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城塞都市ファルノヴァ

 村を離れて森に戻ると、アルブはようやく大きく息を吐いた。

 その耳はまだ少し震えている。


「……ごめんね、アオ。巻き込んじゃって」

「お前のせいじゃないだろ。それより、今向かってる街は本当に安全なんだよな?」

「うん。〈ファルノヴァ〉は周りを大きな壁に囲まれて、みんな強いから魔王軍は勝手に入れないよ。私の知り合いもたくさんいるし、街に入れれば大丈夫」


 アルブの声はまだ不安定だったけど、その言葉には確信があった。

 ヴルペの兵隊に注意をしながら森を歩き、おばさんにもらったパンと干し肉を齧りながら山を越えると、視界が開け、眼下に巨大な石壁が見えた。


「おお……」

「あそこが〈ファルノヴァ〉。冒険者ギルドもある、にぎやかな街だよ!」


 壁の向こうから人の話し声、鍛冶屋の金属音、馬車の車輪の軋み――。

 街全体がひとつの大きなビートで鳴っているみたいだった。


 アルブと一緒に、門番に軽く会釈すると、驚くほどあっさり通れた。

 それに、村と違い、こちらでは誰もアルブをジロジロ見たりはしない。


「はぁ……よかったぁ……」


 アルブがへなへなと膝をつきそうになる。

 よほど緊張していたらしい。

 俺も2日間歩き通しでヘトヘトだ。


「じゃあ、まずギルドに行こっか! 私、今回の記録(ログ)を提出するんだ」

「ログ?」

「うん。記録士(ロガー)が書いた旅の記録書。面白い話や役立つ情報がまとまってると、商人さんとか、他の旅人が買ってくれるんだよ」


 言いながらアルブは胸を張る。


「私のログはね、評判いいんだよ! 『臨場感がある』って! だっていろんな話が耳に入るからね!」


(……耳がいい、ってそういうことか)


 ギルドの扉を押すと、賑やかな声が飛んできた。


「おーい! アルブ!」

「おかえり、うさぎの嬢ちゃん! 今回は早かったなーいいネタあったか?」


 そこには、獣の特徴を持つ者たちや、人間の若者が入り混じっていた。耳、尻尾、爪――アルブと同じ“混ざり方”をした人たちだ。

 どうやらアルブの顔見知りらしい。

 アルブは適当なものを注文し、「ちょっと待っててね」と言ってサンドイッチのようものを俺に手渡してくる。これがうまい。


 アルブは奥からやたらとガタイのいいスキンヘッドの大男を連れてきた。

 

「この人が私たちのボス。ギルドマスターのヴォセムさん!」

「おう、よろしくな――そっちの兄ちゃんは?」

「アオだよ! 〈イセカイ〉ってところから来たんだって!」

「……は?」

「あー〈イセカイ〉かー。遠いとこらからよく来たな! 歓迎するぞ!」


 数秒の静寂のあと――。


「って、“〈イセカイ〉”? どこだ。それ?」


 なぜかザワつくギルド。


「お、おい、アルブ……」

「だって事実でしょ? アオ、〈ハナゥタ〉で野犬を鎮めたし!」


 一気にギルドがざわめいた。


「〈ゥタ〉?」

「それ魔法か?」

「そんなの聞いたことねぇぞ」


 誤解が広がっていく。


「……まぁいい。ところでだ、アオよ。お前さん、金がねぇんだってな。……今食ってるそのパンのはさみ焼き、うまいよな?」


 ヴォセムは俺が食べているサンドイッチを見ながら、笑って肩を叩いてくる。

 ――まさか……。


「その飯代、払えないだろ? なら、ここで働きな。実は昨日皿洗いを一人クビにしてな」

「えっ」

「1枚洗うたびに2枚割るんだ。皿が無くなっちまう。3食食事、寝床、仕事付き。皿は1枚まで割っていい。どうだ? 悪くないだろ?」


 アルブがぱぁっと喜んだ。


「よかったねアオ! これで安心して過ごせるよ!」


 たしかに、手持ちはゼロだ。

 宿代どころか、今日食ったパンすら払えない。


 ・

 

 こうして俺は、ギルドに併設された酒場で、半ば強引に働かされることになった。

 これじゃカフェのバイトと変わらないじゃないか。

 仕事が終わり、仲間たちとギルドで飲んでいると、いつの間にかアルブが皆に〈ウタ〉の話をしていた。


「ねぇねぇ、聞いて! アオの〈ウタ〉すっごいんだよ!」

「〈ウタ〉、ってなんだ?」

「音を……重ねて……こう……“ぽわぽわ”するやつ!」

「説明がひどいな……」


 みんなが笑う。


「いっそやってみせろよ、兄ちゃん」

「えっ」

「聞かせてくれよ。『〈森犬(モリーヌ)〉も黙る』ってやつをさ。あっちの騒いでる連中も黙るかも知れねぇ」


 酒場の空気がふっと静まる。

 みんなの、期待と、不安が混じった空気。

 心臓がやけにうるさい。


「……わかった」


 深呼吸をし、アルブにもらったノートの片隅に書いたメロディを思い出す。

 

 そうして俺は小さな声で歌い始めた。

 アルブは俺の歌にあわせ耳を動かす。


 ♪~~~


 ♪~~~

 

 誰も動かない。

 やっぱり、俺は”特別”じゃない。”普通”だよな。

 静かすぎて、逆に怖い。


(ああ……ダメだったか……いつものように、『普通にいい』って言ってくれれば、俺はそれでいいのだけど……)


 そう思った瞬間――。


「……な、なんだこれ……」

「胸が……あったか……」

「涙出てきた……」


 ぽつ、ぽつ、と声が漏れた。

 やがて拍手が起き、どんどん広がり、酒場じゅうが歓声に包まれた。


「おい兄ちゃん、これ……!」


 ひとりの客がコップに投げ入れたコインの音が響く。


「いいもん聞かせてもらった。その礼だ」

「お。いいな! それ。みんなもコイン、やれやれ!」


 次々と、コップの中の心地よい音が響く。

 チャリン……チャリン……。


 ――ああ。


 ――ああ。これは。


 ――この感情はなんだ……。


 胸の奥が熱くなり、俺の視界が歪み、気づけば涙がこぼれていた。


 (これが……“届く”ってことなのか)


「ちょ、ちょっとアオ!? なんで泣くの!?」

「う、うるさい……っ」

「アハハハ! 飲みすぎか? 泣き上戸だこいつ!」


 笑いと歓声でいっぱいの酒場の夜はふけていった。

【世界観紹介②】

「闇の魔王を萌え殺し」世界観紹介 ファルノヴァ その1


冒険者や鍛冶屋、商人などのギルドの集合体による共和自治都市。

魔王の居城がある首都ドシュティエラからは西に遠く離れている。

建国当時からある堅牢な城壁が築かれており、難攻不落の要塞都市でもある。

経済的に発達しており、その上納金を国に納めているため、王国は自由にさせている。


複数のギルドの代表達による評議会によって自治が行われている。


→第二幕 ep05.魔法と道具①

https://ncode.syosetu.com/n0523lk/5/

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