音楽ギルド・ナハトムジーク⑧
魔法の修行が始まってからも、〈ナハトムジーク〉の夜は変わらず賑やかだった。
いや、むしろ前よりも騒がしい。
ライブが終わったあと、客がなかなか帰らない。
酒を飲みながら、さっきの曲の話を何度もする。
「俺、こないだの〈モノクロ〉の曲好きなんだよ。もっとやってくれよ」
「私は、〈ナハトムジーク〉のゾラのソロがカッコよくて好きよ。ずっと聞いてられるわ」
「家に帰っても、頭の中でずっと鳴ってるんだよ」
「なあ、あれ、またいつ聞ける?」
そんな声が、最近やけに多い。
――音楽が、みんなの心に残って広がってる。
それは悪いことじゃない。むしろ嬉しい。
でも、ある夜、ひとりの客がぽつりと言った。
「なあ……これ、家でも聞けないかな? いや、無茶なのはわかってる。本や絵は家でも読めるし、見れるだろ? なんで音楽はできないんだ?」
俺は、答えに詰まった。
家で、聞く。
つまり、ライブハウスに来なくても、音楽を再生できるということだ。
「……それは、今のところ無理かな」
そう答えたが、心のどこかが引っかかっていた。
俺のいた世界では、音楽は「どこかに行って聞くだけのもの」じゃなかった。
もちろん、ライブやコンサートの楽しさはある。
でも、みんなが家のスピーカーから、耳につけたイヤホンから、いつでも、どこでも、何度でも。
俺達は好きな音楽を聞けた。
――この世界には、それがない。
この世界の音楽は、その場限りだ。空気に溶けて、消える。
だからこそ尊い。
でも、だからこそ――みんな、手元に残したくなるんだ。
・
翌日、魔法の修行で、ヴィオレッタに聞いてみた。
「音を物理的に残す? 君は面白いことを言うね……。魔法もそうだけど、現象はものじゃない。音を残すことはできないわ」
「ですよね……。この世界ではまだ……」
・
魔法の修行を終えたあと、俺はジャレコの工房に寄った。
ジャレコは、相変わらず何かを削っている。
「なあ、ジャレコ。音を、残す方法ってないと思うか?」
「音を?」
彼は顔を上げ、眉をひそめた。
「残すって、どういう意味だ」
「絵とか本みたいにさ。形にして、あとからもう1回聞けるようにしたいんだ」
ジャレコは、少し考え込み、首を傾げた。
「……音は目に見えない波だって言っていただろう?」
「うん」
「だったら、こういうのはどうだ。その波を受け止めて痕跡を残すんだ。そしたら、今度はあとからその痕跡を元に波を作れるんじゃないか」
どこかでその仕組を聞いたことがある。頭の中が一気に動き出した。
揺れ。
痕跡。
――溝。それってレコード。いや、蓄音機だ。
「何かに溝を刻むんだ」
「溝?」
「そう。音を拾って、その揺れをなにかに刻むんだ。で、その溝をなぞれば、同じ揺れが再現されるはずだ」
ジャレコは、一瞬ぽかんとした顔をしたあと、笑った。
「……意味がわからん。無茶なことを言うな」
「できると思うんだ」
「材料は?」
「たしか……錫とか、亜鉛とか。削ったら溝になる金属がいい」
ジャレコの目が、職人のそれに変わった。
「なるほど……。理屈は、わからなくもない。試してみるか……」
数日後、彼はその一部を形にしてみせた。
「まずは、音を残すものを試してみたんだが……。見てくれ」
メガホン上の集音装置、その先に細い針が取り付けられている。
ジャレコは説明を続ける。
「ここに向かって音を出すんだ。そうすると、この針が振動する。その振動をこの板に記録するんだ。この板はこのハンドルを回すと動くから、手で回しながら溝を掘っていく。アオ。何か喋ってみてくれ」
あっという間にこういうのを作ってくれるのは本当に頼りになる。ジャレコは紛れもなく天才だ。
「じゃあ、やるよ。『あーテステス。チェックワンツー。チェックワンツー。本日は晴天なり』」
「なんだい。そりゃ。魔法の詠唱みたいじゃないか」
ジェレコは苦笑していたが、俺のいた世界じゃ定番だったんだけどな……。
「再生してみよう」
機械から音が聞こえてきた。
最初は、ただのノイズだった。
でも、回す速度を一定にすると、かすかに聞き覚えのある響きが混じる。
《…るよ。あー……テス。……ック。ワン、ツー》
「……これ、俺の声だ」
とても小さな音。
歪んでいる。ひどくくぐもっている。
