ウサギ狩り②
「〈ウサギ狩り〉だーー!」
誰かの大声が、村の入口から響く。
俺の背中がびくっと跳ねた。
反射的にアルブを見る。
彼女は――固まっていた。
耳がピン、と立ち、目が見開かれ、呼吸のリズムが一瞬止まる。
「うさぎ狩りって貴族でも来たのか? ……初めて見るかもな。見物できるのかな。なぁ……アルブ?」
問いかけると、彼女の肩がびくりと震えた。
「……いや……やだ……来ちゃった……」
「来た……って、何が?」
「……〈ウサギ狩り〉。」
その単語は、耳に刺さるほど冷たかった。
アルブはフードにその耳を隠しているが、震えているのはわかる。
「え? ウサギ狩り? 貴族の娯楽みたいなやつかと思ってたけど……?」
「ちがう! ちがうよ! 最近、魔王軍が、私たち〈半獣人種〉を捕まえて、ひどい目にあわせるの」
遠くから複数の足音が近づく。革靴の硬いリズム、金具の打ち鳴るガチャガチャした金属音。兵士たちの叫ぶ声が聞こえる。
村の人たちは一斉に家の中に入り、扉を鍵をかける音が聞こえる。
「白いウサギを見た者は素早く報告しろ! ヴルペ様はノロマがお嫌いだ!」
「耳の長い女だ! すばしっこいぞ、気をつけろ!」
奴らはアルブを探しているのか? なぜ?
アルブの耳が声が聞こえるたびにビクビク震える。
昨日あれだけ元気だった足が、今は怯えと焦りのリズムを刻んでいる。
真っ青な旗に狐の紋章の旗を掲げた兵隊の姿があちこちに見える。
すでかぶっているフードをさらにまぶかにかぶろうとするアルブに手を引かれ、俺達は馬車の裏に隠れる。
「アオ。耳伏せて! とにかくどこかに隠れなきゃ……」
「俺は耳を伏せなくていいだろ!」
「いいから、話を聞いて! あなたは、人間だから捕まらない! 私だけ狙われるの! 私が〈兎人種〉だから捕まるの!」
言われた瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。
彼女は――俺を庇っている。
その時、馬に乗った嫌な感じの兵士が叫んでいるのが聞こえてきた。
「ウサギがこの村にいるという通報があった! 〈魔王アルバストル〉様の命である。〈兎人種〉を連れてきた者には褒章を与えるぞ!」
俺のいた世界でも昔似たようなことがあったって聞いたことがある。
こっちの世界にもこういう奴はいるのか。
心の奥からふつふつと湧き上がるものがある。
よく聞こえないが、ヴルペと呼ばれたやたらと装飾を付け、豪華な服を着た小柄な男が部下と話している。
「魔王様に選ばれし高貴なワタシが、こんな田舎臭い村に来る理由など本来ないのだぞ? まったく、魔王様のおそばでお仕えするべきワタシが何故こんなところにまで来る羽目に……あのウサギめ……」
「報告いたします! 宿に泊まった男が〈兎人種〉を連れていたようです。別々の部屋に泊まっていたとのことで、2名の関係は不明であります!」
「ええい。いいからウサギを早く探せ。臭くてかなわん!」
アルブは聞き耳を立てているが、俺にはよく聞こえない。アルブのことを話しているのか?
