表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/39

もっと遠くへ⑭

 音楽ギルドは、気づけば「場所」ではなく「組織」になっていた。


 歌いたい、音楽をやりたいという者が、次々に現れはじめる。

 声に自信がある者、ただ目立ちたいというだけの者、チヤホヤされたいだけという者。

 中には、まだ今の自分を変えたいと、心の不安を抱えたまま、恐る恐る扉を叩く者もいた。


「歌わせてください。1曲だけでいいんです。私も歌えば、何かが変わる気がして……」

「俺は今のままでいいとは思えない。何かを変えたいんだ。やらせてくれ」

「私をみんなに見てもらいたいの。私は私だってみんなに伝えたい」


 みんなの気持ちはわかる。俺もそうだったし、俺がいた世界でもみんなそうだった。

 

 俺は、最初、断っていた。

 俺たちの音楽を伝える場所だと思っていたからだ。

 でも、全部を追い返すのは難しかったし、ゾラとルゥガと俺の3人しか演奏できないのに、ずっと続けるというのもキツいものがある。


「……他にも……作るか」


 俺は、そう言ってしまった。


 楽曲は、ボカロPとしてのストックが大量に頭の中にある。


 オーディションの日を決め、見込みがありそうな者を見つけ、楽器を作り、人前に出られるまで教え、バンドの数を増やしていく。

 そうすれば、金が回り、人が増え、仕組みが固まっていく。

 そうして音楽ギルドは、確かに成長していくだろう。


 ミルチャの部下も手伝ってくれたが、俺が帳簿をつける手も徐々に慣れてきた。

 まだ、俺達のバンドだけだが、ミルチャの手腕は見事なもので、ギルドにはどんどん金が入ってくる。

 数字は、もう俺にとってただの記号じゃない。


「今月、結構いってるな……」


 思わず、口元が緩む。


 〈ファルノヴァ〉の中でも、音楽ギルドは無視できない存在になり始めていたし、他の街でも噂になり始めているらしい。

 〈ファルノヴァ〉の評議会の名簿にも、俺の名前が載るようになるらしい。


 ――ギルドマスター アオ・マイナ。


 そう呼ばれることにも、少しずつ違和感が薄れていく。


 でも、その変化を、素直に喜んでいない者たちもいた。


「……最近さ」


 ある夜、ゾラがぽつりと言った。


「お前、金の話ばっかじゃね?」


 手を止める。


「必要だろ。俺が回さなきゃ、続かなし、ちゃんとギャラも払ってるだろ?」

「わかってる。でもよ……」


 ゾラは言葉を探すように、尻尾を揺らした。


「前はさ、『どうやったらみんなに届くか』って話してたじゃん」

「今は?」

「『どうやったらみんなを回せるか』だ」


 返す言葉が、すぐに出てこなかった。


 ルゥガも、黙ったまま酒をあおっている。

 その横顔が、どこか硬い。


「……俺、間違ってるか?」


 思わず、そう聞いてしまった。

 ルゥガはしばらく考えたあと、首を振った。


「間違ってるとは言わない」

「でも?」

「速すぎる」


 短い言葉だった。


「音楽ってのはよ……」

 

 ルゥガはグラスを置く。


「俺たちの想いがみんなに届くもんだと思ってた」

「今は?」

「俺たちは音楽に振り回されてる感じがする」


 その指摘が、胸に引っかかった。

 アルブは、その場では何も言わなかった。

 ただ、少し離れたところで、静かに二人の歌詞ノートを整理していた。


 ページをめくる指が、どこか慎重だ。

 

 俺は、帳簿を閉じる。


「……でもさ」


 自分でも驚くほど、強い声が出た。


「ここまで来たんだ。こうするしかなかったろ?」

「それは『このまま止まらない』ってことか?」

「違う」


 一瞬、言葉に詰まる。


「俺たちは、もう、誰かに気を遣って、止まらなくていい場所まで来たんだ。俺たちの声は、みんなに届く。届かないなんてことはない。俺たちはみんなに認められたんだ。ここで止まったら……また、届かなくなってしまうよ」


 そう言ったとき、ゾラとルゥガの表情は、はっきりとは変わらなかった。

 でも、納得していないことだけは、伝わってきた。


 俺は間違っていない。届かなくなってしまうのは嫌だ。

 届けられないのは間違いなんだ。止まってはいけないんだ。


 夜、ギルドの明かりが落ちたあとも、外には人が残っている。

 次は歌えるかもしれない。

 次こそは、選ばれるかもしれない。


 期待と不安を抱えた顔。


 その光景を見下ろしながら、俺は思った。


 (……でも、俺は、何を守ろうとしてるんだ?)


 音楽か。

 仲間か。

 それとも――この流れそのものか。


 答えは、まだ出なかった。


 ただひとつ確かなのは、この世界の音楽はもう、俺ひとりのものじゃないということだった。


 それでも俺は、その中心に立ち続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