音楽ギルド・ナハトムジーク④
ある日、俺はジャレコに呼び出されて、久々に工房へやってきた。
ずっと前に頼んでいたものが完成したらしい。
それは、木製の筐体に、白と黒で並んだ88の鍵盤がある楽器。
そう。楽器の王様ピアノだ。
「それぞれ別の音が鳴らせるようにしてくれなんて無茶な注文だが、手先が器用な職人を見つけてな。そいつが仕上げてくれたんだ。早速試してみてくれ」
「すごいよ! ありがとう。ジャレコ」
早速、俺はピアノを調律して演奏してみる。
――ポロン、ポロンとした心地よい音が響く。懐かしいこの感覚。
「ほう。そうやって演奏するのか。なかなか良いな」
しかも。見た目はオルガンに近いが、内部の構造はまるで違うらしい。
「だが、それだけじゃない。ひとつの音しか出ないなんて、つまらないだろ」
そう言ってレバーを引き、ジャレコは鍵盤を押すと、澄んだ音が鳴る。
別のレバーを押すと、少し丸みのある音。さらに切り替えると、金属的な響きまで出る。
「……すごいな」
「だろ? 中で例の鉱物を響かせてるんだ」
ジャレコは胸を張った。
俺は鍵盤に手を置き、軽く和音を鳴らしていく。
音が、空間に広がる。
――これだ。
頭の中で、イメージが一気に繋がった。
ギター、ベース、ドラム、歌。さらに、ピアノ。
これで表現の幅がもっと広がる。
「ありがとう、ジャレコ。最高だよ!」
・
その日の夜。俺はライラとサラサを呼び、言った。
「そろそろ、ふたりにデビューしてもらおうと思うんだ」
「え? 本当? やった!」
「修行の成果を見せられるんだね」
「それで、ふたりのユニット名を決めた」
「……ゆにっとめい?」
「うん。ふたりを一緒に呼ぶときの名前」
「わぁ。そんなの考えたこともなかった」
少し間を置いてから、俺は続ける。
「〈モノクロ〉。『白と黒』って意味。可愛いだろ?」
ライラが目を丸くする。
サラサは、少し考えてから小さく頷いた。
「……嫌じゃない。いつも師匠に『黒の』『白の』って呼ばれてるし」
「うん。なんか、私たちっぽい」
「よし。お披露目は今週末。この新しい楽器〈イセカイピアノ〉と一緒に、アイドルデビューだ」
・
今日のライブホールはいつもと雰囲気が違っていた。
アルブがいつも〈ナハトムジーク〉の記録で紹介していた〈モノクロ〉のふたりがお披露目だとみんな知っていたからだ。
もちろん、魔王軍の申請も出していたし、他の街や村からもお客さんが来て大盛況だ。
最初は、いつも通り〈ナハトムジーク〉の歌。
♪~~~
♪~~~~
アルブとケマーレの歌でバッチリ盛り上がったところで、俺はお客さんに声をかける。
「みなさん、いつもありがとう。知っている人も多いと思うけど、まずはこの箱。気になってるよね?」
お客さんから拍手が起きる。
「これは新しい楽器〈イセカイピアノ〉。俺がいたところでは楽器の王様と呼ばれていたものなんだ」
そういって俺は鍵盤を鳴らす。
お客さんはこれまでの楽器とは違う和音を聞いて、湧き上がった。
「楽器の説明はいいから、早く〈モノクロ〉歌を聞かせてくれ!」
はやるお客さんから声がかかる。
「ありがとう。みんな待ちきれないよね。じゃあ、〈モノクロ〉のふたり、入ってきて!」
ライラとサラサが緊張した顔をしてステージに出てくる。
〈モノクロ〉がステージに立つと、客席がざわめいた。
「新しい子?」
「……なんか、雰囲気違うぞ」
「どんな歌を聞かせてくれるんだ?」
「噂の新人だな!」
アルブやケマーレとは違った空気を纏うふたりに客席もいろんな反応だ。
「さ。〈モノクロ〉のふたり。挨拶をして」
ふたりは緊張しながらも、練習していた挨拶をする。
「黒のライラ」
「白のサラサ」
「ふたりでひとつ。〈モノクロ〉です!」
その挨拶に客席も答えて歓声を上げる。
このあたりは、元の世界とまるっきり同じだ。お客さんもわかってくれている。
「次の〈モノクロ〉の曲はとても楽しい曲です。みんな、〈モノクロ〉の曲を聞いて、楽しんでくれ!」
そういって、俺は鍵盤を弾き始める。
♪~~~
♪~~~~
〈モノクロ〉の二人が歌い出した瞬間、空気が弾けた。
音が明るい。
リズムが軽い。
〈モノクロ〉のダンスに併せて、お客さんも身体が勝手に反応する。
そのうち、客席の誰かが、足でリズムを取リ始めた。
次に、肩が揺れる。
そして、誰ということなく、お客さんたちが思い思いに踊り始めた。
ただ、音に合わせて。
「なんだ、これ……教えていないのに……」
大声で一緒に歌い、体を動かし、床を踏み鳴らしている。
熱狂。
俺は一瞬だけ、背中に冷たいものを感じた。
でも、あの事故の時とは違う。
あの時は制御ができていなかった。
でも今は違う。みんなわきまえている。
ただ、――楽しい。
それに、何か、こう、ふたりの歌はみんなの心をひとつにする力がある。
〈モノクロ〉の歌にライブハウス全体がひとつになっていった。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
曲が終わり、ふたりが仲良く挨拶すると、拍手と歓声が爆発した。
「楽しい!」
「いいぞ! もう一曲だ!」
〈モノクロ〉の二人は息を切らしながら、目を輝かせている。
・
ライブが終わった後、控室に引き上げると、〈ナハトムジーク〉のメンバーたちも、少し驚いた顔で感心していた。
「〈モノクロ〉のふたり、すっごくよかった! みんなを楽しい気持ちにさせるね!」
「素晴らしかった。感心したぞ」
「ア、アタイは別に……」
「あ。ゾラ。そんなこと言ってるけど、リズムに乗って踊ってたし、今も尻尾動いてるよ」
「う、うるさいな!」
そんなことを言っていると、ヴォセムが入ってきた。
「アオ。今の、〈モノクロ〉はすごかったな」
「ええ。思った以上にお客さんが乗ってくれて」
「今のを見て、お前に会いたいという人がいてな。大物なんでお連れした」
ヴォセムの後ろから長身の女の人が入ってきた――。




