会議は踊る
魔王城の会議室。そこは異様なほど整っていた。
黒曜石の床には一切の傷がなく、長い机の上には書類が寸分の狂いもなく並べられている。
窓の外には、夜の都が広がっているが、音はない。人の気配もない。夜の外出は禁止されているからだ。徹底的に管理され、完璧に機能している都市の沈黙だけがあった。
「――〈ファルノヴァ〉の今期税収は、前期比で13%増だな」
淡々とそう告げるのは財務担当のマロ・トラゴス。
灰色の髪をきっちりと撫で付け、分厚い帳簿を抱えている。感情の起伏はほとんど見えない。
「内訳は、滞在人口の増加に伴う商取引の活性化と音楽とかいう興行からの間接だ。特に夜間経済が活発化している。フルニカが酒税を誤魔化してるらしいから、ヴルペには注意しとく」
「だったら、ついでにフルテレとパヤンジェンのことも言いなさいよ。ルールを守れって。女を売ったり、麻薬を売ったり。取り締まるこっちの身にもなってよね」
眼鏡の奥から冷たい視線を向け、地下経済への嫌悪感を隠さないのは、法務担当のグリ・ヴァレオン。
几帳面に結い上げた髪。姿勢は一切崩れていない。
「ヴルペも地下経済が稼ぎどころだ。多めに見てやれ」
「民衆を見せしめと恐怖で支配する方法は合理的だけど、自分の部下にはルールを守らせないじゃない。あいつ絶対わかってないわよ?」
その言葉に、会議室の空気がわずかに動いた。
――そこにポルトカリウが口を挟む。
「つまり、〈ファルノヴァ〉は順調ってことでいいな?」
「数字上は、そうだな」
だが、マロの言葉を待っていたかのように、鋭い声が割り込んだ。
「――数字上は、でしょう? 税収が上がっているからといって、問題がないとは限らないわ」
「というと?」
ポルトカリウは、促すように視線を向ける。
「自由が過ぎるわ。あの街は」
グリは一切言葉を選ばなかった。
「規制は緩くて、監視も甘い。人が集まって、大騒ぎして、夜通し音を鳴らしている。秩序を保つ恐怖が足りてないわ。部下の話では、一日中凧揚げをしてるギルドマスターがいたって聞いたわよ。それ、何なのよ」
マロが小さく眉をひそめる。
「グリが言うこともわかるが、恐怖は与えすぎれば、民衆が萎縮して経済が停滞する。そうすると、税収にも影響があるのは、〈レゴレニ〉を見ればわかるだろ?」
「経済よりも、統治が優先なんじゃないの? じゃないと、また昔みたいに――」
会議室に、短い沈黙が落ちた。
ポルトカリウは、ゆっくりと口を開く。
「確かに、恐怖は必要。『〈闇の魔王〉アルバストル』への畏怖が失われれば、面倒なことになりかねないのは事実」
「じゃあ――」
「何も、国全体を全部同じやりかたで統治する必要はないだろ。東側は恐怖で統治するのはうまく行ってるんだ。西側は緩衝地帯としてある程度自由にさせるって、前に決めたろ」
グリの目が細くなる。
「……そうだけど……」
「恐怖で支配するのは、ヴルペをおだてれば、奴が勝手にやるだろ。今やる必要はないさ」
ポルトカリウは淡々と続けた。
「だからって、放置は――」
「放置じゃないさ。鈴はつけてるよ。鈴がなったら動けばいい」
その言葉に、マロが静かに頷いた。
「現状、ポルトカリウのおかげもあって、税収は上がってるんだ。少なくとも、財務上の問題はない。〈ファルノヴァ〉のギルドは技術革新にも貢献してるんだ」
グリは、唇を薄く結んだ。
「技術革新……技術革新といえば、ルールの問題はここにもあったわ」
視線が、空席へと向く。
「あいつらはなんなわけ?! 毎回毎回、会議に来るの私たち3人だけじゃない! どこに行ってるのよ!」
「特に――。あの女」
一拍置き、吐き捨てるように言う。
「研究、研究、研究。それしか頭にない。ずっと会議には来てないし、ルールを守る気がない。技術革新は彼女の担当でしょう?」
グリの声には、明確な怒りが滲んでいた。
――その時。
会議室の扉が、音もなく開いた。
「まぁまぁ」
場違いなほど、軽い声。
「幹部同士。そんなに言い合いしなくてもいいだろ」
一瞬で、空気が変わった。
「アルバストル……あの女。何とかしなさいよ」
グリはアルバストルに食ってかかる。
闇の魔王アルバストルは、適当な椅子に腰を下ろすと、気だるげに手を振った。
「あいつ。前に、面白い異民族の子を拾って育成してるとか言ってたろ。人材育成には時間がかかるし、その合間に魔法の研究開発をしてるんだ。長い目で見てやれよ。それに、あいつ、来たところでお前らの話にゃ興味ねえよ」
「それはそうだけど……」
「ま、お前たちが頑張ってるのは俺が感謝してるよ。それじゃダメか?」
アルバストルのその言葉に3人はまんざらでもない顔をしている。
「で? 〈ファルノヴァ〉の税収が上がって?」
「ああ。順調だ」
「じゃあ、他は?」
マロの説明を聞きながら、アルバストルが資料に目を通す。
「そうだな……。〈ソルガラシ〉……。何か、『大昔使われてたけど、いまはクズだと思ってた鉱物の使い道を兎人種が見つけたらしい』って噂を聞いたんだ。しばらくすると、〈ソルガラシ〉の経済活動が伸び始めるかもしれない。マロはそのあたりちょっと調べておいてくれ」
「わかった」
「それから、あそこは鉱山だ。好き勝手採掘されると、その鉱物が価値が下がっちまう。ポルトカリウはそのあたりコントロールして、あまり市場に出回らないようにしてくれ」
「ああ」
「そして、グリ。あそこは危険な場所でもある。きっちりとしたルールを定めてくれ。期待してるぞ」
「え、ええ。言われなくてもやるわよ」
資料ひとつで〈闇の魔王〉アルバストルが3人にそれぞれ指示を出していく。こうしてこの国は回っていた。
・
やがて会議は終わり、マロとグリが静かに会議室から出ていった。
アルバストルも部屋を出ようとすると、ポルトカリウが切り出す。
「アルバストル。ちょっといいか? 前にお前が言っていた、〈ファルノヴァ〉のアオ・マイナが音楽ギルドを作ったんだ。そこが盛り上がっているらしい」
アルバストルは、楽しそうに笑った。
「あいつか。はえーな」
「一応、鈴はつけておいたが、何もしなくていいのか?」
「今はな」
アルバストルは、夜の都〈ドシュティエラ〉を見下ろす。
その笑みは、どこか愉快そうで――同時に、底知れなかった。