それでも――確かに、音が再生された。
「すごい……」
「成功でいいか?」
「うん。まだ未完成だけど」
問題は明白だった。
「手で回さないといけないな」
「そうなんだ。残す時も、聞いてる間、ずっと付きっきりだ」
みんなが欲しがってた「家で気軽に聞く」には程遠い。
それでも、客に試しに聞かせると、反応は予想以上だった。
「なにこれ!?」
「アオが喋ってないのに、ここから鳴ってる!」
「音が……閉じ込められてるみたいだ!」
歓声。
興奮。
「これ、いつ歌を閉じ込められるんだ?」
「早く作ってくれ!」
横で見ていたヴォセムが呟く。
「アオよ。こいつは……。やりすぎじゃないか?」
「え。大丈夫ですよ。みんな喜んでくれているし」
「……。そうだといいんだが……お前たちが演奏することにいみがあるんじゃないか?」
この時の俺は、その言葉を軽く受け流していた。
・
数日後。
ミルチャが、妙に上機嫌でやってきた。俺に見せたい物があるらしい。
「やぁやぁ。盛況だな。アオ殿。儲かっているようで、大変良い」
「お陰様で。スタッフの皆さんも手伝ってくれてとても助かってますよ。ミルチャさん」
「わしの部下は皆優秀だからな」
「それで、俺に見せたいものって?」
「アオ殿なら、こいつの何かいい使い方を思いつきそうなんでな」
そう言って机に置いたのは、螺旋状の金属だった。
「これは……ゼンマイ?」
「ほう。さすがだな。知っていたか。レギオナからやってきた新興宗教の修道士が持って来てな。珍しいので買い取ったが何に使うかさっぱりわからん」
「ゼンマイ……」
巻くと、ほどける。
力を、時間に変える。
――これだ。
その瞬間、完成図が頭に浮かんだ。
「これ、借りていいですか?」
「アオ殿なら構わんが……。どうする気だ?」
「今、作ってる新しい機械にこのゼンマイを組み込みたいんです!」
「何? もうこいつの使い方を思いついたのか?」
「ええ。しかも、たぶん……。ミルチャさんが相当儲かります」
「アオ殿。わしの使い方がうまくなったな。アオ殿に『相当儲かる』と言われて、任せないわけにいかんな。好きに使ってくれ」
「ありがとうございます!」
・
俺は、ゼンマイを持ってジャレコの工房に走った。
こうして数日後、蓄音機は生まれ変わった。
ゼンマイを巻いて、手を離す。
板は円盤上にした。やっぱり音楽は「円盤」だよな。
ゼンマイを仕込んだ円盤は、一定の速さで回る。
針が溝を刻んでいく――。
♪~~~
俺は一節歌ってみる。
そして、今度は刻んだ音を流してみる。
♪~~~
かすかだけど、歌が流れた。
「やった!」
「まだまだだが、道筋は見えたな。こいつはすごいぞ」
・
数週間後。試行錯誤をした音の再生機が完成した。
それを試しに、音楽ギルドに来ていた客に聞かせてみる。
♪~~~~
記録していたのは、〈ナハトムジーク〉の曲と〈モノクロ〉の曲だ。
客は、息を呑んだ。
誰も演奏していないのに、音楽が、ひとりでに鳴っている。
そこに、歌っている人間はいない。
それでも、流れてきたのは、確かに〈ナハトムジーク〉と〈モノクロ〉の音だった。
「これ……家に欲しい」
「ずっと聞いてたい」
喜びの声。
興奮。
俺は、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
ここからもっと音楽が、広がる。ここに来られない人にも、届く。
遠くの街の人にも届く。
――やってよかった。
その時、背後から低い声がした。
「見たこと無い道具ね」
振り返ると、ヴィオレッタが立っていた。
「ええ! これは、音楽を残して、いつでも聞けるようにする道具です!」
俺は胸を張って説明した。
「再生される音には、あなたの想いも残るのかしら?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……残る……と思います」
「そう」
ヴィオレッタは、それ以上何も言わなかった。
ただ、回り続ける円盤を、じっと見ている。
「アオ! すごいよ! これでもっといろんな人が音楽を聞いてくれるね!」
無邪気に喜んでいた。
そうだ。そのとおりだ。
俺のいた世界でも、こうやって――たくさんの人達が音楽を聞いていたじゃないか。
何も問題ないんだ。




