もっと遠くへ⑩
ゾラは怒り心頭でドスドスと歩いている。怒りが収まらないようだ。
そんなゾラを見かねてヴォセムが声をかける。
「あんなあからさまな挑発に乗るな。最初に声をかけてきたのは双子の姉のフルニカ。酒は彼女が元締めだ。それから、お前を挑発したのは妹のフルテレ。娼婦の元締めだ。半獣人を奴隷としか思ってない。いきなり面倒なやつに出会っちまった」
「挑発なんてのはわかってるし! でも、あんな女に馬鹿にされて黙っていられるわけないし!」
「あっちはそういう反応をさせて、突っかかるのを待ってるんだから乗ってやる必要はないんだ。それに、二人ともお前より強いぞ」
「そんなのはやってみなきゃわからないじゃないし!」
歩き出してから、ヴォセムが低く言った。
「まぁ、そう興奮するな。ここで目立つと、ろくなことにならない」
俺も同意だった。
視線が、やけに多い。
「……ヴォセム……もし、ここにアルブがいたら」
「アウトだ」
即答だった。
「間違いなく目をつけられる。ここはそういう街だ……そんなわけで、知り合いのいるギルドに向かおう」
「……うん」
こうして俺たちはヴォセムの知り合いがやっている冒険者ギルドに来た。
――しかし、空振り。
〈レゴレニ〉では、兎人種どころか、半人種も滅多に見かけないらしい。
情報が入ったら教えてくれると言ってくれたけど、大っぴらに動けないので期待しないでくれとも言われてしまった。
「……ほんと、どこ行ったんだろうな」
俺はぼそりと呟いた。
返事はない。
みんな、同じことを考えているのだろう。
その時だった。
「おや。アオじゃないか。こんなところで奇遇だね」
気軽な声が、横から飛んできた。
振り返ると、旅装の男が立っていた。気取らない服装に、気取らない笑顔。
「……ロシュ?」
「やあ。ここ、座ってもいい?」
そういうとロシュは勝手に席に腰を下ろし、酒を一杯頼み、それを一気に飲み干す。
「いやー生き返った」
そして、小声になっていう。
「(興味本位でこの街に来たんだけどさ。何もかも高くてヤバいね)」
「(本当に。魔王軍の支配がヤバすぎる)」
「(だよな)」
ロシュはニヤリを笑うと声のトーンを戻す。
「〈ラクリノヴァ〉の件。噂で聞いたよ。大盛況だったらしいね」
「俺も聞きたかったなぁ。しかも、カラボスと揉めたんだろ? やるねぇ。まさか、次は、〈レゴレニ〉でやるのかい?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「そうだよな。ヴルペの奴がうるさそうだ。それに……さっき聞いたよ。歌えなくなったっていう〈兎人種〉の話」
そんな風になんでもない会話でもロシュは気さくでとても話しやすい。俺も気を許してついつい話してしまう。
「実は……消息不明で……探してるんだ」
「アオ、あまりここでそういう話は……」
ヴォセムが止めるが、俺は構わず話すことにした。
「ふうん」
ロシュはそれ以上突っ込まず、しばらく聞いていたが、ふと思い出したように言った。
「〈ミレショル〉では〈兎人種〉がたくさん見るけど、こっちの方ではあまり見かけないからなぁ……でも……」
「でも?」
「北のほうで、ちょっと変わった噂を聞いたよ」
俺は思わず耳を傾けた。
「ああ。〈ソルガラシ〉で、最近、〈兎人種〉を見るようになったっていうんだ。あそこは観光地じゃないし、険しい山を越えないといけないから、俺みたいな旅人もあまり行くような場所じゃない。魔王軍がガッチリ管理してるから、部外者は少ないし、 〈半獣人種〉も珍しいから、嫌でも目立つ」
それだけなら、どこにでもいそうな話だ。
「それも、記録士をしてるって言ってたんだよね」
「……記録士?」
胸の奥が、ほんの少しだけざわついた。
「〈兎人種〉の記録士は珍しいだろ?」
ロシュは酒を飲み干し、軽く肩をすくめた。
「ま、旅の噂話だよ。真偽は知らない」
「……」
俺は何も言わなかった。
〈ソルガラシ〉。
(……関係、ないよな)
そう思おうとしても、どうしても引っかかる。
「なあ」
「?」
「次は、そこに行ってみてもいいかな」
ヴォセムも、ゾラも、否定しなかった。
理由は、はっきりしている。
確証はない。
でも、行かない理由もなかった。
ロシュはいつの間にか席を立っていた。
「じゃあ、またどこかで」
軽く手を振って、食堂を出ていく。
俺たちはその背中を、特別な意味もなく見送った。
「おい。ヴォセム! アイツ。金払っていったか?」
「あっ。あいつ奢らせやがったのか!」
――今度こそ、何か掴めるかもしれない。
俺たちは、〈ソルガラシ〉に向かうことにした。




