ファルノヴァ評議会
ある日、俺は〈ファルノヴァ〉の評議会から呼び出しをくらった。
それを伝えにきたのはヴォセムだった。
「今度、評議会があるんだが、その評議会に魔王軍の幹部がひとり来る。そいつが、アオ――お前を連れてこいと言っている。余計なことは喋らなくていい。魔王軍と言ってもいきなり連行されたり、殺されたりするわけじゃない。2つ3つ質問されるだけだ。聞かれたことだけ答えてくれ」
その声は落ち着いていたが、いつもより低い。
軽い話じゃない、という合図だった。
・
評議会の会議場がある建物は古いらしいが、よく手入れされていて整えられている。
いつもは通り過ぎるだけだが、今日は空気が違った。
壁際には武装した護衛。その中はシーンと静まり返り、〈ファルノヴァ〉の喧騒とはまるで違う世界だ。
ヴォセムは、評議会のことをいつも「ただのギルドマスターの飲み会」と言っていたが、本来はヴォセムの飲み仲間なのだろう評議員たちの背筋も、どこか固い。
その中央の席に、黒衣の男がいた。
整えられた長髪。
無駄のない姿勢。
感情の抜け落ちたような眼差し。
隣の席に、ミルチャがいる。
今日はいつものような派手な態度はない。背筋を正し、完全に場をわきまえて座っている。
(……ああ)
嫌な予感が、確信に変わった。
「今日は特別な方が視察にいらしてな。紹介しよう」
評議長が言った。
「魔王軍より派遣された、ポルトカリウ・メルカン殿だ」
当然、初対面だった。
だが、名前を聞いた瞬間、場の空気が一段階沈む。
ポルトカリウは軽く会釈しただけだった。それだけで十分、という態度。
黒を基調とした服装。オレンジ色の装飾にはラクダの紋章が付いている。
派手さはないが、どこか隙がなく、視線だけで場を制する雰囲気がある。
「――ポルトカリウ殿。こちらが、件の音楽というもののギルドマスターです」
ヴォセムが、俺を前に促す。
その声は落ち着いているが、ほんのわずかに硬かった。
「あなたがアオ・マイナ氏ですね。私は、ポルトカリウ。都市行政と経済、そして、いくつかの地域を預かっています」
淡々とした丁寧な口調。
それだけで、ミルチャが一段姿勢を正すのがわかった。
「早速本題に入らせてもらいます。あなたのその……音楽、というものについてのお話を聞かせてもらえますか」
ミルチャが一歩前に出て、丁寧に頭を下げ、進言する。
「その件につきまして、私から――」
「ミルチャ氏。〈ラクリノヴァ〉の人間であるあなたには聞いていません」
それだけで、ミルチャは口を閉じた。
言いたいことがないわけじゃない。ただ、ここでは通らないと理解したのだ。
俺は覚悟を決めた。
「音楽とは、音の芸術です。例えば、こうして手拍子と声でも――」
♪〜〜
「いいえ。実演は結構」
俺が一節歌おうとすると、ポルトカリウは手でそれを静止し、ゆっくりと視線をこちらに向ける。
「音楽……ギルド……でしたね」
「はい」
「随分と、人が集まるそうですね」
評価なのか、確認なのか。
どちらとも取れる言い方だった。
「あなたの音楽ギルド。いつも盛況で賑やかだと聞いていますよ。民も随分と楽しいようだ」
「……おかげさまで楽しんでもらってます」
言葉を選んだつもりだったが、その返答に対する反応はなかった。
ポルトカリウは、卓上の書類に指先を置く。
「チケット……というのですか。初めは銀貨3枚、ところが今は10枚。随分と急な値上げをしたようだ。それでも民は喜んで訪れ買っていく。実にいい商売です」
言葉遣いは丁寧だが、内容は鋭く詰めてくる。
どこまで把握しているんだ。
「〈闇の魔王〉アルバストル様は寛容なお方。〈ファルノヴァ〉は税金を多く納めていますから、自由に商売をしていただいて構わない。しかし、〈レゴレニ〉の真似事をすることはいただけない」
「お言葉ですが、ポルトカリウ殿。民はアオ殿たちの音楽を求めているのです。しかし、数には限りがある。それならば価格を上げるのは至極当然では」
