もっと遠くへ⑫
〈ファルノヴァ〉に戻った俺たちは、真っ先に工房へ向かった。
アルブが見つけてきた鉱石は、布に包まれたまま、まだ冷たい山の匂いを残している。
それを見た瞬間、ジャルコの目の色が変わった。
「……ほう。見たことがない鉱物だな」
短く、だが確かな手応えを含んだ声だった。
「うん。これが取れた坑道は、やたら音が響くんだ。響き方が変で……」
「変、というのは大事な言葉だ」
ジャルコは鉱石を指先でつまみ、光にかざす。
叩かない。擦らない。ただ、耳を近づける。
ジャルコはにやりと笑った。
「面白い。これは……ただの素材じゃない。こいつで共鳴腔を作ってみよう」
・
作業は、想像以上に早かった。
鉱石を溶かし、冷やす。ジャルコはそれを金属板のように延ばしていった。
さらにその金属板を加工していく。
幾重にも重なった曲線。
内側に向かって狭まり、再び開く構造。
音が迷い、集まり、抜けていく――共鳴腔の形だ。
「こいつは、楽器じゃない。道具だな。正確には、“通り道”だ」
完成したそれは、掌に収まるほどの大きさだった。
筒でも箱でもない、不思議な形状。
「ここに声を送る」
ジャルコは言って、アルブに視線を向けた。
「試すか?」
「……うん」
アルブは小さく頷き、深く息を吸う。
その声を、道具の開口部へ向けた。
♪〜〜〜
いつもの、あの旋律。
だが、次の瞬間。
「……え?」
音が、跳ねた。
広がった。
工房の壁にぶつかり、天井を撫で、奥まで届く。
声は割れない。
かすれない。
ただ、自然に“前へ”出ていく。
まさにマイク。
「……これ……」
「ライブハウス程度の広さなら、問題なさそうだな」
「全然……違う……」
アルブの声は、戸惑いと驚きに揺れていた。
「無理に張らなくていい」
「息も……楽……」
「当然だ。声を“運ばせている”だけだからな」
ジャルコは満足そうに腕を組んだ。
「これは、歌の補助じゃない」
「?」
「音の使い方を増やすことになるな」
・
それは、すぐに結果として現れた。
強く、前に出る歌。
囁くような歌。
距離を意識した旋律。
アルブとケマーレのハーモニー。
今までなら諦めていた表現が、いくつも成立する。
「……こんな歌、今までできなかった」
「声を守れるからな」
「うん……無理しなくても届く感じがする」
その様子を、少し離れたところで見ていた男がいる。
ミルチャだ。
「なるほどな……」
顎に手を当て、低く呟く。
「これは『買い』だな。市場を変える道具だ」
ミルチャは即断だった。
「わしが集める」
「集める?」
「その鉱物だ。できるだけ多く集めよう」
それ以上の説明はなかった。
だが、数日後。
信じられない量の鉱物が、ジャルコの工房に運び込まれた。
「……こんなに……どこから」
「そいつは聞かんほうがいい。こいつは儲かると踏んで、動いた連中がいる。俺も動いた。それだけだ」
詳細は語られない。
だが、ミルチャが本気で動いたことだけは、誰の目にも明らかだった。
・
変化は、もう一つあった。
俺のベースとゾラのギターだ。
「……小さくなってない?」
「なってるな」
共鳴腔の構造を応用することで、音量をサイズで稼ぐ必要がなくなった。
結果、ボディは小型化され、俺がよく知るエレキギター、エレキベースのサイズに近いものになった。
「これのが、取り回し、楽だろ」
「ああ。正直、助かる」
「低音も、前より整理されてる」
「響かせる場所を、楽器に任せられるからな。それにここを絞ると音量の調整もできる」
音を出す役割と、届ける役割が、分離された。
電気がなくて、ここまでできるなんて……。それだけで、全体の設計が変わった。
・
夜。
工房に残ったのは、俺とアルブだけだった。
「ねえ、アオ」
「ん?」
「私、もっと歌えるかもしれない」
「ああ」
「今まで、声を抑えてたところも……」
「抑えなくていい」
アルブは、少しだけ笑った。
「遠くへ、届けられるね」
「ああ」
「ちゃんと」
それを見つけたのは偶然だったかもしれない。
だが、それを「見つけ、使える形」にしたのは、アルブのおかげだ。
――そして、この選択も、世界を少しだけ動かすことになる。
そのことを、この時はまだ、誰も知らなかった




