 この世界はやっぱり俺のいた世界とはまるっきり違う異世界なんだ。魔法が道具として、“文明の一部”になっている世界。


「……道具、か」

 

 音を形にする道具。

 この世界でいちばんシンプルで、いちばん音が届けられそうな道具は――。


 抱えて鳴らす弦。

 かき鳴らした瞬間に空気ごと振動させる、あの感覚。

 最近はパソコンばっかりであんまり触ってなかったけど……。


「やっぱ、ギター、だよなぁ」

「ギター?」


 ・

 

 昼過ぎ、ギルドのカウンター奥。

 皿洗いを終え、ふやけた指をタオルで拭きながら話を切り出すと、ヴォセムが太い腕を組んで首をかしげた。


「聞いたことのない道具だな」

「ジャーン! って鳴るやつ」

「ジャーン言われてもわからん」

「ギターがあれば、歌がもっといい感じにするんだよ。こう、ボディーにネックが付いてて、そこの張った弦をかき鳴らして演奏するんだ」

「どんなものかはよくわからんが、要するに弦がある道具が欲しいのか? それなら鍛冶屋のジャルコが知ってるかもしれん」


 こうして、翌日、ジャルコを紹介してもらうことになった。

 アルブも元々知り合いだったようで、ジャルコが酒場に入ってくるなり、ぴょんぴょんと跳びながら俺たちがいるところまで連れてきた。


「こっちが鍛冶屋のジャルコ。すっごく器用なんだよ! 剣でも鎧でも、なんでも作っちゃう」

「……そんな物騒なものばかりじゃないぞ。アルブが着てるその鞄やポンチョもワシが作ったんだ。ポンチョはフードで耳を隠せるように大きめにってな」

「えへへー。ありがと!」

 

 その太い腕は、いかにも仕事ができる職人って感じだ。


「悪いな。急に呼び立てて。こっちが新入りの皿洗いのアオだ。ギターって道具を1つ欲しいらしいんだが、どんなものかわからなくてな。お前さんなら知ってるんじゃないかと思ってな」

「ああ、昨日の歌ってのをやってたヤツか。しかし、ギター? 聞いたことがない道具だな……それは皿洗いの道具か何かか?」

「違う違う! 皿洗いはバイト! 欲しいのは楽器だよ」

「楽器? 何だそれは?」

「歌を歌うのに、これで伴奏するともっといい感じになるんだ」

「つまり、音が鳴る道具ということか?」


 職人の目がぎらりと光る。そこにアルブも耳をぴょこぴょこさせながら口を挟んできた。

 

「音がする道具ってこと? 昨夜の歌みたいな?」

「そう。歌は口からしか音を出せないだろ? 道具を使うと、それがもっといろんな表現ができるんだ」

「ふむ。どんな道具が欲しいんだ?」

「弦楽器。弦が6本並んでて、それを一緒に鳴らせる道具があれば……こう……」

「弦? 弓が欲しいのか?」

「あ。弓も近いかも。ピンと張った紐を弾いて音を鳴らすんだ」


 自分でも何を言ってるのかよくわからないが、とにかく必死でジェスチャーする。

 空中にネックを描き、フレットの位置を指でなぞってみせる。


「ここを押さえて、こうやって弾くと、ジャーン!って」

「ジャーンはいいから、機構の話を続けろ。そっちに興味がある」


 ジャルコの目だけは、妙に真剣だった。


「……材料は?」

「え?」

「そのギターとやらに必要な材料だ。どんな木、どんな金属、どんな皮、どんな弦……。道具ってのは材料で決まる。そこがはっきりしないと、作る前に道具が死ぬ」


 職人の声だった。

 思わず背筋が伸びる。


「俺の世界では、ボディは木かな。マホガニーとか、メイプルとか……って言っても通じないよな。えーと、響きやすくて、でも硬すぎない木。首の部分はもう少し硬め。弦は……なんだろ。……紐みたいなやつ」

「ほう。弓に使う弦と同じものか?」

「うーん。まぁ、そうかな?」


 ジャルコの目が奥がきらりと光る。

 太い指がカウンターをとんとんと叩く。


「木と金属、か。弦は、細くて強くて、張力に耐えるやつを複数本、しかも音の調整ができるもの……か。ふむ……なるほどおもしろい」


 音大の楽器の構造の授業がここで役に立つとは……。嫌な講師だったけど感謝しないといけないかもな。


 ジャルコがじっとこちらを見ている。


「それ、本当に歌を強くするのか?」

「できる。――はず」

「はずってどういうことだ」

「こっちの世界にある素材や技術で、どこまで再現できるかがわかんないんだ」

「つまり何か? ワシがお前のいたところの鍛冶屋に劣るとでも?」

「いや、そういうわけじゃなくて……」

「面白い。ワシがお前のいたところの鍛冶屋に負けてないことを見せてやる」


 ジャルコが席を立ち、自分の鞄から紙と鉛筆を取り出す。


「アオ。お前の言う〈ギター〉とやらの形を描いてみろ。できるだけ具体的にな」

「任せろ」


(ノートパソコンもタブレットもない世界だ。もちろん、検索するわけにもいかない)

 

 記憶を頼りに、紙と鉛筆で設計図のようなものを描いてみる。

 アコースティックギターとエレキギターの記憶がごちゃまぜだが、自分の中で一番「これだ」と思えるシルエットを線に落としていく。


 丸いボディ。

 細いネック。

 ヘッドに6つのペグ。

 サウンドホール。

 ブリッジ。


 描きながら、胸が高鳴っていく。


「……こんな感じ」

「ほう。見たことがない道具だが、バランスは悪くない」


 ジャルコの目が、職人のそれになる。

 輪郭を指でなぞり、要所要所で頷いた。


「この穴が、音を出す口か?」

「そう。その中で音が反響して、前に出てくる。反響して欲しいから、たぶん堅い木が必要」

「なら、内部の空洞の形も考えなきゃならんな。この湾曲した部分も木なのか?」

「うん。薄い板を曲げて使うんだ。だから、たぶん柔らかい木は必要」

「……なるほど。堅くて柔らかい木の加工細工か……おもしろい」

 

 ひとつひとつ質問してくるジャルコは、鍛冶屋というよりどこか“発明家”の顔をしている。


「ああ。まずは試作をしてみる。少し待ってくれ」


 ジャルコはそう言ってギルドを出て行った。

 

 この世界でギターが作れるかもしれない。

 俺はジャルコの頼もしい背中を見送りながら、期待に胸を高鳴らせていた。

【キャラクター紹介③】

ヴォセム・シェスチトリ(48)

王国シャプテ・チェターツィ西部の城塞都市ファルノヴァで冒険者ギルドのマスターをしている男性。

元々は冒険者だったが、10年前に引退。冒険者も旅人も気軽に立ち寄れるギルドを運営し、行き先のない者を受け入れ、住み込みで働ける場を提供している。

ギルドでは様々な冒険者たちだけではなく、冒険者を使って様々な困りごとを解決してくれるため、

多くの旅人、街の人々にも頼られ、慕われている。


第二幕 ep06.魔法と道具②

https://ncode.syosetu.com/n0523lk/6/


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