「アオ……ここで、私と別れよ? アオは大丈夫だから……ね?」
「そんな馬鹿な。人間だとか、〈兎人種〉だとか、関係あるか。アルブはアルブだろ」
俺はアルブの震える指の“かすかな音”を感じながら、手を強く握り直し、俺は言った。
「じゃあ、離すなよ。行くぞ!」
アルブが一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
二人で踵を返し、路地を駆け抜けようとする。
「待ちな! お兄さん。その心意気。気に入ったよ」
誰かの声がする。
眼の前のドアが開き、おばさんが手招きをしている。
「早く! こっちに来な!」
俺達は、おばさんの家に駆け込んだ――。
おばさんに匿われた薄暗い台所で、アルブが息を殺して耳を伏せている。
窓の外では、まだ兵士たちが怒鳴りながら村をうろついていた。
「……あんたら、しばらくここにいなさい。あのヴルペって男はね、元は辺境の街〈ソルガラシ〉の、その町外れの“水売り”さ。生まれも育ちも底の底だよ」
おばさんは声を潜めながら続ける。
「ある日たまたま、喉がカラカラだった魔王様に水を差し出したらしい。普通の水だよ? 特別なものはなーんにもない。ただの水。それなのに、『ヴルペの水はうまい』って気に入られたんだと。それで魔王様が面白半分で側に置いた……それだけさ」
そこでおばさんは、ふっとため息をついた。
「だけどね、ヴルペの方は本気で自分が、魔王様に気に入られたと信じちまった。 『自分の才能を見出した唯一の神』だとでも思ってるんだろうね。忠誠ってより、あれはもう狂信さ」
アルブがわずかに肩を震わせる。
おばさんは視線を落とし、しかし語り続けた。
「お嬢ちゃんたち〈兎人種〉は耳がいいだろ? ヴルペはそれを利用して、村や町の“噂”を根こそぎ集めさせてる。〈犬人種〉は匂いで探し、〈鳥人種〉は空から監視……。ヴルペが力を持ったいまの魔王軍は、もう“軍”ってより“監視の化け物”さ」
さらに声を落とす。
「この前だってね……流行り病のとき。働けなくなった貧乏人やら、年寄り、旅の者、それに〈半獣人種〉を『隔離する』なんて言って、まとめて屋敷に押し込んで……火をつけたって噂だよ」
「そんな……」
アルブが青くなる。
おばさんは彼女の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫。あたしゃ、可哀想な者を見捨てる性分じゃない。ただ……逆らう勇気もない。だからせめて、あんたらをここから逃がすくらいはしてやるよ」
・
おばさんの家で息を潜めてどれくらい経っただろう。
外の喧噪が遠ざかり、ようやく兵士たちが村の反対側に移動したらしい。
「……今のうちだよ。あんたら、ここを出な」
おばさんは勝手口の棚から、水袋と干し肉と、固いけど日持ちするパンを布に包んでくれた。
「あんたたち、〈ファルノヴァ〉まで行くんだろう? あそこまで行ければ安全だよ。あそこは魔王様の領内でも“自治都市”ってやつでね。魔王軍の手先も、変な信者も、そう簡単には入り込めない城塞都市だから」
「ありがとうございます……!」
「気をつけてお行きよ。あんたらみたいな若い子達に、この国は優しくないからね」
おばさんは手を振りながら、少しだけ寂しそうに笑った。
「礼なんていいよ。可哀想な子は放っとけないタチなんだよ。ただ……あたしまで巻き込まれると困るから、これ以上は助けてやれないけどね」
最後に目を伏せ、小さく付け加えた。
「村の人間だって、ヴルペに従ってるわけじゃないのさ。逆らったところで、働かされるか、売られるか、焼かれるかだしね。だから皆、見て見ぬふりをしてるのさ。……それが一番の罪かもしれないけどね」
その言葉は重く、どこか寂しかった。
俺たちは夜明け前の薄闇の中、村を静かに後にした。
【世界観紹介】
「闇の魔王を萌え殺し」世界観紹介 シャプテ・チェターツィ王国 その1 概要
本作の中心舞台となるのは、闇の魔王アルベストルが支配する シャプテ・チェターツィ王国。
人間と半獣人種が多く暮らす広大な国家で、地域によって魔王軍の影響力が大きく異なる。
「魔王が支配している」とはいえ、国全土が苛烈な独裁体制というわけではない。
首都周辺の東側地帯では、魔王軍の監視が強く、人々は緊張した日々を送っている。
一方、西側のファルノヴァやラクリノヴァのように経済的に発達した自治都市では、
高額な上納金を払うことで独自の評議会制度が認められ、ある程度の自治が保たれている。
同じ国の中でも、「魔王軍の影響が色濃い圧政地域」 と「富で自治を勝ち取った独立気質の都市」 が混在している状態にある。
→第一幕 ep04.城塞都市ファルノヴァ
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