ポルトカリウは、ミルチャを見た。
「ご指摘は理解します。ミルチャ氏」
声は低く、穏やかだった。
「ですが、それでも他の経済にも影響が出ています。それはあなたもよくわかっているでしょう?」
「それは……」
「そのバランスを取ることも、この評議会の役割です」
ヴォセムが口を挟む。
「俺たちはそんな政治をしたりしない。自由に商売させてくれればいいんだ。税金は納めているだろう?」
「ヴォセム氏。元冒険者のあなたが個人的にそういう気質であることは構いませんが、都市を運営するということは政治です。バランスを取っていただかないと、私たちが直接バランスを取らざるを得なくなります」
「魔王軍が介入するってのか?」
「ええ。場合によっては。しかし、アルバストル様や私は、それを望んでいません。それはわかっていただきたい」
「俺たちは、ただ歌えればそれでいいんです。『俺たちはここにいるんだ。歌は誰かに届くんだ』って、伝えられればそれでいい。政治がどうとか、経済がどうとか、難しいことに興味ありません。ただの娯楽です」
あっちの世界でも、たまに政治的発言をして炎上するアーティストはいたけど、音楽は政治とか経済とか関係なかったじゃないか。そんなのに関わったってろくなことはない。
こっちだって、魔王が支配してるからって俺たちの音楽が、何か政治的な影響とか経済的な影響を与えるはずがない。
触らぬ魔王に祟りなしだ。俺たちがやってるのはあくまで娯楽だ。
「ふっ。なるほど……若いな……。わかりました。忠告はしましたよ。音楽活動については、アオ氏がさっき言ったように、娯楽として行う分には、構いません」
ほっとする間もなく、続く。
「ただし、今後、〈ファルノヴァ〉内で興行・演奏・歌唱する際は、事前に内容を提出してもらいます」
「……内容、ですか」
「そう。出演者、演目、演出……。すべて事前に報告してください。それらに問題がなければ、許可します」
(問題がなければって、どういうのが問題なんだ?)
何てことが頭をよぎったが、先にミルチャが口を開く。
「それは、少々……商売の機動力が落ちますな」
「そこはミルチャ氏の腕の見せ所でしょう? アルバストル様も期待しておられますよ」
その一言で、場の意味が確定する。
「提出された内容に問題がなければ、開催を妨げるつもりはありませんし、こちらから何か言うことはありません」
「問題、というのは……」
俺も疑問に思ったことをヴォセムが尋ねたが――。
「問題がないかはこちらで判断させてもらいます」
それだけだった。
基準は示されない。
だが、逆らえないことだけは、はっきりしていた。
沈黙が落ちる。
ミルチャが、ちらりとこちらを見る。
「無理はするな」と言っているようにも、「飲め」と言っているようにも見えた。
ヴォセムは、何も言わなかった。
言えば、状況が悪くなると理解している。
俺は、深く息を吸った。
「……わかりました」
その声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
「別に、魔王軍に反抗したいわけじゃありません」
「助かります。アオ氏が聡明な方で。もうアオ氏は結構ですよ。音楽ギルドナハトムジークは、魔王軍の公認ギルドとしましょう」
それで話は終わった。
交渉でも、議論でもなかった。
決定事項の確認と伝達。
ただ、それだけだった。
(でも……魔王軍の公認? 国が俺たちを認めたのか? それってすごいことなんじゃ……)
俺たちが会議室を出るとき、ミルチャが小さくため息をついた。
「……厄介な相手だな。すまん。首輪をつけられた」
「いえ」
ヴォセムは短く答える。
「だが、生きて続ける余地は残った。上手くやるしかないな」
その言葉が、妙に胸に残った。
それでも。俺はやっと、やっと認められた。
ずっと、胸の奥にあったものはもう消えていた。
俺の音楽はもっと遠くに届くんだ。この時はそう思えた。




