音楽ギルド・ナハトムジーク③
ライラとサラサが音楽ギルドに通うようになって、数日が経った。
ふたりは、毎回きちんと時間通りに来る。
来るたびに、同じ場所に立ち、同じ距離感で並ぶ。
無駄口は叩かないが、逃げる気配もない。
初めて彼女たちの歌を聞いたときの、「何か」の正体はわからないままだったが、彼女たちには基本のボイストレーニングをしてもらっている。
「あ、え、い、う、え、お、あ、お」
声もきちんと開いているし、魔法の師匠に体も鍛えられているとかで、体力があり、体幹もしっかりしているようだ。
「拙者親方と申すは、お立合の中に御存知のお方もござりましょうが……あの、これ意味がわからないんですけど……」
「意味はないさ。外郎売といって、それは滑舌を良くするトレーニングなんだ。気にしなくていいよ」
ふたりの声はそれぞれ特徴がある。ライラはボーイッシュな清涼感のある爽やかさがあり、サラサはガーリーで柔らかな暖かさがある。
ふたりとも感情表現が豊かで楽しげだ。
そうなれば彼女らが歌うべき歌のジャンルは決まってくる。このジャンルも大量にストックがあるし、名曲もたくさんある。
・
「で、曲なんだけど」
ふたりが音程をある程度取れるようになってきた頃、俺は譜面代わりの紙を机に広げた。
「最初は、わかりやすいのがいいと思うんだ」
「わかりやすい?」
「楽しくて、明るくて、ノリやすくて、身体が自然に反応するやつ」
アルブが首を傾げる。
「それって……?」
「うん。いわゆる、アイドルソングってやつ」
「アイドル? ……なにそれ?」
アルブもアイドル的な人気はあるが、もちろん、この世界にはアイドルという概念がない。
でも、この世界にも楽しさが前に押し出した音楽は必要だ。
「ま、細かいことはいい。メロディが軽快で、リズムを刻みやすいやつだね」
俺が元の世界で、有名な男女二人組ボーカロイドユニット向けに書いた曲がある。
それを自分でギターを弾いて、披露してみせる。
♪〜〜〜
軽快なリズムが、部屋に流れる。
ライラは無意識に手を動かす。
サラサも肩を揺らしリズムを刻む。
曲が終わり、俺はふたりに感想を聞く。
「どうだった?」
「なんか、楽しい曲でした!」
「……うん。ありがとう。体も自然に動いただろう? 音楽にはそういう力もあるんだ」
「え?」
指摘されて、ふたりは止まる。
「たしかに、歌を聞いてたら、なんか、体が勝手に……」
「そう。これはそういう曲で、それが正しい反応なんだ」
俺は言った。
「もう少し試してみようか。曲に乗って、好きに体を動かしてみるんだ」
試しに、何度か繰り返す。
まだ、歌詞は仮。意味よりも、音の流れを優先する。
・
ライラが息を弾ませて言った。
「これ、楽しい……」
「うん」
サラサも楽しげだ。
「じゃあ、歌詞は適当でいい。音程も合わせなくていい。今度は、歌いながら、体を動かしてみようか」
「うん!」
ふたりは演奏に合わせて、適当な歌詞を歌って、踊り出す。
♪〜〜
♪〜〜〜
「すごい。楽しい。胸の奥が、開く感じがして……」
「よかった。それが、ダンス。アイドルはそうやって楽しい気持ちを見ている人、聞いている人に届けるんだ」
「続けてみよう」
・
何度か合わせているうちに、ふたりはお互いに合わせて動きを揃えていく。
テンポが上がると、ふたりの距離が自然に変わり、音が跳ねるところで、視線が交差する。
リズムが落ちるところで、呼吸が揃う。
言葉を交わしているわけでもなく、ふたりは自然に合っていった。
練習の最後、俺は曲を止めた。
「今日はここまで」
「……もう終わり?」
「体動かし続けて疲れたろ? 俺もずっと弾いててクタクタだ」
ふたりは名残惜しそうに頷いた。
俺は、ふたりを見た。
「君たちの音は、人を楽しくする」
ライラは目を丸くし、サラサは小さく息を飲んだ。
「ふたりの音楽はきっとたくさんの人に見てもらえる。歌詞もしっかり考えて、ダンスの振り付けもつけて、いいものにして行こう」
「うん! よろしくお願いします!」
その言葉に、ふたりは同時に頭を下げた。
その日。
音楽ギルド〈ナハトムジーク〉に、新たな色が加わった。
俺たちは〈ナハトムジーク〉で広まっていて、なし崩し的にバンド名もこれになってるけど、彼女たちのユニット名も考えないとな……。
この世界にポップスだけではなくて、アイドルソングも。このギャップに俺はワクワクしていた。




